第11話 王女との約束


「――ッ!! お父様やお母様、城の者達は無事なのですか!?」


 ようやく意識が追い付いたのか、ネーヴィスがヴェッテへと詰め寄って問い詰める。


「安否不明でございます。報告してきた騎士も、陛下の命により城を脱出した故、現状の城内の様子は分からぬと」

「そんな……」


 蒼白になり、言葉を失うネーヴィスに、控えていたユースが進言する。


「ネーヴィス様。どうかお気を確かに。まだ、陛下や王妃含め、安否は分かりません。ならばこそ、フラウノイン王国第二王女たるネーヴィス様が成さねばならないことがあるのではないでしょうか? 王族たる態度を示して頂きたく存じます」


 厳しい物言いだが、ネーヴィスを思いやってのことなのだろう。

 取り乱していたネーヴィスも、彼女の言葉を受けて気を持ち直す。


「っ。そう……ですね。ユースの言う通りです。ありがとう、ユース」


 ネーヴィスからのお礼を受け、微笑んで下がる。

 なんともいい主従関係だ。今のやり取りだけでも、互いが思い合っているのがよく分かる。

 そんな主従を見て、ロゼは自身の従者たるリタを思い浮かべる。お小言ばかりの口煩い従者であるが、今ばかりは説教であろうと受けてもいいと思う。

 無事でいなかったら、許さないわよ。

 少しばかりロゼが憂いを帯びていると、ネーヴィスが表情を引き締める。


「失礼しました、ヴェッテ。貴方達の前で取り乱すなど、王女としてあるまじき態度でした」

「いえ。心中お察し致します。城が落とされるなど、前代未聞の大事件なれば、ネーヴィス王女殿下が取り乱すのも仕方なきこと。どうか、お気にされぬよう」


 騎士として礼を尽くし、恭しく頭を下げるヴェッテに、ネーヴィスもまた礼を持って返す。


「礼を言います。ならば、この未熟な王女に力をお貸しいただけますか?」

「無論。老体といえど、まだまだ若い者に負けはしません。ネーヴィス王女殿下の剣となり、無礼極まる愚者共を斬り捨ててみせましょう!」


 拳を握り、力強く宣言するヴェッテを、ネーヴィスは頼もし気に見つめる。


「期待しています。では、先程の通信で知り得た情報を報告して頂けますか? 敵の数は? フラウノイン王国の城をどれ程の数で攻め落としたのですか?」

「それは……」


 言いにくそうに、ヴェッテは口籠る。


「話しなさい。ここで口をつぐむ意味はありません」

「はっ。敵はおよそ百名ほどのこと。敵軍を取り仕切っていた者は、レヴォルグ・イクザームで間違いない、と」


 敵の戦力を聞いた周囲の騎士がざわめく。

 たった百名で王城を落としたのもだろうが、やはり、かつてのフラウノイン王国で最強と謡われた英雄レヴォルグ・イクザームが敵だということに動揺している。

 ロゼはレヴォルグと対等以上に戦ったディアへと瞳を向ける。

 油断していたところに直接城へと乗り込まれたら、ディアのように拮抗した力を持たない限り為す術もない。

 ネーヴィスもレヴォルグの力を理解しているようで、先程とは違い冷静にヴェッテの言葉を受け止めている。


「そうですか。まさか、たった百名足らずで城が落とされるとは……。こちらの想定が甘かったということでしょう。レヴォルグ・イクザーム。貴方の言う通り、別格でしたね。ヴェッテ」


 ネーヴィスの言葉に、重々しく頷く。


「かつて共に戦ったことはありますが、一人で戦場の趨勢すら左右するのは、我が国ではレヴォルグしかいなかったでしょう」

「そのような者が敵となった結果、ということですか。貴族令嬢の誘拐を企てた首謀者がレヴォルグと判明した時点で、王都から出来る限りの戦力を集めて救出に向かいましたが、裏目に出てしまいましたか。可能であれば、各領からも戦力を集めたかったのですが……」


 仕方がないと、困ったように頬に手を添えたユースが口を挟む。


「今回の令嬢誘拐を王家の過失とし、貴族達は早急な事態の解決を望みながらも、手を貸すことを拒みましたの。ただ、王家の膝元にあるフラウシュトラオス女学園で事件が起きたのも事実。強権を振りかざしては、貴族達の反感を買い、それこそ、反逆を許しかねません」

「王都の戦力が薄くなったところの強襲ですか。こちらの行動を読み切った対応ですね。その思惑にまんまと乗せられてしまうとは、情けない限りです」


 瞳を閉じ、悔やむネーヴィス。

 ロゼとしては、このような重いたい空気で話し掛けたくはないのだが、レヴォルグの行動をある程度把握している者として、進言しないわけにはいかない。

 内心、辟易しつつも、表情は恭しくネーヴィスへと声を掛ける。


「ネーヴィス王女殿下。お話に口を挟むことをお許しください」

「構いません。いかがしましたか?」


 許可を得たロゼは、ヴェッテへと視線を向ける。


「少し気になることがありましたので。ヴェッテ騎士団長、で宜しいかしら?」

「いかがしましたかね? ベッセンハイト嬢」

「レヴォルグ・イクザームが王城を攻めたというのは事実ね?」

「私に報告した騎士が嘘を申していなければ、という前提ですが」


 当然だが、それを嘘とした場合話が進まない。なにより、城を百名足らずで攻め落とせる者が他にもいるとなれば、それこそ国家存亡の危機でしかない。

 ロゼは、あくまでレヴォルグを首謀者として話を進める。


「ディア。私達が牢を出る前まで、レヴォルグは拠点に居たのね?」

「ええ。正確な日時は不明ですが、最低でも本日居たことは間違いありません」


 ロゼの言いたいことを察したであろうネーヴィスが、言葉を引き継ぐ。


「……つまり、レヴォルグ達は一日掛けることなく、王城に攻め込んだ、ということですか?」

「事実から申せば、そのようになるかと」


 ロゼが頷くと、声を上げたのはヴェッテだ。


「馬鹿なっ! 例え一人で早馬を飛ばしたとて、この場所からすら王都まで数日は掛かる道のりですぞ! それも道が舗装された街道を通ればの話。武装した百名の兵を連れ、一日も掛けず城を攻めるなぞできるはずがない!」


 団長として軍を動かす立場にあるヴェッテからすれば信じられないことであろう。当然、通常の手段を用入れば不可能だ。しかし、ロゼ達は通常ならざる手段を知っている。


「本来ならばそうね。けれど、魔法ならどうかしら? 何より、私達は転移の魔法を利用してレヴォルグの拠点から脱した。城を攻める為に準備を進めていてもおかしくないわ」

「転移の魔法、ですと? 我が国の魔法使いですら実用できていないというのに、まさか……」

「ですが、そう考えるならば貴族令嬢達を連れながらの撤退の速さも、王城への強襲の迅速さも納得できます。しかし、厄介ですね。レヴォルグだけでも厳しいというのに、そのような魔法使いが敵方にいるかもしれないというのは」


 思案するネーヴィスに、どうにか自身の仕事は終わったとロゼはディアの背へとそそくさと隠れる。

 横の並ぶメイドさんから冷たい視線を感じるが、ロゼは気のせいと断じた。

 ネーヴィス達は状況の整理をするため議論するも、結論は出ず、これ以上だた広いだけの草原地帯でする話でもないと切り上げる。

 ディアへと向き直ったネーヴィスは、悲し気に顔を伏せる。


「ディア。申し訳ありません。お礼をするということでしたが、こちらも切迫した事情が発生しました。この件が片付き次第、改めてご連絡させたいただきます」


 ネーヴィスからすれば、これ以上国の事情にディアを巻き込めないという判断なのだろう。

 国の危機に強者の協力を期待できるのであれば、私情を捨て協力を仰ぐべきだとロゼは思うが、ネーヴィスはそこまで非情に徹しきれない。

 国を治める者としては不正解なのだろうが、故にこそ国民に愛される優しき王女であるともいえる。ロゼならば、あの手この手で必ず協力を漕ぎ着ける。

 今回とて、ネーヴィスの意向に反しようとも、ディアの協力を取り付けるつもりだが……。

 ディアへと視線を向けたロゼは、くすり、と口元を隠し笑みを零す。

 彼は顔を伏せるネーヴィスに、淀みなく告げる。


「ネーヴィス王女殿下。手を貸します」

「宜しいの……ですか?」


 驚いたように顔を上げ、ディアと目が合うと期待と不安が織り交ざった大海のように蒼い瞳が揺れる。

 王女の期待に応えるように、ディアは目を逸らすことなく頷く。


「――当然です。ここで、かつて交わした約定を果たしましょう」

「………………っ」


 ディアの言葉に、瞳を大きく見開き、感極まったように手を合わせて、ネーヴィスは口元を隠す。

 過去、ディアとネーヴィスがどのような約束をしたのかは分からない。しかし、ネーヴィスにとっては、その約束はとても大事なものだったのだろう。

 瞳を涙で満たし、王女の仮面を脱ぎ捨てた一人の少女の表情は、歓喜へと彩られた。 


「はい! ありがとうございます、ディア!」

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