第18話 魔女の策略
手を伸ばすディアの姿を最後に、ネーヴィスの視界は暗転した。
「……ここは、どこでしょうか?」
状況から察するに、ネーマの策略によって転移させられたのは間違いない。
転移など、本来なら信じられないが、ロゼ達が転移を使って脱出した以上、間違いはないのだろう。
首を巡らせるも、どこを向いても視界は暗いまま。空気の流れを感じない以上、室内だとは思うが、場所の検討は付かない。
もしかすると、フラウノイン王国ではない可能性すらありますね。
そうなったらお手上げだ。令嬢誘拐の際は、馬で逃げた者もいたから追跡することが可能だったが、転移のみとなると探し出すのはほぼ不可能。こちら側から捕らわれた場所を示す何かしらの目印を発信するか、血眼になって捜索してもらうしか手がない。
「そう考えると、前回追跡出来たことすら、レヴォルグ達の作戦だったということですか」
どこまでも踊らされたものだ。
策という点において、今回フラウノイン王国が勝った部分など何一つないということではないか。
逆転の手すらディアという偶然の戦力であり、それすらも、レヴォルグ達からすれば想定の範囲内だったのだろう。
フラウノイン王国王女として、悔しさが込み上げてくるが、今はその気持ちをぐっと堪える。今しなければならないのは、状況の確認。そして、この場所からの脱出だ。
手始めに、一緒に転移しただろうユース達が近くにいないか、声を上げて確認しようとしたが、ふと、鼻につく匂いを感じて口を閉じる。
「これは……血の匂い…………?」
僅かな光も差し込まない、密閉された空間故だろうか、鉄に似た匂いが室内を満たしていた。
まさか、ユース達がやられた?
咄嗟に思い浮かべた状況を、自身で否定する。ネーマの魔法はあくまで転移だ。同じタイミングで転移したユース達が、先行してやられるはずがない。時間操作系の魔法が使えるならば別だが、それは神話級の魔法だ。転移以上に実現不可能な魔法であり、いくらネーマとて使えるはずがない。
「そうであるならば、これは最初から手を下されていた………………っ!?」
可能性を思考する中で、ネーヴィスは最も考えたくない選択肢に至ってしまい、息を飲んだ。
いや、まさか、そんなことは……。
否定したくとも、否定できるだけの材料はない。なにより、思い出されるのはネーマの言葉だ。彼女は、城に誰もないことを不思議に感じていたネーヴィスにこう言った。
『――なら、確かめてみればいい。直接』
その後、直ぐに転移させられたのだ。
直接、何を確かめれば、城に誰がもいない理由が分かるのか。
想像したくないのに、ネーヴィスの頭の中には、目に映らないはずの室内の光景が浮かび上がるようであった。
胸が苦しい。呼吸が荒くなる。倒れ込まないのがやっとの状態で、ネーヴィスは立ち尽くすしかできない。
どれだけ精神を落ちつけようとしても、一度揺らいだ心は、嵐の海面の如く荒れ狂って静まらない。
当然、その可能性も考えたいたのだ。覚悟もした。希望だけを旨に、敵の前に立つなんてことはしなかった。けれども、虚を突かれ、事前の心構えなく突然現実と直面しなくてはならない状況に放り込まれては、覚悟という名の虚勢など露と消えてしまう。
せめて、どうか、ただの勘違いであって欲しいと、少女は願いしかなかったが、そのような儚い願いが叶うはずもなかった。
「あ…………あぁ…………………………」
何故なら、全ては魔女が仕組んだ策略。手の平で踊らされるだけであった王女の願いが叶うはずもない。
彼女に現実を突き付けるように、ボッと、室内が小さな蝋燭の火によって照らし出される。
薄暗い室内が、微かな灯によって照らされた。そうして、明らかにされた室内の状況は、ネーヴィスの想像通りだった。
「お……母様…………お父……様………………」
円卓の中央に置かれた蝋燭が明るみにしたのは、貴族達と、ネーヴィスの両親である女王夫妻の惨殺された姿であった。
血に濡れ、椅子に座ったまま殺されている両親の姿を、娘は目を一杯に見開き、目尻から涙を溢れさせて見つめるしかない。
分かっていた分かっていた分かっていたのだ。レヴォルグに王城を占拠された時点で、こうなる可能性が高かったのだ。
だから、これは仕方のないことで、受け入れるしかなくて、やることは他にあって――ッ!?
心の中でどれだけ言葉を重ねて落ち着こうとしても、この状況に誘いこまれた時点で詰んでいたのだ。王城に赴く前、確かにあった覚悟はいとも容易く砕け散り、ネーヴィスの心はあっさりと恐慌状態に陥る。
そんな王女の状態を頃合いと見たのか、追い打ちを掛けるように魔女の声がどこからともなく室内に響き渡る。
「貴族令嬢誘拐。私の目的は、女王と貴族を殺すこと」
声音に感情はなく、混乱したネーヴィスの頭でも理解できるように丁寧に語られる。
「娘を誘拐すれば、憤慨した親の貴族共が王城に乗り込んで来るのは必然。ついでに、野心ある貴族が、この隙を突いてくるのも目に見えていた。砂糖の山に群がる虫のように、貴族達は王城へ集う。後は簡単。集まった貴族諸共、女王並びに王城関係者を殺害して完了」
段々と声は近付いてきて、気が付いた時には耳元で囁くような声量となる。
「最初から危険だったのは、誘拐された令嬢達でも、助けに向かった君でもない。王城に残った者達。本来女王達を護るべき戦力を無駄な場所へと連れ出した君は、私の思い通り動いた」
彼女の言葉は、あたかも毒のようにネーヴィスの身体に染み込み、身体の自由を奪い、心を壊していく。
「全て貴女のおかげ。でも、役目は終わり。――死んで?」
優しく、首に纏わりつく手を振りほどくこともできず、ネーヴィスは光の消えた瞳で虚空を見続けることしかできなかった。
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