第14話 好奇心旺盛な美しい少女?

 翌日。アルハイル辺境伯の屋敷前で、ロゼ達は出発の準備を進めていた。

 今回、王都に向かう者達はネーヴィス、ユース、ヴェッテ、ディア、フラン、そしてロゼの六名だ。

 乗馬に伴い、ネーヴィスとロゼはフラウノイン王国の白い軍服へと着替えている。ロゼ達が戦うわけではないので、軍服である必要はないのだが、動きやすい服装として提示された中ではこれが一番であったため、仕方なしに着替えたのだ。

 実働はディア、ヴェッテ、ユースの三名で、本来であれば他の者が付いて行く理由はない。

 特にネーヴィスはフラウノイン第二王女だ。ネーヴィスが付いて行くと口にした時は、全員で止めたが、彼女の意志は固く、引き留めることは叶わなかった。

 だからといって納得したかと言えばそうではなく、ロゼは馬を撫でているネーヴィスへと声を掛ける。


「ネーヴィス王女殿下。本当に貴女も出向くのですか?」

「当然です。私がディアにお願いしたというのに、その私が安全な場所で報告だけ待つなどできようはずもありません。それをいうなら、ロゼ。貴女が一緒に来る必要が一番ないのですよ?」


 暗に、公爵家令嬢たるロゼが来る必要はないのでは、と返され、ロゼは肩をすくめる 


「リタの無事を確認にするのに、出向かなくてはいけないので」


 ロゼとてわざわざ危険に飛び込みたいわけではないが、親愛なる従者たるリタの安否を確かめなくては、落ち着くことはできない。

 ネーヴィスからは、命は取り留めており、療養の為に王都へ残っていると伝えられている。

 大怪我をし、まともに動くのも厳しいというのに、ロゼ達の救出作戦に参加しようとして、止めるのが大変だったと聞かされた時は、嬉しさやら怒りやら感情がごちゃ混ぜになったものだ。

 だが、それもレヴォルグ達が王城を占拠する前までの話。今現在の安否は分からない。

 主の為に命する掛ける従者の無事を確かめなければ、主と胸を張って言えなくなってしまう。

 ロゼの心情を察しているのだろう。ネーヴィスもこれ以上引き留めることはなかった。


「貴女も無茶をしますね」

「お互い様です」


 王女と公爵家令嬢が顔を見合わせて、揃って苦笑する。

 結局、お互いに立場を弁えず無茶をするというのは変わらず、相手にぶつけたはずの心配が自身へ帰ってきて笑ってしまう。これがフラウノイン王国でも高位に位置する者達の娘だというのだから、国の未来は暗そうだ。

 そうして、お互いを鑑みて、自身の無茶ぶりを省みながらも開き直っていると、黒いコートを翻したディアが声を掛けてきた。


「そろそろ出発しますが、宜しいですか?」

「あ……は、はい。大丈夫、です」


 ディアへと顔を向けたネーヴィスは、頬を赤らめて俯いてしまう。

 昨日の浴場遭遇事件が尾を引いているようで、顔を合わせる度にこれである。それは恥ずかしそうに茹で上がっている。

 ただ、一緒に見られてしまったはずのフランとユースは平然としたもの。

 フランは常通りディアの後ろに控えて無表情であるし、ユースは微笑むばかり。

 覗いてしまったディアに至っては、性欲があるのか疑問を感じる程動じておらず、ネーヴィスからすればなんともやるせない気持ちだろう。

 そうして、ちょっとしたしこりを残しつつも、着々と準備が進んでいると、令嬢達を連れたリーリエが、ディアへと声を掛けていた。


「ファーリエ様」


 儚げな声音で名を呼び、不安げに瞳を揺らしながら、そっとディアの手を取る。

 白く細い指で包み込むと、弱々しくも力を込める。


「どうかご無事で。ロゼ様のこと、宜しくお願い致します」


 それ以外はいらないと、見つめる瞳が涙で揺れる。

 不安に揺れる乙女の願いを聞き入れたディアは、応えるように頷いた。


「レヴォルグを倒す。それだけです」

「例えそれが叶わずとも、私は貴方様達の無事だけを願っております」


 まるで旅立つ勇者を見送るお姫様のようなやり取りだ。

 それも、これほどの令嬢達に見送られる状況など、早々あるものではない。

 見ているとなんともむず痒い気持ちになるが、それはロゼだけだったようで、ネーヴィスはそわそわと落ち着かない様子で手遊びをしている。

 

「ディア様。そろそろ」


 フランに至っては我慢ならなかったのが、額に青筋を浮かべながらも、冷静な従者を装いディアへと声を掛けた。

 ディアは頷き、そっとリーリエの手を放す。


「あ……」


 と、零れる名残惜しそうな声に、表に出す感情は違えど、ネーヴィスもフランも気が気ではなさそうだ。

 無自覚な誑しぶりにじとっとした眼差しを向けていると、それに気が付いたディアが首を傾げる。


「どうかしましたか?」

「別にー?」

「……?」


 ロゼの態度を不可思議に思いながらも、特に興味はないのかあっさりと引き下がる。

 もしディアがフラウノイン王国に生まれていたら、さぞ女泣かせであったろう。

 そんな女泣かせは、周囲から向けられる感情の一切合切を気にせず、馬へと飛び乗る。昨日学んだとは思えない程手慣れた動き。天才を通り越し異常な光景だが、ロゼもこの程度では動じなくなってしまった。

 それから、準備も終わり全員が馬上に乗ったのを確認したネーヴィスが、号令を掛ける。


「それでは参りましょう。フラウノイン王国王城へ」


 王女の言葉を合図に、ロゼ達は王都へ向けて馬を走らせる。


 ――


 馬を走らせて数日。合間に休息を挟みながらも、速度を重視して馬を走らせ続けた。

 そうして到着した王都は、ロゼ達が予想したよりも穏やかな光景が広がっていた。

 どうやら、レヴォルグの魔の手は王城外にまで伸びていないようで、道行く民の誰もが日常の中に生きている。


「想像以上に平和……というか、いつも通りね」


 考えてみればたった百名程では、城を占拠するのも厳しいだろう。しかも、城を落とした主力はレヴォルグなのだ。彼が城を押さえている現状、街にまで手を伸ばせないのも当然か。

 ただ、王城でなにかがあったのは察しているようで、街の人々が王城について噂話をしているのが耳に届いた。王城から始まった変化は、着実に街にまで広がろうとしている。


「街に混乱が起きていないだけ良しとするべきでしょうけど…………ディア?」


 気付けば、一緒に付いて来ていたはずのディアとフランの姿がない。まさか、この緊急時に迷子なのかと、笑えない冗句に取り乱しそうになるが、後ろを良く見れば、大分離れた場所にだが、ディアとフランが揃って立っていた。

 何をやっているのか。嘆息しつつ、ロゼはディアへと近付く。


「ディア。作戦の肝である貴方が、何を呆けているのよ。街中とはいえ、どこにレヴォルグの配下がいるか分かったものではないんだから。……て、訊いてるのかしら?」

「……!」


 ロゼの言葉が耳に入っていないのか、ディアは瞳を輝かせて王都の街並みに目を奪われていた。

 忙しなく首を動かしては、街の隅々まで見逃しはしないという勢いを感じる。


「これが、フラウノイン王国の街、ですか。話には訊いていましたが、やはりザンクトゥヘレとは大きく異なるのですね。自然の物が少なく、人の手によって形作られた街。なにより、こんなに人がいるのを初めて目にしました。フラン。あそこで肉を焼いている者がいますが、あれはなんですか? 何故あんな場所で料理をしているのでしょうか」


 匂いの釣られたのか、それとも街中で肉を焼いているという状況が不思議なのか、引き寄せられるようにディアが近付いていく。


「これは串焼きですね。肉を串に刺して焼いた料理で、民草に親しまれている料理の一つになります。こうして公共の場で調理を行っているのは、この料理を売る為でしょう」

「売る…………本で読んだことあります。世にはお金というものがあり、それらと望んだ物を交換することができる、と。なるほど、これがそうなのですね」

「その通りでございます。店主、お一つ頂けますか?」

「はいよ!」


 フランは、ディアの前で実際に串焼きを購入して見せると、ディアへと手渡した。落とさぬよう、しっかりと串を握るディアは、まじまじと串焼きを見つめている。


「これが、買い物というものです」

「自身で狩らずとも食料が手に入るというのは、とても不思議です。ですが、これが国という仕組みの一つなのですね」


 そうして、一つ肉を口に含むと、ディアは頬を紅潮させて満足気に粗食する。

 その姿は、祭りを楽しむ子供のようで、そんなディアをフランが恍惚とした表情で見つめていると、彼は何を思ったのかついっとフランに残りの串焼きを差し出す。


「ディア……様?」

「申し訳ありません。貴女が買った物を、手渡されたからといって無遠慮に食べてしまいました。口を付けてしまいましたが、それでも良ければ残りはフランが食べて下さい」

「ディ、ディア様~!」


 顔を真っ赤にして、串を持つディアの手ごと握るフランの表情が蕩けきる。

 それが、ディアに優しくされた故なのか、それとも、間接キス故なのか。表情から察するに、後者の割合が高そうだと感じて、ロゼは素直に気持ち悪いと感じた。


「せめて、女性としての恥を持ちなさいよ……。にしても、意外な姿ね」


 アルハイル家の屋敷でも垣間見せたが、フラウノイン王国に入ってから、まるで子供のようにはしゃぐディアの姿を見かけるようになった。

 賑わう街並みを見て、瞳を輝かせたディアがフランに質問を繰り返す姿は、その最たるものだ。

 なにより、あっちこっちに目移りし、無邪気に振る舞う姿は、男だと知っているロゼすら見惚れてしまう程に可憐でもあった。実際、道行く者すら足を止め、男女問わず目を奪われる程に魅力的である。

 可憐な美少女と形容したくなるディアが、これからフラウノイン王国元最強騎士たるレヴォルグを倒そうとしているとは、何も知らない者には信じられないだろう。

 ただ、現在は国を命運を懸けた一大事。そういう楽しみは後にしろと注意の一つもするべきなのだろうが、あまりにも無邪気に楽しんでいる様子を見ると、少しならいいかと甘い判断をしてしまうのは、色々な意味で人徳なのだろう。


「うぅ。私も……」


 緊張感の欠片もない主従を見て、ユースとヴェッテ、二人の護衛を連れたネーヴィスが混ざりたそうにそわそわしている。

 だが、民の目がある街中で、王女としての顔を崩すわけにはいかないようで、笑顔のまま固まっていた。

 緩んだ空気。どこかで気を引き締めなければと考えていると、最も早く気持ちを切り替えたのはディアだった。

 彼は、先程の子供のような一面から一転、一切の感情を殺し、転移でもしたかのようにロゼの前へ移動してきた。


「ディア?」

「姿を現しなさい」


 殺気を乗せた声に何かを察したのか、ユースとヴェッテがネーヴィスを護るように前へ出る。突然ディアが消えて驚いていたフランも、ディアの表情から状況を察し、直ぐ様駆け寄ってくる。

 誰もいない場所をディアが睨んでいると、目の前の光景が陽炎のように揺らいだ。

 気付いた時には、黒い先の尖った大きな帽子を目深にかぶり、黒いマントを纏ったいかにも魔女といった風体の少女が現れていた。

 マントの内側に、フリルのあしらわれた白いワンピースを着ている少女。魔女という名称に抱く陰気臭さとは対照的に、どこか若く明るい印象を受ける。

 彼女は、顔を隠すように帽子のつばを掴んで下げると、感情を感じさせない冷たい声で話し掛けてくる。


「僕の名前はネーマ。ディア・ファーリエ。貴方を迎えに来た」

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