第3話 メイドは僕を助けたい




  *




 その後、いくつかの店を回ったあと、喫茶店に入った。メイはコーヒー、僕はケーキセットを注文する。


「ご主人様、おいしそうなケーキですね」


 メイは目を輝かせながら言った。


「そうだね」


メイは、じぃっと僕のケーキを見つめる。付き合う前のクールな感じから、だいぶ感情が出るようになったメイだけど、そういう面も見れて、僕の心は弾んだ。


「一口、食べてみる?」


「いいのですか?」


「いいよ」


「ありがとうございます!」


 メイはフォークを手に取ると、躊躇なくケーキを刺し、口に運んだ。


「はむっ……」


 メイはモグモグと咀噛したあと、ゴクリと飲み込む。


「どう?」


「はい、とても甘くておいしいです!」


 満面の笑顔で言う。どうやら気に入ったようだ。その後もメイはパクパクとケーキを食べ続けた。その姿は小動物みたいで可愛らしい。思わず頬が緩んでしまう。


「ご主人様、どうかされましたか?」


「なんでもないよ。ちょっと、かわいいなと思っただけ」


「か、かか、かわいいって、そんな……!」


 メイの頬は真っ赤になる。


 ――少し時間が経ったあと、メイは僕に疑問を投げかけた。


「そういえば、どうしてこんなに高価なものを買ってくれたのですか?」


「メイが喜んでくれると思ったからだよ」


「そ、そんな……わたしなんかに……」


 メイは申し訳なさそうに俯く。僕はメイの手を握った。


「メイ、僕は君に尽くしたいんだ」


「ご主人様……」


「だから、遠慮しないでほしい」


「……わかりました」


 メイは小さく呟いてから顔を上げた。




  *




 屋敷へ帰る帰り道、僕らは愛をささやき合う。


「ご主人様、好きです」


「僕もメイのことが好きだ」


「ふふ、嬉しいです」


 メイは幸せそうに笑う。その表情を見た瞬間、僕はメイを抱きしめたい衝動に駆られた。しかし、なんとか堪える。


「ご主人様、メイはご主人様のことが大好きです」


「僕もメイのことが大大好きだよ」


「ふふ、ありがとうございます」


 メイは僕の胸に顔をうずめた。




  *




 ――ご主人様と恋人になってから一週間が経過しました。


 今は二人で森の中へピクニックに来ています。ご主人様と手を繋いで歩いていると、前方で魔物と遭遇してしまいました。


「メイ、下がって」


 ご主人様は腰に下げている剣を抜きます。そして、素早い動きで魔物を切り刻みました。凄まじい強さです。あっという間に倒してしまいました。


「大丈夫?」


「は、はい……」


 呆然としていると、ご主人様が声をかけてきました。


「怪我はない?」


「はい、平気です」


「よかった……」


 ご主人様は安堵の息を漏らすと、わたしを抱きしめました。


「ご、ご主人様!?」


「メイ……無事でよかった……」


 ご主人様の声は震えていました。もしかすると、心配させてしまったのかもしれません。わたしはご主人様を抱きしめ返します。


「ご主人様、ごめんなさい……」


「謝らないでくれ。メイは何も悪くないんだから」


「でも、わたしのせいでご主人様にご迷惑をおかけしてしまって……」


「気にすることなんてないよ。僕はメイと一緒にいるだけで幸せなんだ」


「ご主人様……」


 ご主人様の言葉を聞いて胸が熱くなります。わたしはご主人様のことが大好きです。絶対に失いたくありません。だから……。


「ご主人様、わたしも幸せですよ」


「うん、ありがとう」


 ご主人様は優しい笑みを浮かべます。その笑みを見ると、なんだか安心できます。ずっとこのまま時が止まればいいのに……そう思いました。




  *




 ――あれから数日が経ちました。


 ある日のこと、ご主人様は執事様に呼び出されたようです。ご主人様は暗い表情をしていました。何かあったのでしょうか?




  *




 ご主人様が執事様と別れたあと、わたしはご主人様の部屋へ向かいました。ノックをして中に入ると、ご主人様はベッドに座っていました。


「ご主人様、どうかされたのですか?」


「ああ、実は……」


 ご主人様は沈痛な面持ちで語り始めます。その内容は衝撃的なものでした。なんと、ご主人様のお兄様が君主にそむいて兵をおこすことをくわだていたことが発覚して、その影響で、お父様とお母様が捕まってしまったそうです。


「そんな……お二人が……」


 わたしの目から涙が流れ落ちました。ご主人様も同じ気持ちなのでしょう。唇を強く噛みしめています。やがて、ご主人様は大きく深呼吸をしてから言いました。


「メイ、これからどうしようか……」


「…………」


 わたしは答えられませんでした。お二人のことが心配だからです。このままだとサマー家は貴族であることを追放されて、わたしたちはもう一緒にはいられないかもしれません。ご主人様もそのことを危惧されているのだと思います。


「メイ……」


 ご主人様はわたしの名前を呼びます。


「はい……」


「僕はお城に行ってくるよ」


「えっ?」


「助けに行かないと……」


「だ、ダメです! 危険すぎます!」


「わかっているけど……」


 ご主人様は悔しげに拳を握り締めました。


「メイはここで待っていて。すぐに戻ってくるよ」


「ご主人様……」


「大丈夫、お城の人たちを傷つけたりはしないさ」


 ご主人様は優しく微笑んでくださいました。きっと、ご自分のことを責めていらっしゃるのだと思います。自分がしっかりしていなかったせいだと……。だからこそ、止めなければなりません。ご主人様が傷つくところを見たくないのです。


「ご主人様、行ってはいけません」


「メイ……」


「お城になど行く必要はありません」


「だけど……」


「お二方を助ける方法ならあります」


「えっ?」




  *




 メイはお城へ行く必要はないと言った。どういうことだろう? 詳しく話を聞くことにした。


「お二人の居場所がわかったんです」


「本当かい?」


「はい」


 メイは真剣な眼差しで言う。


「お二人がいる場所は王都にある地下牢です」


「なるほど……」


 それなら確かに救出できるかもしれない。問題はどうやって侵入するかだけど……。


「お城は広いので、警備も厳重でしょう。おそらく、潜入するのは困難です」


「うん、そうだね……」


「そこで、一つ考えが浮かびました」


「どんな?」


「ご主人様が変装するんです」


「えっ?」


 予想外の言葉だった。




  *




「ご主人様、こちらの服に着替えてください」


 メイド服を着たメイが差し出してきたのは、黒いフード付きのマントだった。僕はそれを羽織ってみる。サイズはピッタリだった。


「これでいいかな?」


「はい、バッチリです」


 メイは満足そうにうなずく。


「では、参りましょう」


 メイは僕に手を差し出した。その手を握る。メイの手は温かかった。




  *




 屋敷を出てからしばらく歩くと、城門が見えてきた。メイは門番に声をかける。


「すみません、街に行きたいのですが……」


「はい、身分証を提示していただけますか?」


「いえ、持っていないのですが……」


「でしたら、通行料として銀貨一枚いただきます」


「わかりました」


 メイはお金を払ってから言った。


「あの、この街には初めて来たので、いろいろと教えてほしいことがあるのですが……」


「いいですよ。何を知りたいのですか?」


「まずは、武器屋と道具屋の場所を教えてもらってもいいですか?」


「わかりました。地図を書きますね」


 数分後、メイは地図を受け取った。


「ありがとうございます」


「また、いつでも来てください」


「はい」


 メイはペコリと頭を下げてから歩き出す。僕もその後を追った――。

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