第14話 当主の生活③


 街の西側は古い時代の匂いを残した建物が多い。

 みやに連れられてやってきたのは、昭和の空気感のある商店街だった。夕方というにはまだ明るいが、ところどころ通りのシャッターは閉まっている。


「こちらです、はるか様」

 街中なので雅火は術で狐の耳を消している。導かれるまま路地に入ると、数歩もいかないうちに軽い眩暈めまいを覚えた。


 倒れるほどではなかったが、雅火がすぐさま手を取った。

「目を閉じて。すぐに波が引きます」

「ん……」

 眩暈の波が引いて、瞼を開ける。するとまだ青かったはずの空がいきなり夕方の赤になっていた。


「わ、なにこれ……」

「あやかしの領域に入ったのです。遥様は霊力が強いので、慣れれば自由に行き来できるようになりますよ」

「あやかしの領域……そうか、こうやって人間とは別のところで、あやかしたちは活動してるんだな」


 思い出してみると、黒い狼に襲われた時も辺りが靄に覆われていた。

 きっとこうした人間の世界と隣り合わせの領域が色んなところにあるのだろう。


「飲み込みが早くて助かります。こういうことへの順応性は高いですね、遥様は」

「子供の頃から視える体質だったからね。でもこれ、普通の人が何も知らないで入ったら神隠しとかにならない?」

「昔はそういうこともあったでしょうね。現代では人間の領域が広くなったので、そうそう迷い込むこともありませんが」

 路地を進みつつ、雅火は言う。

「今回の依頼人は、このあやかしの領域で店をやっているようです」


 白手袋の手には、依頼人が送ってきた手紙が握られている。

 依頼人は、この西側で店をやっている、仕立て屋の主人だった。

 仕立て屋といっても、もちろん人間相手ではない。

 あやかし相手に服を作る、あやかしの仕立て屋だ。


「手紙には鬼に家を壊されるって書いてあったんだよね? 一体どんな状況なんだ?」

「どうやらよほど火急のことだったらしく、手紙にも詳しいことは書かれておりません。しかし西側の鬼ならば、心当たりがございます。私の予想通りであれば――」


 という雅火の言葉の途中で、路地を抜け、木造の店に行き着いた。

 ややペンキのげた看板が年代を感じさせ、ショーウィンドウにはドレスや着物が飾ってある。

 マネキンに着付けて飾られているのだが、見慣れない形のものもあり、人型の他に鳥型と獣型、あとはつくがみでも模しているのか、つぼのような形のマネキンもあった。張り紙には『形状のご相談承ります』と書いてある。


 古めかしくはありつつも、趣を感じさせる店だった。けれど店は現在、その趣を消し飛ばすほどの騒がしさに見舞われている。


 身長二メートルはありそうな青鬼たち。


 それが群を成して入口を囲んでいた。筋骨隆々の腕には金棒ではなく、ハンマーやツルハシを担いでいる。格好は皆一様に開襟シャツで、金のネックレスや時計を付けていた。


「み、雅火、なんだあいつら!? 明らかに堅気の雰囲気じゃないぞ……っ」

 青鬼たちは明らかにその筋の空気感を放っていた。

 群の少し前で足を止め、雅火が説明する。


「あれは街の西側を仕切っている青鬼組です。江戸の昔から街にいるので、それなりの権威を持っている者たちですね。察するに、どうやらあの青鬼組が仕立て屋に立ち退きを要求しているのではないかと」

「立ち退き?」

「ええ。それもかなり強硬なようで……どうやら店を破壊しようとしているようですね」

おおごとじゃないかっ」


 青鬼たちは今にも店を壊そうとしている。大きな体で怒鳴っている様子は正直、恐ろしい。

 でも先代の当主――祖母はこういうあやかしたちとも渡り合ってきたはずだ。だったらおびえて立ち止まっているわけにはいかない。


「い、いくよ、雅火! あいつらを止めるんだ……っ」

「遥様? いえお待ち下さい。鬼と言ってもピンキリで、彼らはそれほど力の強いあやかしではありません。焦らずとも、妖狐の私ならば──遥様!?」


 勢い込んで駆け出した。青鬼たちの巨体の間をかいくぐり、店の前に躍り出る。そうして守るように大きく両手を広げた。


「やめろ! 店を壊すなんて乱暴なことは許さないぞ」

「ああん?」

 リーダー格らしき、サングラスに総金歯の青鬼がにらんできた。額から生えた角は群のなかで一番大きい。


「なんだ、お前。許さないってのは、まさか俺たちに言ったのか?」

「そうだよ。他に誰がいるって言うんだ?」

「おいおいおい、俺たちを誰だと思ってる? 泣く子も黙るし赤鬼も泣かす、天下の青鬼組だぞ? 怪我したくなかったら子供はとっとと帰って寝てな」


 サングラスを下にずらし、すごんできた。身長差があるので威圧感がすごい。

 ひるみそうになるが、なんとか踏みとどまった。ここで退いたら、雅火に認めさせるなんて夢のまた夢だ。


「何があったか知らないけど、立ち退いてほしいならちゃんと話し合え。場は僕が作るから。そのために僕はきたんだ」

「はあ? 何言ってやがる。……ん? っていうかお前、人間じゃねえか。どっかの術者か? 人間があやかしの問題に首突っ込むんじゃねえよ!」

 怒鳴り声だけで吹き飛ばされそうになった。でも歯を食いしばってこらえ、怒鳴り返す。


「人間だからなんだって言うんだ!? 僕は首を突っ込むぞ! 祖母はそうやって街を守ってきたんだ。今度は僕の番だって決めたんだ!」

「ワケの分かんねえことを。痛い目見なくちゃ分かんねえようだな!?」

 丸太のような腕がうなり、巨大なハンマーが振り上げられた。その全長はドラム缶程もある。


 さすがに背筋が凍りついた。あんなものにつぶされたら怪我ではすまない。

 乱暴な風切り音を上げて、ハンマーが振り下ろされる。思わず両目を閉じた。


 だが次の瞬間、耳元で声が響いた。

「やれやれ、手の掛かるお方だ。当主は常に冷静に、そうでなくば街の顔役は務まりませんよ?」

 銀色の髪が揺れ、長身のスーツ姿が風のように躍り出る。

 

 そして、白手袋の手がハンマーを受け止めた。


「な、なにぃ!?」

 青鬼が驚愕し、遥も呆然とその背を見上げた。

「み、雅火……」

「お怪我はございませんか?」


 肩越しにたずねてくる顔は、右手一本でハンマーを支えているのに涼しげだ。

 腰が抜け、その場にしりもちをついてしまう。だがそれ以上に驚いているのは、ハンマーを止められてしまった青鬼だった。


「お、俺の自慢のハンマーをそんな細腕で……? お前、一体何者だ!?」

「他人に名を訊ねる時は、まず自分から名乗るのが礼儀……と、こんな古典的な忠告をしなければならないとは。青鬼組もちたものですね。まあ、もともと品のある連中ではありませんでしたが」


「なんだその知ったような口振りは!? だからお前は何者なんだよ!?」

「私のことなどどうでもいい」

 口調が鋭さを帯び、空気が一気に張り詰めていく。

「今この場で問うべきなのは、貴様が遥様に手を出したことだ」


 すさまじい風が吹いた。銀の色を伴った、おそらくは術の風。

 隠していた耳が現れ、青鬼をくのはてつくような鋭い視線。

 妖狐は断罪するように告げた。


「この方は私の玩具おもちやだ。小鬼風情が横から手を出そうとは……覚悟は出来ているのだろうな?」

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