第19話 僕とメイドの生まれたままの姿
*
――……直撃したように見えたのだが、実際には当たっていなかった。
何故なら僕が咄嗟に間に入って庇ったからだ。
その結果、殴られた勢いで地面に倒れてしまったものの、幸いにも怪我はなかった。
一方、殴った男はというと、自分の手を見つめながら呆然と立ち尽くしていた。
そんな彼に対し僕は静かに告げた。
「女の子に手を上げるような奴は最低だ」
それを聞いた男の顔が見る見るうちに赤く染まっていくのがわかった。
そして、再びこちらに向かってきたかと思うと今度は蹴りを入れようとしてきた。
だが、その動きは素人同然だったので簡単に避けることができた。
それから何度も攻撃を避け続けているとさすがに体力がなくなったのか肩で息をしているのが見えた。
なので反撃に出ることにした。
素早く立ち上がると相手の顎めがけてアッパーカットを繰り出した。
すると見事に命中したのでそのまま仰向けに倒れ込んだまま動かなくなった。
それを見て他の仲間たちが一斉に襲いかかってきたが、全員返り討ちにしてやった。
*
その後――意識を失った連中を残してその場を後にした僕たちは今晩泊まる宿屋に移動した後で改めて話し合った。
その内容は今後の方針についてである。
最初に口を開いたのはメイの方だった。
「ご主人様、これからどうするんですか?」
その質問に対して少しだけ考えた後で答えた。
「とりあえず、しばらくは帝都に滞在して情報を集めることに専念しようと思う」
「情報ですか……?」
首を傾げるメイに向かって頷き返すと言った。
「ああ、魔王のことを調べるつもりだよ」
「……わかりました。それなら、わたしは、その間に冒険者として経験を積んでおきますね」
「うん、お願いするよ」
「それでは、私は異空間で休ませていただきますね」
「わかったよ、お疲れ様……ソフィア」
女神であるソフィアは異空間にある自室へ行くことができるのだ。
そんな彼女の背中を見送って、僕たちは二人の時間を過ごすことにした。
夕食を食べ終えて、少し休んでいると……メイが言った。
「あ、そういえば、今夜のことですが……」
そこまで言ったところで突然顔を赤らめながらモジモジし始めたのを見て首を傾げた。
(一体どうしたんだ……?)
そんな疑問を抱きつつも黙って見つめているとやがて意を決したように顔を上げたかと思うと僕の目を真っ直ぐに見つめながら言った。
「今日は一緒にお風呂に入りましょう」
その言葉に一瞬驚いたものの、すぐに気を取り直した。
なぜなら彼女の頬が真っ赤に染まっていたからである。
おそらく勇気を出して言ってくれたのだろうと考えた僕は優しく微笑みかけた。
「……いいよ」
その返事に嬉しそうに笑う彼女を見ているとこっちまで嬉しくなってくる。
お風呂の準備をした後、二人で向かうことにしたのだが――そこで一つ問題があった。
それは着替えのことだった。
いくらご主人様とメイドの関係であったとはいえ流石に恥ずかしい。
だが今さらやめるわけにもいかず覚悟を決めることにした。
*
お互いに裸になった僕とメイは一糸纏わぬ姿で向き合うことになったわけだが、正直目のやり場に困ってしまう状況に陥ってしまった。
というのもお互いの身体を直視することができないのである。
そのため僕はなるべく見ないように気をつけながら先に浴槽の中に入った後、手招きして彼女を呼び寄せた。
すると恥ずかしそうにしながらもゆっくりと近づいてきたので手を伸ばして引き寄せた後で膝の上に座らせる形になった。
その瞬間、彼女はビクリと身体を震わせたものの抵抗はしなかった。
なので安心して抱きしめることができたのだった――。
*
しばらくの間、無言のまま抱き合っていた僕たちだったが不意にメイの方から話しかけてきた。
「ご主人様……一つだけ約束してくださいませんか?」
改まって何を言うつもりなのだろうか?
そんなことを考えつつ頷いてみせると彼女は僕の目を見つめながら言った。
「この先何があってもわたしのことを嫌いにならないでください……」
まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかった僕は驚きのあまり言葉を失ってしまった。
しかしそれでもどうにか声を絞り出して答えることにした。
「もちろんだよ」
そう言うと安堵した様子で息を吐いた少女がさらに続けた。
「ありがとうございます……大好きです」
それだけ言うとギュッと抱きついてきたので僕も抱きしめ返した。
そして、そのまま顔を近づけると口づけを交わした――。
*
(そろそろ出るか……)
そんなことを考えながら立ち上がろうとしたところで服の裾を掴まれたので振り返ったところ、メイと目が合った。
すると彼女が小さく呟いた。
「……もう少し、このままでいたいです」
上目遣いで見つめられた瞬間、思わずドキッとしてしまったがなんとか平静を装って頷くともう一度抱き合った。
そうして互いの温もりを感じながら幸せな時間を過ごしたあと、ようやく風呂から上がった僕たちは火照った体を冷ますために夜風に当たることにした。
しばらく無言で歩いていたのだが、不意にメイが足を止めると僕に声をかけてきた。
「――あの、ご主人様」
どこか思い詰めた様子の彼女に首を傾げてみせたところ、少女は真剣な表情を浮かべたまま問いかけてきた。
「もしも、わたしが死んだらどうしますか?」
そんな突拍子もない問いかけに一瞬だけ戸惑ったもののすぐに答えた。
「そんなことはさせない! 絶対に!!」
そう答えると彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「――ありがとうございます、嬉しいです」
そう言って飛びついてきた彼女を抱きしめていると不意に声をかけられた。
「お二人とも、仲睦まじいのは良いことですが……もうそろそろ戻らないとお体に障りますよ?」
いつの間にか現れたソフィアの言葉に驚いて振り返ると、そこには微笑みを浮かべている女神の姿があった。
どうやら心配して様子を見に来たらしい。
そのことを察した僕は慌ててメイから離れると誤魔化すように声をかけた。
「そ、それじゃあ戻ろうか!?」
そう言って歩き出そうとしたところで腕を掴まれてしまったので振り返るなり問いかけた。
「ど、どうしたのかな……?」
恐る恐る尋ねると返ってきたのは予想外の言葉だった。
「私もご一緒してよろしいでしょうか?」
それを聞いて思わず固まってしまうと、それを拒絶だと受け取ったのか悲しそうな表情を浮かべながら言ってきた。
「駄目……でしょうか?」
そんな捨てられた子犬のような目を向けられて断れるはずもなく、仕方なく了承することにした。
「……わかったよ」
ため息混じりに呟くと、それを聞いたメイが頬を膨らませた。
それを見たソフィアはクスクスと笑ったあとで言った。
「では参りましょうか」
こうして三人で部屋に戻ったあとは、いつものように眠りについた。
ちなみにベッドは二つあったのだが、なぜか三人とも同じベッドで眠ることになっていたため、最初は緊張したものの次第に慣れていった。
(それにしても今日は疲れたな……)
そんなことを考えながら目を閉じると、程なくして眠りに落ちていった――。
*
翌朝――目を覚ますと目の前に天使のような寝顔があった。
思わず見惚れていると不意に彼女が目を覚ました。
しばらくボーッと見つめていたのだが、やがて我に返った僕は慌てて目を逸らそうとしたその時だった。
不意に伸びてきた手に腕を掴まれると同時に柔らかな感触が伝わってきたのである。
それが何なのか理解した瞬間、顔が熱くなるのを感じた。
それと同時に昨夜の出来事を思い出してしまい恥ずかしさが込み上げてくる。
そんな僕の気持ちなど知る由もないメイは幸せそうな笑みを浮かべると抱きついてきた。
その行動によってさらに動揺してしまった僕は何とか気持ちを落ち着かせようとしたのだが、密着してくる彼女の身体の感触のせいで上手くいかなかった。
そのため仕方なく彼女を抱きしめると、頭を撫でながら囁いた。
「おはよう……メイ」
すると彼女は小さく頷き返した後で言った。
「おはようございます、ご主人様……」
こうして僕たちの一日が始まろうとしていた――。
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