LIBERTY ならず者は正義の味方

檀ゆま

第一章 出会いと旅立ち

1.記憶の時計台

 空には星と白と赤の双月が美しく輝き、真っ白な雪が降っていた。

 満天の空に向かって、煙が上がっていく。

 私は現状を理解する事も出来ず、ただただ泣く事しか出来なかった。

 姉に連れてこられた場所は、街の中央に在る時計台だ。

 時間を知らせるその時計をいつも遠くから眺めていた。

 登ってみたいと思っていたここにやっと来れたというのに、ちっとも嬉しくなんてない。

「アリス、決してこの光景を忘れてはいけない」

 街の最北に位置する大きな屋敷が燃えている。

 見慣れた風景を炎が、まるで知らない風景へと変えてしまったのだ。

 姉の言葉が、頭に入ってこない。

 暖かい部屋にいた筈なのに。

 明日も、当たり前のように美しい朝がやってくる筈だったのに。

「アリス」

 姉が私の目線に合わせるように屈み、私の両肩を掴んだ。

 確りと私の肩を掴むその手が、震えている。

「ここに居れば大丈夫よ」

 煤で汚れた顔で、姉は優しく微笑んでくれる。

 その顔を見ると、私はどうしてだか、心が落ち着くのだ。

 姉は私が泣き止むのを確認すると立ち上がり、階段へと歩き始めた。

「お姉ちゃん、どこに行くの? アリスを一人にするの?」

 置いていかれる。

 ひとりぼっちにされてしまう。

 心臓が忙しなく鼓動し、それに吊られて、言葉も早口になるのが分かる。

「一人になんてならないわ。大丈夫よ」

 またにっこりと微笑んでくれたが、鼓動は静かになってくれない。

 けれど、頷く他にしてはならないような気がして、私はこくりと頷いた。

 姉は、それから一度もこちらを振り返る事無く、私の視界から消えた。

 とても遠くに行ってしまうような、そんな気持ちになる。

 でも、そんな筈はないのだ。

 姉は、とても優しくて、私から離れてしまうなんて事は絶対にしない。

 きっと人を呼びに行ってくれただけ。

 そうに決まっている。

 息を吐くと、白い靄が宙をふわふわと漂って消える。

 寒い。

 とっても寒い。

 自分の体を小さく丸めて、眼下の光景をもう一度見た。

 私の日常は消えてしまったのだ。

 真っ暗闇に真っ白な雪が降り注ぎ、そして炎が天を侵略するように伸びていく。

 この光景を、私はきっと忘れないだろう。

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