第5話 生きる途上の冒険者
「タクミ! お前だったんだな!?」
朝、登校してすぐに俺はタクミの襟首を締め上げていた。教室が騒然とする。
「いてえよ奮」
「お前だったんだろ!?」
「何の話だ?」
「サイレント! PKの正体だよ!!」
俺の言葉に、タクミは眼鏡を直しながら答えた。
「だからなんだよ?」
「だから――!?」
だからってこいつ!?
「お前はひとを殺してるんだぞ!?」
教室の空気が一変した。しんと静まり返る。
「何馬鹿なこと言ってんだよ」
タクミが笑う。
「たかがゲームだろ?」
「ゲームってお前!?」
そこまで食い下がった時、俺の中で初めてニアランドサーガにログインしたときの記憶が浮かび上がる。テオドラさんの言葉を思い出した。
NPCでも、この世界に生きる普通の人間よ――。
「ふざけんな!!」
タクミを突き飛ばした。そうだ、俺は自覚した。PKだから怒ってるんじゃない、あの世界で生きる普通のひとを殺して平然としてるタクミに怒ってるんだ……!
「お前に殺されたNPCだって、あの世界じゃ普通に生きてるんだぞ!?」
「は、ゲームだぞ? あいつらは殺してもどこかで生き返るんだ。別にいいじゃないか」
「タクミ!!」
再びタクミに掴みかかろうとした俺を、でも今度はクラスメイトが抑え込んだ。
「落ち着け奮!」
「タクミ! なんでそんなことしてんだよ、タクミ!!」
それでも暴れる俺の言葉に、タクミはただ冷たく返してきた。
「ふん。知りたかったら俺に勝って見せろよ? どうせ棍棒装備の正義気取りじゃ勝てないだろうがな」
そう言うとタクミは教室から出ていく。
「タクミ!!」
「今日はサボる」
「くそ!!」
俺はクラスメイトに抑えられながら、どうしようもない気持ちでいっぱいだった。
●
「そうか、サイレントは本当にオルドの友人だったんだな」
イギィヒルズで呟くイギさんの言葉は、普段よりも重い空気をまとっていた。
「はい」
「あっくん……」
暗く、重い気分でうなずく俺をレンが気遣う。
「困ったわね」
モカさんの言葉に、イギさんもうなずく。その表情はかなり暗い。
「あの、タクミくん――、サイレントのことで何かあったんですか?」
その暗さに妙なものを感じたのか、レンが問う。
「うむ……」
イギさんが困った顔でうなずいた。
「実は、最近サイレントによるPK被害がかなり広がっておるのでござる」
ワルツさんの言葉に、俺は驚きを隠さない。広がっているだって?
「どういうことなんですか?」
「通常のPKならプレイヤーの中でちょっと話題に上がるくらいでござるが、サイレントはNPCも見境なく殺し続けているのでござる。お陰で戦闘区域に指定された小さな集落のいくつかが被害を受けていて、少なからず人間とモンスターの勢力図に干渉しているのでござる」
「そんな……!?」
俺は目の前が暗くなる思いだった。タクミ、いったい何やってんだよ!!
「プレイヤーの中でもサイレント討伐の動きが出てきたわ。でも、あんまり意味はないでしょうね」
「意味はないって、どういうことです?」
レンの問い。俺は何となく、答えがわかる。タクミの目を直に見た俺には……。
「PKもプレイヤーだからね。倒したところで死ぬわけじゃなくて、どこかで生き返るだけ。そうなると中身のプレイヤー自身がやめようと思わない限りPK自体はなくならないわ」
そうだ、タクミはやめるわけがない。あのぞっとする目をしたタクミなら、やめはしないだろう。
「じゃあ、どうしたら……」
レンはショックを受けているようだ。自分の知る人間が犯人なのも、好きな世界が被害を受けていることも、どちらもショックだろう。
みんなが沈黙する中、俺は宣言した。
「俺が、止めます」
「オルド?」
「俺が止めます。サイレントは、タクミは俺が止めます!」
俺しか止められない、そう思った。
「だが、どうやって止める?」
イギさんの問いかけに、俺は答えた。
「話し合いをするんです」
「話し合い?」
「力ずくで、抑え込んででも話し合いをします! あいつに何があってこんなことしてるのか、俺はそれさえも知らない! 現実で話しかけても取り合ってもくれない! だったら――!!」
だったら――。
「この世界で力ずくで抑え込んで話をします! あいつは、話が分からない馬鹿じゃない!!」
そうだ。タクミは馬鹿じゃない。だって、いつも俺のことを気遣って、助けてくれたじゃないか。そうだ、VRにたどり着いたのだってそもそもタクミのおかげなんだ。
「俺があいつを説得します!」
俺の宣言。しばらくみんな無言だった。いろいろ考えているのかもしれない。そんな中で、最初に沈黙を破ったのはレンだった。
「私、協力するよ」
「レン!」
「私だってタクミくんとは知り合いだし、それに、可能性があるとしたらあっくんの説得しかないと思う」
レンの言葉に、イギさんもうなずいてくれる。
「そうだな、少なからず可能性があるのはオルドだけ。確かにその通りだ」
「じゃあ決まりね。私も協力するわよ」
「それがしも協力するでござるよ! 放っておくわけにはいかないでござるからな!」
「みんな……!」
俺はうれしくて、ちょっと目頭が熱かった。
「ありがとう、ございます!」
俺は礼を言った。本当にありがたいと、そう思った。
「さて、そうなるとサイレントを倒す方法をまず考えなくてはな」
イギさんは言う。
「戦うのはオルドとレン、それ以外のメンバーは参加できないだろう。その二人、特にオルドが倒さなければ相手も話を聞く気にはなれないはずだ」
みんながうなずく。
「しかし、重課金で装備やアイテムをそろえた相手を倒すにはそれに対抗できるだけの装備やアイテムがこちらにも必要だ」
「それをそろえる手伝いが私たちの役目ね」
モカさんが言う。
「そうだ。重課金相手に無課金で立ち向かうのが条件だ。相手とは違う方法で勝たなければ相手も納得はしない。それを俺達でどうにかするんだ」
イギさんが宣言する。
「俺達で止めよう」
「はい!」
その日から、サイレントと戦うための準備が始まった!
●
装備やアイテムの準備はワルツさんが主導で進めてくれた。ワルツさんのクラン『サムライパーティ』はレベルの高いひとが多く所属する攻略クランだったんだけど、そのワルツさんのクランのみんなが協力して強力な装備やアイテムを集めてくれていた。モカさんはワルツさんに協力しながらそれとは別に回復アイテムなどを加工してそろえてくれたりしていた。俺とレンもみんなを手伝いたかったんだけど――。
「お前たちは受験生だから長いプレイ時間もとれない。無理せず戦うことに集中して本番に備えた戦闘訓練をするんだ」
というイギさんの指導のもと、俺とレンは戦闘訓練に明け暮れていた。
「シールドスパイク!」
「ツインスラスト!」
俺とレンの連携。時間差で繰り出した二つの技がイギさんに襲い掛かる。
「メテオフィスト!」
しかし、イギさんはメテオフィストの準備動作であるハイジャンプで俺たちの攻撃をあっさり避ける。そしてそのまま空中から燃える拳で突撃してくる。
「く!」
俺が盾で受け止めてレンがその陰から飛び出す。だがそれも予想されていたらしく、イギさんは着地と同時に足払いでレンを転ばせるとそのまま俺を打ち払う。
「マグマナックル!」
「うわ!」
たまらず吹き飛ばされる。
「まだまだ連携が甘いな。もう一度だ」
「はい!」
立ち上がる俺とレン。二人でもう一度イギさんに仕掛けていく。
俺とレンの特訓は経験値を稼ぐよりも実際の戦闘を想定した模擬戦闘になっていた。短期間で無理をしてもそうそうレベルは上がらない。だったら使える時間を模擬戦闘にあてて、実際の本番に備えるというイギさんの発案だ。
このVRの世界ではアイテム加工に見られるように現実の能力をいくらか反映することができる。つまりそれは戦闘も同じだ。身体能力がそのまま反映はされないが、どう動けばいいかなどの細かい動作や連携はレベルに関わらずこの世界で有効なのだ。
サイレントに対して俺たちの有利は二人いること。だから連携が鍵なんだ。
「まだ甘い、もう一度!」
「はい!」
俺とレンは少ないログイン時間を模擬訓練に費やし、準備が整うのを待っていた。
●
「じゃあレン、悪いけどお先に」
あっくんがログアウトする。今日はあっくんが家族で外食するということで、あっくんは早めにログアウトしたのだ。
「レン、君も今日は早めに休め。休息も適度に必要だ」
模擬戦闘訓練を終えたイギさんはそう言うと別荘の中へ向かう。
「あの!」
そんなイギさんに私は声をかけた。
「どうした?」
「あの、ちょっとお話が」
「構わないが」
イギさんは別荘の中に私を招き入れる。お互いに暖炉の前に座った。
「それで、どうした?」
私は少し時間を作ってから話し始めた。
「イギさんの作品、読みました。小説だったんですね、文章って」
私はモカさんから教えてもらってイギさんの作品を読んでいた。
「ふむ、読んだか」
そう言うイギさんはちょっとだけ眉毛を上げる。
「どうだった?」
「えっと……」
「遠慮はしなくていい。良いも悪いも素直な感想だけが意味を持つ」
言われて私は感想を口にした。
「面白かったです。でも――」
そこまで言って戸惑う。そんな私をイギさんは促した。
「ちょっと、ちょっと独特というか。題材が、変わっているんじゃないかと」
イギさんの作品は小説、その中でもライトノベルと呼ばれるものだった。だけど、よく本屋で見るようなライトノベルとは題材の選び方、雰囲気などが大分違う。作品としては面白いけど、ライトノベルとしてはなんというか、言ってしまえば面白くないのかもしれない。
私の感想を聞いたイギさんはでも、くすりと笑った。
「感想文としては九十点だな。もっと素直だったら満点だ」
イギさんは笑みを深くする。
「君の感想は正しい。その通りだ。ただ、君が変わっていると感じたのは、君が若いからかな」
「若いから?」
「要するに、私が書きたいものは古いんだ。君は若いから古い作品に対して造旨が浅い。だから私の題材を変わっていると受け取ったんだな」
「題材が古い……」
「そう、古いんだ」
イギさんは続ける。
「だから面白かったとしても今売りに出せば売れない、今時のひとには面白いと思われないだろうな」
私はなんだか何かを言いたかった。でも、それは言葉にならず、別の言葉を口にする。
「イギさんはそれでいいんですか?」
その言葉に、だけどイギさんはああとうなずく。
「ああ、それでいいのさ。俺の小説は仕事じゃないからな」
「仕事じゃないから……」
イギさんは少しだけ、遠い目をする。
「昔、文章を――、物語を書くことを仕事にしたことがある」
「え!?」
驚いた。イギさんの小説は確かに面白いと思ったけど、仕事にしていたなんて……!
「でも今は仕事にはしていない。何故か分かるか?」
イギさんの問いに、私は答えられない。
「挫折したんだ。仕事で物語を書くことにね」
「挫折――!?」
題材が古いとはいえ、イギさんの作品は確かに面白いと思った。それにイギさんは普段から強くて物知りで、とても挫折したひとだとは思えない。
でも、イギさんはうなずくと話してくれた。挫折の理由を。
「小説を、物語を書くのは確かに楽しい。だが、仕事にしたとたんに楽しくは無くなったんだ。仕事である以上、書きたいものよりも読まれるものを意識しなければならない。自分が満足しているだけでは仕事にならないのさ」
一呼吸。イギさんは再び口を開く。
「書きたいものを自由に書くことができないストレス。そういうものに苛まされた。気がついたときにはストレスに押し潰されていたよ」
私の喉に、硬い何かが押し込まれ、強引に飲み下す。
「押し潰されて、どうなったんですか?」
聞かずには居られなかった。
「簡単に言えば病気になった。病気になって、完治は難しい、そう言われた。こうして話しているとそうは感じないだろうが、毎日の投薬が欠かせないし、ログインしていないとき、いや、ログインできないときは酷いもんだ」
衝撃だ、悪い意味で。イギさんは私と同じ夢を持って、何歩も先を歩いて、そして挫折したのだ。それも、一生苦しむ病気を患って。
「ご、ごめんな、さい」
声が震える。
「私――」
なんと言えばいいのだろう? 何を言えばイギさんへ償える? 私は大きな思い違いをしていたんじゃないのか?
思考がぐるぐると回る。唐突に、肩に暖かさを感じた。イギさんの手だ。
「すまん、君の夢を砕くつもりで話したわけじゃないんだ」
イギさんは私の肩に置いた手に、軽く力を入れた。
「君が誰かのために物語を書くというならそれはいいことだし、応援したい。でも、自分のために物語を書くなら、仕事にするかは一度考えてみてくれ」
そのために、と、イギさんは続けた。
「先ずは一度、短くてもいい、出来が悪くてもいい。作品を書いて発表してみてくれ」
イギさんはそう言って別荘から出ていった。
●
「よし、だいたい準備はできたな」
イギさんの言葉に、俺達はうなずく。イギィヒルズの暖炉の前に、マーケットに流せばかなり高額だろうと思われるアイテムの山が広がっていた。
「高レベルポーション作りまくったから、もうポーション制作の達人レベルだわ」
モカさんが軽く笑う。モカさんが用意してくれた色とりどりのポーション。どれも高レベルなもので普段ならおいそれと使う気にもなれないだろう。
「せっかく作ってマーケットにも流さないんだから、ガンガン飲むのよ! もったいないなんて思わないでね!」
「はい! ありがとうございます!」
モカさんに礼を言う。これだけのポーションを数揃えるのは大変だったはずだ。高いレベルのポーション制作は失敗率も高くなる。当然それだけの費用が掛かるわけで、資金繰りにも苦労したはずだ。
「ポーションだけではありませぬぞ!」
ワルツさんがポーションの隣に置かれた武具を示す。
「それがしのクランの職人が、丹精込めて作り上げた最高の武具! このゲームにおいて数値上は最高のものを用意しましたぞ!」
ワルツさんが言う通り、その鎧や短剣などはどれも最高の出来だ。しかもそれだけでなく、ステータスアップやら特殊効果やら、様々なブースト効果もかかっている。
「そして、それがしからはこれを」
そう言うと、ワルツさんは俺にひと振りの剣をくれた。
「これは?」
「ここしばらくずーっとがんばってダンジョンにもぐり続けた結果、ついにドロップした最高レアな一品ですぞ!」
剣のステータスを確認する。名前は『光刃―鋼削ぎ―』。高い攻撃能力もさることながら、相手の防御力を下げる効果まで持っているようだ。
「こんなものまで……」
俺はちょっと感動していた。
「わざわざありがとうございます!」
「いいのですよオルド氏。気兼ねなくこれでサイレントをズバッと! ズバッと!」
自分がPKされた時の一件がいまだに許せないのか、熱く剣を振る真似をして見せるワルツさん。見た目はコミカルなんだけど、ワルツさんの努力と思いを受け取った気がして、俺は何だか嬉しく思う。
「みんな、ありがとうございます!」
同じ戦場で戦うわけじゃないけど、力を合わせてくれている。それがとてもうれしかった。
「いいか、オルド。重要なのはサイレントを説得することだ。ただ勝てばいいってことじゃない。忘れるなよ」
「はい!」
イギさんの言葉に、俺は勢いよく応える。みんながここまでしてくれたんだ、俺も精一杯やるべきことをやるんだ! サイレントを――、タクミを必ず説得してみせる!
「あとは、タクミくんがログインするのを待つばかり、ね」
レンの言葉に俺はうなずく。タクミとはこの世界でのフレンド登録をしていない。相手がこっちを拒絶してるんだから当然だ。そのために今、ワルツさんのクラン『サムライパーティ』のみんなが各地で目撃情報を探しているところだった。
「タクミ……」
俺はタクミ、親友だと思っていたあいつのことを考える。あいつはなんでこんなことをするのだろうか? あいつの目を見てぞっとした。黒い兜の下に見えた、タクミの目。なんて言ったらいいのか、とにかく普通の人間の目じゃなかった。一体タクミに何があったんだろう? あいつは俺の言葉に耳を貸してくれるだろうか――。
「オルド」
気が付くと、イギさんが俺の肩に手を置いていた。
「自分を信じろ。お前ならできる。お前とずっと模擬戦をしてる間、お前とレンの気持ちが伝わってくるようだった。それをそのままぶつけてやればいい」
イギさんは、もう一度口にした。
「お前ならできる」
「はい!」
不思議だ。イギさんに言われると本当にそう思える。前にレンと一緒に戦ったリザードマンとの戦い。あの時俺とレンは戦いの中で分かり合った。だから、タクミも説得できる。いや、俺達のこの思いを、わかってくれるはずだ。
「出たぞ! サイレントだ!」
サムライパーティのひとりが声を上げた。メンバーからのウィスパー通話が来たんだ!
「よし、行くぞ! 場所は!?」
「エニマの街、冒険者組合本部前だ!」
「何だと!?」
その場にいた全員が驚きを隠せなかった。だって、大きな街の中心だぞ? そんなところでまさか、PKを!?
「とにかく行かなきゃ!」
俺の声に、みんなが一斉に動き出した。
●
「いい度胸だな、サイレント! PKの有名人がこんな街中にのこのこと!」
エニマの街に急行した俺達、だけどそこにはすでにタクミに喧嘩を売っているプレイヤーが何人かいた。
「ふん、俺を倒すために人数揃えてやってきたのか。いいぜ、こいよ」
「タク――、サイレント……!」
俺は遮るように叫んだ。タクミはただ倒しても無駄だ。あの目は、あの目をした人間が、ただゲームで殺されただけで懲りるはずがない。
「よお、奮じゃねえか。ああ、こっちじゃオルドか」
タクミは俺に向かってゆっくりと喋る。
「お前も俺を倒しに来たのか? ご苦労なことで」
タクミの言葉。普通なようで、しかし明らかにこちらを下に見ているような物言いだ。俺の知ってるタクミはこんな喋り方をするやつじゃなかったはずだ!
「まあいいぜ? 殺したければさっさと殺してみろよ。どうせ俺は何度でも生き返る。そしてまた誰かを殺すだけだ」
「サイレント!」
思わず叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
「お前どうしちまったんだよ!? そんな奴じゃないだろ、お前は!」
俺の言葉。しかしタクミは、ただ鼻で笑っただけだった。
「タクミくん……」
レンが呟く。
「おうおう、不二沢もいたのか。相変わらず仲がよさそうで何よりだぜ。反吐が出るね」
言い捨てて、タクミは続ける。
「たった今、俺の復活ポイントをここ、組合前に設定した」
どよめき。タクミの行動の真意をみんながはかりかねている。
「さあ、殺して見せろよ。この俺を。何度でもここで復活するぜ? その度に俺は近くの誰かを攻撃するけどな」
言った瞬間。
「きゃああああ!? お母さん!? お母さんが!!」
遠巻きに見ていたNPCの少女の悲鳴。目を向けた時には、すでにタクミは剣を振り払った姿勢だった。少女の目の前、彼女の母親が、その首と胴体を切断されて倒れていた。
「いいスキルだよな、ソニックハーケン」
タクミが言う。
「威力は弱いが遠くまで届く。そして速い。NPC殺すのにうってつけだよなあ?」
「タクミいいいいいいいい!!!!!」
俺は怒りで我を忘れていた。気付いたとき、その時にはもうタクミに剣を振り下ろしていた。
「おお、いい剣使ってるじゃねえか。今日は棍棒じゃないんだなあ」
俺の攻撃を、しかしタクミは簡単に受け止めている。
「タクミ、お前えええええ!!!!」
「そう怒るなよ。たかがNPCじゃねえか」
「ふざけんな! 子供の目の前で、何てことしやがる!」
「ゲームごときで――」
タクミが口にした時、俺を飛び越えるようにレンがタクミに切りかかった。
「ツインスラスト!」
「おおっと」
しかしタクミは間合いを取って避ける。
「なんだよ、不二沢まで怒ってんのか」
「当たり前よ」
レンの言葉。怒っている。けれど落ち着いた、叫びよりも怒気の伝わる声だ。
「あなたは私とあっくんで倒す。でも、殺すのはタクミくんじゃない。サイレントというその仮面よ」
俺は我に返った。あまりの怒りで冷静さを失くしていた。けれど今のレンの怒りで目が覚めた。そうだ、俺達が倒すのはタクミじゃない。サイレントだ。サイレントを倒し、タクミにPKをやめさせるんだ!
「レン」
「うん」
俺の声に、レンが応える。二人で武器を構える。その武器は、あくまでもサイレントに向けてだ。
「ふ」
タクミが、唐突に息を漏らした。それは笑い声へと変わっていく。
「はは、はっはっはっは! 何を言うかと思えば――」
タクミの顔が、急に真面目になる。いや、真面目というよりも、そうだ、これは虚無だ。感情の無い、その顔だ。
「胸糞悪いんだよ、いい子ちゃんが」
そして、タクミと俺達の戦いが始まった。
●
「シールドウェイブ!」
「ツインスラスト!」
戦いはお互いに五分の状態だった。
「ち! めんどくせえんだよ!」
いかにVRがリアルと言えど、ゲームではある。だからこそ、ゲームのルールには従うしかない。
「シールドスパイク!」
「クソ! 馬鹿みてえにタウントしやがって……!」
俺のタウントスキルでタクミは俺を狙うしかない。そこへ自由に動き回りながらレンが攻撃を仕掛ける。
「スライサーエア!」
「うぜえ!」
うざいとは言いながらも、レンを直接叩くことができないタクミ。俺たちの連携は模擬戦で学んだ通りに機能していた。でも、それでもタクミはその脅威を見せつけてくる。
「お前からぶっ殺せばいいんだろうが! ブラッディソード!」
タクミの攻撃はそのほとんどがスリップダメージ、つまり毒や出血で継続的にダメージを与えるものだ。それはたぶん、俺が守りの固いシールドファイターだからだろう。このレベル差で、それでも防御力が機能しているのはワルツさんたちがくれた装備のおかげだ。そして毒や出血にされてもモカさんの作ってくれたポーションですぐに回復している。
「ちい! ああ、うぜえ。うぜえうぜえうぜえ!!!!」
タクミは叫びながら範囲攻撃を乱発した。範囲攻撃なら上手くすればレンを巻き込んでダメージを与えられるからだ。しかし、レンもポーションで体力を回復しながら応戦している。
「クソがあ!!」
しかしポーションや装備で強化しているのはタクミも同じで、攻防はまさに五分の勝負だった。ただ、一点を除いては。
「シールドウェイブ!」
「ツインスラスト!」
「クソがあああああ!!!!」
タクミは確かに追い込まれていた。体力が減っているとか、そういうことじゃない。タクミにあって、俺達にあるもの。それはコンビネーションであり、そして。
「これ以上イラつかせるな!」
タクミに伝わっていく、俺達の思いだ。俺とレンが共に戦って分かったように、戦っている相手であるタクミも、俺達の思い、この気持ちが伝わっていっているんだ。
俺がタウントして、レンが攻撃をする。俺の気持ちをレンがくみ取り、レンの気持ちを俺がくみ取る。そしてそれが一連のコンビネーションとしてタクミにぶつかった時、俺とレンがわかり合っていること、そして、タクミとも分かり合いたいこと。その気持ちが、直にタクミにぶつかっていくんだ。
「クソ、クソ!!」
タクミの焦りが手に取るようにわかる。気持ちがぶつかっているのはタクミにだけじゃない。タクミの気持ちも俺達にぶつかってきている。だから俺は、なんとなく理解できた。
「タクミ、もうやめようぜ」
攻防の中で、俺達は対話する。
「やめるもんか、やめられるわけないだろ!」
「やめられるよ。いつでも――」
「簡単に言いやがって! このゲーム以外に俺が行くところなんて――!」
「ゲームだから!」
レンが叫んだ。
「ゲームだから、いつやめてもいいの。そしてまた――」
また。
「好きなときに始めればいい」
そう、ゲームだから。いつやめても、いつまた始めてもいい。
「なら、このゲームやめて俺はどうすんだ!? お前たちみたいに明るく将来に向かってなんて――!」
そうか。気持ちは理解していたけど、理由を言葉にしたらそういうことなのか。タクミは現実の世界の将来が不安なんだ。自分が何をしていいのか、何を目指していいのかわからないんだ。その不安が鬱憤としてたまっただけなんだ。
「タクミ!」
叫びと共に、俺はタクミを、サイレントを抱きしめた。
「な……!?」
突然のことに、タクミは剣を持つ手を止めている。
「ごめん、タクミ。俺、お前に励ましてもらってばかりいたのに気づかなかったよ。ごめん……!」
「奮――」
一瞬、ほんの一瞬だけサイレントの下の、タクミの目が見えた。その目は確かに、泣いていた。
「クソ!」
タクミは俺を突き飛ばした。
「クソ! クソ! クソ!」
「タクミ……」
俺と距離を取ると、タクミの体が光に包まれて消え始める。ログアウトしているんだ、タクミが。
「やってられるか! クソ!」
その言葉残して、タクミはログアウトしていった。
●
あれから、サイレントというPKを見ることはなくなった。現実世界でのタクミは、何事もなかったのように生活している。ただ、俺とは口を聞いてくれていない。
●
「タクミ」
しばらく日が過ぎて、俺はタクミに話しかけた。でも、相変わらずタクミは教室の窓から外を見ているだけで、俺の声に返事はくれない。それでも、その日は俺はタクミの隣に座った。
「タクミ、これ」
俺は紙束を差し出した。文章が書かれたコピー用紙の束だ。
「……なんだよ、これ」
ぶっきらぼうだが、返事をしてコピー用紙を受け取ってくれるタクミ。
「恋がさ、書いたんだって」
「はあ?」
俺はタクミを見るでもなく、空を見上げながら言った。
「あいつさ、将来小説家になりたいんだって。で、それが初めて書いた恋の作品」
タクミはわけのわからない顔で俺に聞いた。
「なんで俺に?」
「お前のために書いたんだってさ。まあ、読んでやってくれよ」
それだけ言うと、俺はその場を後にした。
●
コピー用紙には横書きで小説らしきものが書かれていた。らしきものってのはまあ、要するに文章が拙いとかそういうことだ。
「俺のために、か……」
独り言ちて、何となく読み始める。そして最後まで、その拙い文章を読み終わった時。
「――」
俺は泣いていた。
●
「あれでよかったのかな」
俺は公園で、車椅子に座る恋に話しかける。
「うん。……たぶん」
「たぶんって」
俺は苦笑する。あの小説を読んで、タクミはどう感じるのだろう? 恋の思いを受け取ってくれるだろうか。
「小説ってさ、読む人によって受け取り方が変わると思うんだけど」
恋は迷いなく言う。
「タクミくんなら、わかってくれるんじゃないかなって思う」
●
それは拙い文章で、ありがちな話でもあった。でも、読んだ俺は笑っちまうほど涙を流してた。その話の悪役が、嫌なことがあって、不安なことがあって、だから逃げてひねくれた奴だった。そう、それはまるで俺みたいなやつだった。
「笑っちまうよな。……カッコ悪い」
つまり、俺は俺を他人の視点から俯瞰したわけだ。カッコ悪いったらないぜ。
「クソ……」
涙を拭いて立ち上がる。書いた本人と、それを応援しているであろう俺の友人に、この傑作の感想を言うために。
「ホント、ケッサクだぜ」
その言葉は、もちろん自嘲だった。
END
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