★4

《ついにmadhatterが逮捕か――》

大きな見出しはあらゆる新聞のトップニュースを飾った。


教会のあった場所から千メートルほど離れたところに住んでいた画家の男。彼は作品へのこだわりが強く、ここ数年は地下に引きこもり、誰とも会話をしていなかったというから驚きだ。よっぽどの人嫌いか、随分なアナログタイプの頑固な芸術家だった。81という年齢は、一見殺人を犯すのには不向きに思える。しかし彼には予算があった。かつて彼の両親が名教師だったそうだ。その頃に出した本やらの金は、息子であったhatter氏のモノとなった。この年までロクに働かず作品に熱意を注げたのもこのおかげだろう。もしかすると彼は、誰かに金で犯行を頼んだのかもしれない。方法については、これから明らかになっていくだろう。

ひとまず姿を現したhatter氏の風貌については賛否両論ある。だが彼が芸術家という点では、かなり納得のいくものではないだろうか?

彼のことを見つけた男性は、彼のアトリエには教会で初めに殺されたであろう少年を天使に見立てた、描きかけの絵があったとの話をしている。hatter氏の目的とは? 彼なりのアートとは?



《hatter氏の自宅から少年や少女の写真が発見される! あの事件の真相とはいかに?》


なんと自宅のアトリエから資料と思われる数百枚の写真が見つかったのだが、その中から裸の幼児の写真も数十枚あるのが分かった。裸婦絵など定番にあたるデッサンは、ある時を境にばったり描かれなくなっている。それは両親がこの世を去り、独りになったhatter氏が一人暮らしを始め、趣味で描いた絵を露店で売っていた時だ。一日辛抱強く待ってみたが絵は一枚も売れず、挙げ句の果てに見知らぬ老人に才能がないと言われる始末。自信をなくした彼はその日売れなかった絵に、絵の具をかけて未練を無くそうとした。だがぐちゃぐちゃになった絵を見て“面白い”と感じたそうだ。それからは学に囚われない、前衛的な絵を描き続けた。彼は恐らく開放感を感じていたに違いない。彼の良くできた両親からのプレッシャー、夢を諦められない青い心、それらを吐き出した作品が彼のアトリエには大量にある。

それまでは真面目で大人しい青年だった彼は絵同様、魂が悪魔に取り憑かれたかのようになっていった。通り過ぎる人々を敵だと感じ、家では狂ったようにキャンバスに筆を叩きつける。毎日パンにハムを詰めただけのサンドイッチを食べながら、次は何の醜い部分を描いてやろうかと構想を練る。この時点で絵は絵だと区別できていれば良かったのだが……。

不幸なことに彼は何十年も呪いにかけられたままだった。彼の中で最高傑作をつくりたかったのかもしれない。hatter氏は確かに芸術家であった。しかし神には愛されない。

彼の最期の作品は、教会という場所で罪を犯してしまった罪悪感からか? 天使に看取られるhatter氏が完成するのはいつになるだろうか。



分からない。今が朝か夜かも……。

灰色しか見えなくなった世界で、体が悲鳴を上げていた。誰でもいいから救ってくれ、ここから出られるならばどこだって構わない。悪魔に魂を売っても、なんでもいいから私は……ああ、誰か助けてくれ。神よ……どうして私にばかり……私はただ好きに絵を描ければ良かったのです。それで死んでしまっても構わなかったのです。人並みに愛を所望したこともありました。しかしそんなものは何の意味にもならないと気がつきました。私は白い紙の世界で生きていければ充分だったのです。

これは罪なのでしょうか? 私は強欲ですか? 怠惰ですか? 何の罪を犯してしまったのでしょう。

しかしこれだけは言えます。私は誰も殺してなどおりません。そんな事件があったことすら知らないのです。ただ毎日毎日自宅から勝手に持ち出された物品を目の前に叩きつけられ、これはああだこうだと何度も話されると、段々とそうであったのではないか? と思ってしまうのです。そんなバカなことと思いながら……しかし私には身に覚えがありすぎる。そんなことを考えなかったことが一度も、いや思うだけなら何度もあったのです。人並みに嫌いな人物がいて、それがなくなったらいいだろうとか、生と死についてもよく考えますから興味が無いわけではない……私も、私が知らないうちに、もう一人の自分がいるのかもしれません。その人物は私より欲望に忠実で、自分の代わりにやってしまったのかもしれません。

ただ今の私では分からない。私がこんなに苦しんでいるのだから、早くそいつが出てきてくれれば……ああもう一人の私も随分狡猾で嫌な人間らしい。

今更きちんと生きれば良かったなんて言っても遅い。

私は誰に懺悔すればいいのですか。私の祈りは誰に届くのですか――。




《今世紀最大の芸術的連続殺人犯――madhatter氏、独房の中で自殺》


食事に出されたフォークを手首に突きつけ、更には首元に刺し、hatter氏は自殺した。

最期は何かに祈るように、胸元に手を組んでいたらしい。彼はこの世を去った。しかしこの事件は今後も確実に影響を与えていくだろう。


「最期は見れたもんじゃないほど、汚れてたけどな」

誰もいない路地裏で新聞紙を潰した。

虚構ばかりの記事の中で、でっち上げや思惑の中で……ああ、俺も一緒だ。俺も奴を犯人だったら面白いというだけでここまで来てしまった。

これから世間はどう進むか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る