第24話 僕とメイドは元許嫁と再会する
*
――数日後、剣闘士競技大会で優勝したことで多額の賞金を手に入れた僕は、再び貴族になることを許されたことで屋敷をもらうことになった。
そして、屋敷に移り住むと同時にバーシアの専属の護衛として任命されることになった。
バーシア・ゲン・オータムは剣闘士競技大会で何度も優勝するくらいの実力者である。
だから、今まで僕以外の人間を婚約者にするご縁はなかったのだが、僕が剣闘士競技大会を優勝したことで、その候補がやっと現れた、ということになる。
まあ、そんなことはさておき、メイが、しばらく出かけていてほしいと言っていたので、時間になるまで街中を散歩して、やっと屋敷に戻ってきたのだが――。
「――お帰りなさいませ、ご主人様」
そう言って出迎えてくれたのはメイだったのだが、彼女の格好を見て驚いてしまった。
彼女はメイド服を模した戦闘服を着ていたのだ。
まさか今後の戦闘のために、そんな服を作っていたなんて思わなかったのである。
「あ、あの、メイさん……?」
恐る恐る声をかけると彼女は満面の笑みを浮かべて言った。
「お気に召していただけましたか?」
「えっ? ああ……うん、とてもよく似合っていると思うよ」
「お褒めいただきありがとうございます。ご主人様の戦いをサポートできるようにお世話させていただきたいと思います」
そう言われてしまうと断ることができずに頷いた。
「ありがとう、よろしくね」
すると嬉しそうに微笑むと僕の手を引いた。
「さあ、まずは昼食にいたしましょう」
「そうだね、そうしようか!」
そうして二人で食堂へ向かうとすでに食事の準備ができていた。
そこにはソフィアもいて三人で食事を楽しんだ。
ちなみにソフィアは、すっかり我が家の一員になっているようで、まるで昔から住んでいたかのように馴染んでいる。
彼女は食事を終えると異空間へ戻っていった。
――食事だけは、するんだよなあ……なんて思ってはいけないのかもしれないけど。
僕が勇者であるという事実を伝えたのはソフィアだから、いずれまた試練が与えてくれるのかもしれないけどね。
そんなことを考えつつ、食後のお茶を飲み終えた僕は再び外へ出た。
さて、これから何をしよう。
そんなことを考えていると、ふと思い出したことがあったのだ。
ドロワットさん……ドロワット・シストロン・ウィンターは今ごろ何をしているのだろうか?
僕がスプリング王国を追放された事実は知っているとは思うが、彼女が僕のことを今も想っているのだとしたら、それはすごく悲しい思いをさせてしまっているのかもしれない。
だけど、たとえ貴族の位を取り戻したとはいえ、僕は、もうスプリング王国の貴族ではない。
それに、もしドロワットさんと再会してしまったら、迷惑をかけてしまうかもしれない。
でも、婚約を解消された僕たちは……もう、関係ないよな……。
そんなことを考えていた時、背後から声をかけられた。
「ゴーシュ様」
振り返るとそこにいたのはメイだった。
「メイ……? どうして、ここに?」
そう尋ねると彼女は微笑んで答えた。
「ゴーシュ様がどこへ行かれるのかと思いまして……」
「そっか……じゃあ、一緒に街を歩こうか?」
「かしこまりました」
そう言うと僕たちは並んで歩き出した。
街を歩く中でいろいろな店に立ち寄ってみたものの、特に欲しいものがあるわけでもなく、ただウインドウショッピングをしているだけだった。
そんな僕を見た彼女は尋ねた。
「何か欲しい物はないのですか?」
「特にないかな……」
「本当に何も買わなくてもよろしいのでしょうか?」
「うん、いいんだよ。それよりも、今日は天気がいいし、せっかくだから公園で休憩しないかい?」
彼女も頷いてくれたので、そのまま近くの公園へ向かった。
公園の噴水広場には多くの人がいた。
そんな中で空いているベンチを見つけて座った僕らは一息ついた。
すると不意に、隣に座っていたメイが声をかけてきたのだ。
「……ゴーシュ様は、今、幸せですか?」
その質問の意図がわからなかったので首を傾げていると彼女は続けた。
「ゴーシュ様は、この国へ来てから色々なことがありましたよね? わたしはずっと傍で見ていましたからわかるんです……ですが、今のゴーシュ様の表情を見ていると、なんだか幸せそうに見えないのです……」
その言葉を聞いた僕は思わず笑みをこぼした。
「……そっか……そんな風に見えてたんだね……」
確かに彼女に隠し事はできないな……そう思った僕は正直に話すことにした。
「実はね……スプリング王国にいた時は、メイがいて楽しかったんだけど、お父様とお母様がお兄様の罪で捕らえられて、そこからは……ね……」
そこまで話したところで言葉を詰まらせると、察したようにメイが言った。
「そうでしたか……」
「……ごめんね、暗い話しちゃって」
謝ると彼女は首を横に振って言った。
「いいえ、むしろ正直に言ってくださって嬉しかったです」
「そう、それならよかったよ」
そんな会話をしていると突然、僕の手が温かくなったのを感じた。
驚いて視線を向けるとメイの手が置かれていたのだ。
さらに彼女は言った。
「辛いことは一人で抱え込まないでください……わたしがいますから」
それを聞いた瞬間、目頭が熱くなり涙がこぼれそうになった。
慌てて視線を逸らしたが彼女には気づかれてしまったようだ。
それでもメイは何も言わずにそっと抱きしめてくれたのだった――。
*
それからしばらく経った後のことだった――。
「そろそろ帰りましょうか?」
「そうだね、帰ろうか」
お互いに頷き合った後、立ち上がり帰路についたのだが、そこに一人の少女が現れた。
「やっと、見つけましたわ」
「君は……」
見覚えのある顔に驚きを隠せないでいると少女は笑みを浮かべながら言った。
「お久しぶりですわね、ゴーシュ様」
「ドロワットさん……」
どうして彼女が、ここに……?
そんな疑問を抱きつつも彼女を前にすると心が締め付けられるように苦しくなってしまうのがわかった。
でも、そんな僕を見たドロワットさんは優しく微笑んで言った。
「ゴーシュ様、探しましたわ。あんなことがあって心配していたんですから」
その言葉に胸が熱くなるのを感じた僕は俯いてしまった。
すると今度はメイが口を開いた。
「……どうして、あなたが、ここに?」
「オータム帝国で開催されている剣闘士競技大会の噂を聞いたのですわ」
それを聞いた僕は顔を上げて問いかけた。
「そ、それでわざわざ会いに来たんですか……?」
その問いにドロワットさんは笑顔で答えた。
「ええ、そうですわよ。一人で、ね」
その笑顔にドキッとしてしまうと彼女は続けて言う。
「実はわたくし、あれから色々と考えたのですけど、やっぱりあなたのことを諦められないんですのよ。ですから、わたくしともう一度お付き合いしていただけませんか?」
その告白に衝撃を受けた僕は言葉を失ってしまう。
だが、次の瞬間、後ろから腕を掴まれる感覚がした。
振り向くとそこには険しい表情をしたメイの姿があったのだ。
「……ちょっといいですか?」
そう言った直後、僕とドロワットさんの手を引きながら歩き始めたメイは人気のない路地までやってくると足を止めた。
そして僕たちの方に向き直って告げた。
「……ご主人様、もう正直に言ったほうがいいんじゃないでしょうか?」
「えっ!?」
メイの言葉に驚くと同時にドロワットさんが口を開く。
「何を正直に言うのです?」
するとメイは頷いて答える。
「ご主人様は、あなたと結婚するつもりはありません」
その言葉を聞くとドロワットさんは首を傾げた。
「なぜ、そのようなことが言えるのかしら?」
そんな彼女に対してメイは言った。
「ご主人様には、わたしがいるからです!」
するとドロワットさんは微笑んだまま答えた。
「あら……やっぱり、そうだったのですわね。ですが、わたくしは諦めておりませんわよ?」
そう告げる彼女だったが、すぐにメイが反論する。
「諦めないのは勝手ですが、あなたはわかっていないようですね!」
「何がかしら?」
「ご主人様には、わたしがいるのです! だから、あなたは必要ないのです!」
そう言われた瞬間、ドロワットさんの表情が変わったような気がした。
だが、それも一瞬のことで、彼女は再び笑みを浮かべると言った。
「でも、わたくしが諦めない限り、チャンスはあるということですわ! ゴーシュ様に振り向いてもらえるよう努力いたしますわ!」
「そういうことではないのです!」
メイは怒りをあらわにしながら叫んだ。
「ご主人様の気持ちを無視するような人は許せないと言っているんです! もう金輪際、ご主人様の前に現れないでください!!」
僕はメイを止めようとするが、彼女は止まらなかった。
「だいたいなんですか? 自分勝手に想いを押し付けるなんて最低ですよ! それが愛しているということならば、それはただの自己満足じゃないですか!」
するとドロワットさんも言い返す。
「あなたにはわからないでしょうけど、これはわたくしの初恋なのですわ! だから、どうしても手に入れたいという気持ちを抑えられなかっただけなんですのよ!」
二人の言い合いはどんどんエスカレートしていき収拾がつかない状態になっていた。
そんな二人を止めたかった僕は思わず叫んでいた。
「二人とも落ち着いてくれ!」
その声に反応した二人が同時にこちらを向くと僕は続けた。
「メイ、少し冷静になってくれ。ドロワットさんは王国から帝国まで一人で僕を探しに来たんだ。なかなかできることじゃないよ。まずは彼女をねぎらうべきだ。屋敷で休ませてやってくれ」
そう問いかけるとメイは少し間を置いてから答えた。
「……かしこまりました」
それを聞き届けた後、今度はドロワットさんに視線を移した僕は尋ねた。
「ドロワットさん、君も疲れているはずだよね? 屋敷に来てゆっくり休んでください」
それを聞いた彼女は頭を下げた。
「ありがとうございます……お言葉に甘えさせていただきますわ……」
そんな会話の後、僕らは屋敷に帰ったのだった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます