【観覧注意】夢のまた夢

如月捺穂

 世間はハロウィンだのクリスマスだのでいつも忙しい。偶然数字が揃っただけで、犬の日だとか猫の日だとかと言い出すのも意味がわからない。だがそんなことを言っていられないのもまた、この世の中である。実際今日は11月11日で、ポッキーの日だ。街中がそのネタで溢れ返っている。しかもこの肌寒いなか外でいちゃついているカップルを見るだけで、一段と寒くなってくる。リア充爆発しろ。女子のこの私であっても嫌気がさすわ。─そんなことを考えながら私は、さっさと電車に飛び乗った。

 車内には様々な広告がこれでもかと言うほど主張してくる。温泉、紅葉狩り、スキー、某遊園地の新エリア解放…。どれも興味を引くものばかりだった。が、私はそんなものよりも自分の鞄に目線が移る。いつも通り仕事帰りに電車でスマホを取り出し、イヤホンを装着し、真顔で検索する。周りからは見えないように画面を保護し、開くのは某女性向け動画。周りからはごく普通の一般的な女性の私だが、中身は……。


──ごく普通の変態だ。


 開いたというのは立体音響のボイス動画。ショタボイスから低音ボイスまで、あらゆるものがある。最近は耳が慣れたのか、そこまで感じなくなってきていたため、過激なものより癒し目的に、動画を漁っている。今のところ癒しに適しているのは、可愛さ極まりない、涼くんの動画だ。私はいつも個別の席のある車両に座るため、例えもし感じてしまったとしても、車内の端の方に座ればまず間違いなくばれることはないことを、把握していた。あいにく今日は金曜日ではなく、新たなる動画はないみたいだが、過去のポッキーの動画を聴いてみようと思った。

 過去動画は計約42分で終わった。とてもかわいいとしか言えない動画だった。そして周りの景色を眺めると、あと何駅かしたら着きそうな雰囲気だった。と、ふと隣に気配を感じた。

「お、先輩はっけーん」

……正直早くこの場から逃げ去りたかった。

「先輩、こんばんはです」

 彼は高校の後輩。たまに街で会う程度、まだ連絡はとっている仲だ。

「へぇ…。先輩まだこんなの聴いてるんだ~」

「え?……あ」

うっかり後輩に画面を見られていた。いや、まだ涼くんだから大丈夫なはず……え?

「…覚えてんの?」

「あったりまえじゃないですかー!さすがに大好きな先輩のこと、覚えてますって」

…そう、彼には私が変態だとばれているのだ。これが俗に言う弱味を握られている、ということだろうか。…周りからは一般的な女性の認識でいたいからな。

「あ、せっかくなんで飲みません?久々に先輩と飲みたいです」

「あー…別に駄目じゃないけど」

「よし、決まりですね!」

──こうして、謎の空気感の中で私たちは電車の揺れに身を任していた。

 …何だろう、気づけば私たちは彼の家付近に着いていた。

「あれ、飲むって言ってなかった?」

「はい?だから俺の家で、飲むんですよ?」

──くそ、やられた。本当に彼のペースにのまれるとろくなことがない。

「駄目…ですか?」

「いや、別に…そんなに一緒に飲みたいなら」

「やった!ありがとうございます、先輩」

彼はそう言って、にっこりと笑った。

 数十分後、彼より相当お酒が弱かったらしく、私の方が先に酔っていた。

「先輩、もう酔ってんですか…?」

「んー?べーつに酔ってにゃいよー」

「…やっぱり先輩は可愛いなぁ」

「んーー?なんかゆったー?」

「大したことじゃないですよ。てかゆったー?って…、先輩酔ってますよね?呂律回ってないんじゃないんですか?」

「んんー暑いー、酔ってにゃぁいー」

今の私には、あまり意識がなかった。

「…そういえば先輩、さっきの動画ですけど」

何だか、距離を詰められた気がした。

「……先輩、囁き好きなんですか?」

「んひゃ、…んえ?」

不意に耳に囁かれて、変な声が出てしまった。

「へぇ…耳弱いんだ」

「え、いやそんなことっ」

すると何を思ったのか彼は、右耳に息を吹いてきた。

「ひゃう…!?ちょっと、やめ…!」

「あはは、何かおもしろっ」

そして今度は、左耳に息を吹きかけた。

「んぁ、み、、耳はっ…!」

「ふーん、左ね」

何とかして彼を引き剥がすと、なにやら箱を持ってきた。…顔が熱い。

「いやぁすっかり忘れてましたよー、こいつのこと」

持ってきたのは…ポッキー?

「ふぇ、なんで?」

「ポッキーゲームしましょ」

…少し頭が冴えてきて、余計顔が赤くなってきたかもしれない。

「い…いやだ」

「ん?何て言いました?」

「だ、だから!付き合ってもないのにやらない!」

「嘘だぁ、先輩だってまんざらでもない顔で喋ってますよ?そーれーに」

しかし彼はまた近づいて、私に抱きついてきた。

「疲れきった体に、甘いものを、ご褒美をあげなくては。…ね」

正直ポッキーは食べたかった。

「し、しょうがなく、だからね!私はポッキーが食べたいから、やるのよ??!」

「ハイハイ、ありがとうございます。それじゃ、ほら、先輩咥えて」

そう言ってポッキーを袋から取り出し、私に向けた。

「わ、わかったわよ…はむっ」

「んじゃ、はじめますよー」

部屋にただポッキーの咀嚼音が響いた。それから、あと一口のところで。

「ん!?お、おえた…?」

…そう、折れた。あと一口だったのに。

「あーあ、折れちゃった。…先輩、もう一度しません?」

…何を言うんだこやつは…?!!

「ハイハイ、拒否権はないですよー。ん」

「あむ…ん、…ん?!まっっ」

──そして、リップ音が響く。ポッキーは成功した。

「は、恥ずかし…!あぁもうお酒ぇ…!!」

「駄目ですー、すごく酔ってる先輩もいいですけど、やっぱりいつもの先輩も大好きですよ…!」

「…え?」

「いい加減付き合ってください」

「……なに、それ!」

いきなりのことに頭が真っ白になる。と、さっき見かけたカップルたちが頭を横切った。

「ずっと前から好きなんですけど。もう好きすぎてヤバいんですけどどうにかしてください、先輩」

「そ、んなの…!……君に言われたら本気にしちゃう、じゃん…」

「先輩…!!」

何だろう、もうあらゆる部分が熱い。

「つまり…両想い、ですか?」

…私は無言で頷いた。もう、穴があったら入りたい。後輩相手に実は恋をしていたなんて今更だが恥ずかしい。

「あ、零時をまわったか…そうだ、先輩」

「な、なによ」

「…どうせならこのまま、ゲーム、しません?大人なゲームを」

「え、な、それは…!」

「ほら、先輩口開けてー」

「っ、ふぅ、んんぅ、ぁ…っ」

……こやつ…!舌を絡めてきやがって!

 口を離すとどちらのものかわからない唾液が伝った。

「先輩可愛い…」

「か、かわいく、ない…しっ!?ひあっ、ぅ、んぅ…!!ちょ、服…!」


──あれからやることやって、朝を彼の家で迎えた。くそ…腰がいたい、動けない、仕事つらい…。

「あはは、先輩おはよう」

「おま、絶対許さん…!あ、いたたたたた」

「動かないで、先輩。今日日曜日」

「…え、うそ」

「仕事ないでしょ?ゆっくりしてってよ。じゃないと…また、襲うよ?」


…またひとつ、弱味を握られた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【観覧注意】夢のまた夢 如月捺穂 @kisana_tunakan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る