☆2
初めはびっくりした君の部屋だけど、ずっといると慣れてきちゃった。
鳩時計を改良して中からドラキュラのおもちゃが出てくる仕掛けとか。怖いから隠してってお願いした骸骨を一回しまってから、今度またわざと見える位置に置いてあったりして。だけど平気になってきた。違う人形からバラバラに一部分だけ取ってくっつけたバランスががたがたな奴は、今でもあんまり見たくないけど……。
そんなことを考えていたら、目の前でひよこのロボットが行進を始めた。ひよこだけなら可愛いけど、目玉が飛び出てる。手に持ってるのはステッキじゃなくて針だから危ない。さりげなくヘアピンに変えて、また歩き出させてやった。
君はガサゴソとおもちゃ箱を漁って、また何か作れないかうーんうーんと唸っている。
「ねぇ、今日はおやつ作ってみない? そうだな、パンケーキとか」
「それは何が必要なの?」
「えっと卵と……」
「生贄?」
「物騒な言い方しないでよ。鶏は毎日卵産んでるんだから生贄なんかじゃないよ。僕家から持ってく……あっ! どうせなら君も僕の家来たらどう? 前の家ならいっぱいおもちゃがあったけど……まぁおもちゃならここにあるし、お庭とかで遊ぼうよ」
君は今まで見た中でもとびきりヘンって顔して、腕を組んだ。
「……約束忘れてるの?」
「えっ? ……あっ」
そうだ。君はここから出ちゃいけないんだった。
「でも……近所だしちょっとぐらいなら……。だって君のお母さんもお父さんもここには来ないんでしょ? だったら分からないよ」
「……っ」
「ねぇ、だから……」
「帰るなら帰れば?」
ふんっと踏ん反り返って、カーテンの裏側へ行ってしまった。
シルエット越しに見えた影にどう言おうか迷って、結局何にも言えなかった。だって僕には分からないことが多すぎる。どうして君はここに一人でいるんだ? どうしてここから出ちゃいけないの? いつもはどうやって食べたりお風呂に入ったり、寝たりしているの? そもそもこの場所は君のお家なの?
聞きたいことはいっぱいあるけれど、君はいつも意味が分からないって表情で、そんなことよりって言うから僕は何も言えない。でもこんなに毎日一緒に遊んでるんだから、君のこと知っておいたほうがいいと思うんだよ。
だって今は僕と君……一番のお友達でしょ?
☆
些細なことだった。僕が家族の話をしたら君は凄く不機嫌になった。なんだかいつもと違う感じだったから、僕は君に手を伸ばした。君はそれを払いのけた。でも髪についていた包帯が指に引っかかって、君を隠していた白が少し取れた。そこから見えたのは赤だった。
「……どうしたの?」
どこかにぶつけたのだろうか。君はぎゅっとクマを握りしめて僕から距離をとった。まるで僕が敵みたいに。
「ごめんよ。君にとってはとっても退屈な話だったかもしれない。でも……僕はこの話をしたら君が……君の話をしてくれるかもと思ったからだ」
小さく頭を振りながら怯える姿にいつもの様子は全くなくて、不安で僕も怖くなってきて、泣きそうになりながら近づいた。
「もうこの話はしないから……包帯も……触らないからそんな顔しないで」
でも君はイヤだって顔をして僕から逃げる。どうして? なんでって何回聞いても答えてくれない。耳を塞いでしまった。
「……僕は、僕は君が心配なんだよ。なんでこんなに毎日一緒にいるのに、僕のこと信じてくれないんだ!」
「……っ」
逃げ出そうとした腕を思わず掴んでいた。
怖かったのと、いつの間にか不安が怒りになっていて、ただ僕は知りたかっただけなのにって……そうしたら君のこと救えるかもしれないのに、なんで僕から逃げるんだよっ!
細い手首を掴んで少し引っ張ると、簡単に体は倒れた。あまりに呆気なかったから人形なのかと思った。僕は君の上に立つと、少しだけ体のどこかがスッとしたのが分かった。
「……僕は君を助けたいって、それだけだったんだよ」
自分の声がピリピリしていた。君は未だに顔をクマで隠している。クマを取ろうとしても取れなかったから、代わりに包帯を取った。
そこから見えた素肌は青や赤に黒を混ぜたような色……少なくとも綺麗な肌色ではなかった。僕はびっくりして君の上から退いた。
その時に少しだけ違和感があって前を見ると、僕の息が止まった。
「……えっ」
君の白いスカートから覗いた細い足、その先を辿ると、そこに身につけているべき下着はなかった。そしてそこにあったものは僕と同じだった。
「君……」
君は動かない。
「……ごめん……ごめんよ……っ、僕は……本当に……ひどいね」
君の上に毛布をかけた。溢れてくる涙を拭わないで僕は立ち上がる。
「僕は君に許されないことをした……もう側にいる資格はないね。……許してくれなくていいから、僕のことなんて……忘れて」
濃かったようで短かった君と過ごした日々。毎日が新鮮で、ここに引っ越してきたことへの不満なんていつの間にか消えていた。
……でも僕はそれをつまらない感情で壊してしまった。
僕は嫉妬していたんだ。僕の知らない君に。僕に何も言ってくれないに君に不安になって、どうにかしようってそればっかりだった。
僕は君を好きになっていたんだ。
それなのに……僕はバカだ。
扉に半分体を入れたところで、後ろで何かが動いたのが分かった。反射的に振り返ると、君が起き上がっていた。
クマは床に落ちてその手だけをまだ握っていたけど、力は入っていないみたいだ。僕の足元辺りに向けられている視線に近づいてしゃがんだ。
「……ごめん」
再度謝ると、また涙が出そうになった。
顔を背けると、冷たい感触が手首に触れる。
今まで見たことのない不安げに揺れる眼差しと、求められているような気がして、僕は傷だらけの体を優しく抱きしめた。体温が低くて、色がとっても白くて、あちこちが細すぎる君……。
僕の体温が君に移った頃に、少し体を離して頬に唇で触れた。初めてこんなに近くで見た君は綺麗で儚くて、羽を削がれた天使のようだと思った。それでも僕にとっては一番綺麗な人だった。
そのまま一緒に寝ちゃったんだと思う。あんまり会話はなかったけれど横にいる君は暖かくなっていて、僕は今までもそれをしてこなかった自分に後悔した。
次の日家から救急箱を取ってきて、君の手当てをした。この部屋にある包帯は何回も使っていて汚かったから。君はぴったりと巻いた包帯やガーゼが気持ち悪いって口を曲げていた。
ついでにクマの治療も済ませて、一緒にあんまり暴れちゃダメだよと釘を刺しておいた。
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