第2話 僕はメイドを愛したい
*
「はぁ……」
僕はため息をついた。
「どうかしましたか、ご主人様?」
メイが首を傾げる。
「いや、なんでもないよ」
「……嘘ですね」
「えっ!?」
「ご主人様は隠し事をするとき、必ず左手で髪を触ります」
「そ、そうなんだ……」
知らなかった。
「あの、悩み事があるのでしたら相談に乗りますよ」
「いや、いいよ」
メイに告白してから数日が経った。だが、僕はまだメイにキスもしていない。それに悩んではいるのだが……。
「ご主人様、こちらに来てもらえますか?」
メイが両手を広げている。これは「おいで」のサインなのだ。
「う、うん……」
僕はぎこちない動きでメイに近づくと、そのまま抱き締められた。
そう、メイはなぜか毎日こうしてスキンシップを求めてくるようになった。
「メイ、あのさ……」
「ご主人様、好きですよ」
耳元で囁かれる。
「うっ……」
ゾクッとした感覚が背筋を走った。まずい、このままだと理性が飛ぶ。なんとかして引き剥がさないと。
「メ、メイ、そろそろ離れてくれないかな?」
「嫌です」
即答された。しかも、さらに強く抱かれてしまう。
「メイ、頼むから……」
「どうしてですか?」
「それは……その……恥ずかしいし……」
「わたしは平気です」
「そ、それに……このままだと……」
「このままだと、なんですか?」
「…………我慢できなくなる」
「いいじゃないですか」
「お願いだ、離れてくれ」
「わかりました」
意外にもあっさり離してくれた。助かった……。
「その代わり……」
メイが僕の手を掴んで胸に押し当てる。
「うわぁあああっ!?」
柔らかい感触に脳が沸騰しそうになる。
「な、何を……」
「これでいいですか?」
メイは上目遣いに見つめてきた。
「うう……」
ダメだ、もう限界だ。これ以上は耐えられない。
「メイ……」
メイを押し倒す。
「あ……」
メイの顔が赤く染まる。
「ご、ご主人様……」
メイは期待するような眼差しを向けてきた。だが、ここで止まるわけにはいかない。
僕はメイの唇を奪った。
*
「うう……」
ベッドの上で頭を抱える。やってしまった……。メイに無理やりキスをしてしまった。あれは絶対に嫌われただろう。どうしよう……。謝るべきだろうか。しかし、今更どんな顔をすればいいというのだろう。
そんなことを考えていると、部屋の扉が開かれた。メイだ。
「ご主人様、お食事の用意ができました」
メイは無表情のまま近づいてくる。その瞳には怒りの色はないように見えた。とりあえず謝ろう。
「メイ、あのことについてなんだけどさ……」
「ご主人様、お風呂に入りましょう」
「え?」
メイは服を脱いで裸になった。
「ちょっ!?」
慌てて目を逸らす。
「ご主人様、早く脱がないと風邪を引きますよ」
「う、うん」
脱がないと風邪を引くという意味はわからないけど、言われるままに全裸になる。そして浴室へと入った。
*
二人でお湯に浸かる。ちなみに今はタオルで隠しているけどお互いに素っ裸の状態だ。この状況は非常にマズイと思うのだが……なぜ一緒に入浴することになったんだ? 疑問を感じながらも口を開く。
「えっと……どうして急にお風呂に入ろうと思ったの?」
「それは……その……」
メイは言い淀んだあと、小さな声で答えた。
「ご主人様はメイのことが好きと言ってくださいました」
「うん」
「メイはご主人様のことが好きです」
「うん」
「でも、メイは現状、ご主人様とは結婚できません」
「そう……だね。それは僕が貴族で君が使用人だから……」
「そうです。でも、愛し合うことはできると思います」
「え?」
どういう意味なんだ?
「メイはご主人様のことを愛しています」
「うん」
「メイはご主人様に尽くしたいのです」
「尽くしたい?」
「メイはご主人様を愛しています。だから、メイはご主人様の愛に応えたいのです」
「そ、そういうことだったのか」
メイは僕に尽くすために恋人のようなことをしていたのか。なるほど、ようやく理解できた。
「メイはご主人様のことを心から愛しております。ご主人様もメイと同じ気持ちなのでしょうか?」
「もちろんだよ」
「では、メイの気持ちに応えてくださるのですね?」
「ああ」
僕は力強く返事をする。すると、メイの頬が赤くなった。
「嬉しいです」
そう言うと、メイは僕を抱き寄せて唇を重ねてくる。
長い時間の後、ゆっくりと離れた。メイは蕩けた表情で見つめてくる。とても色っぽい。心臓が激しく脈打った。
「ご主人様……」
メイは僕の首に腕を回してくる。
「メイ……」
僕もメイを抱きしめ返した。
「メイ……僕は……メイのことが大好きだ」
「わたしもです……ゴーシュ様……」
僕は彼女を守りたい……そう思った。
*
それからというもの、僕たちは毎日のように求め合った。最初はメイがリードしていたが、次第に僕も積極的になった。今では立場が完全に逆転している。メイはいつも幸せそうに笑っていた。
「ご主人様、大好きです」
「僕もメイのことが好きだ」
「ふふ、ありがとうございます。これからもずっと一緒ですよね?」
「うん、ずっとそばにいるよ」
「ご主人様……いえ、ゴーシュ様」
「ん?」
「ゴーシュ様に出会えて本当によかったです」
メイは優しく微笑んだ。
*
――わたしはメイドとして失格かもしれない。
メイは自室で悩んでいた。原因は先日の出来事にある。
『メイ……僕と付き合ってほしい』
告白されたときはとても嬉しかった。しかし、同時に罪悪感もあったのだ。なぜなら、自分は使用人だから。それでも彼のそばにいたかったから今まで通りに振る舞ってきたけど、もう無理かもしれませんね。だって……。
『メイ……僕は……メイのことが大好きだ』
あんなにも情熱的に求められてしまったら……わたし、どうにかなってしまいます。
*
「おはよう、メイ」
「ご主人様、おはようございます」
いつも通り挨拶を交わす。今日はデートに行く予定だ。行き先は、王国に存在する街の広場である。
「メイ、行こうか」
「はい」
メイと並んで歩く。彼女の手を握ると、ギュッと握り返してきた。そのまま目的地へと向かう。
街の中心部まで来ると、メイが足を止めた。
「ご主人様、あちらのお店を見てもいいですか?」
「いいよ」
メイは楽しげにアクセサリーショップへと入っていく。
「うわぁ……きれい……」
メイはガラスケースの中に並ぶネックレスを見つめていた。値段は金貨十枚。なかなか高いけど、僕なら……。
「あの、すみません」
店員に声をかける。
「はい、なんでしょう?」
「このネックレスが欲しいんですが……」
「かしこまりました。少々お待ちください」
数分後、店員が戻ってきた。
「お待たせしました。こちらでよろしいですか?」
「あ、はい」
差し出されたネックレスを受け取る。
「ご購入なさるということでしたので、プレゼント用に包装いたしますが……」
「お願いします」
「では、しばらくお待ちください」
しばらくして、商品の入った箱が渡された。
「お買い上げいただき、誠にありがとうございました」
「どうも……」
メイの元へ戻る。
「ご主人様、それは?」
「メイへの贈り物だよ」
「えっ?」
メイは驚いたような表情を浮かべた。
「開けてみて」
「は、はい……」
メイは恐る恐るといった様子で包みを開ける。中に入っていたのは、青色の宝石が特徴的なネックレスだった。
「これは……」
「メイのために買ってきたんだ」
「あ、ありがとうございます……」
メイは感動したように瞳を潤ませる。
「つけてあげるよ」
「お願いします……」
メイの背後に回ってネックレスをつける。メイの首元に青い輝きが灯った。すごく似合っていると思う。
「よく似合ってる」
「本当ですか?」
「うん、可愛いよ」
「あ、ありがとう……ございます……」
メイの顔が真っ赤に染まった。
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