妖狐の執事はかしずかない

古河 樹/富士見L文庫

プロローグ~黄昏色の邂逅~


 街外れの小さな神社。

 夜というにはまだ早く、さりとて夕方とはもう言えない、黄昏時。

 西には夕焼けの赤が差し、東には夜の青が漂い始めていた。

 そんな交じり合った空の下に、今──銀色の青年がかしずいている。


 銀色、というのは髪のこと。

 青年はきらめくような銀髪だった。さらには誰もが見惚とれてしまいそうなほど美しい。

 彼がいるだけで、小さな神社がオペラの舞台のように思えてくるほどだった。


 青年は高級そうなスーツを着ており、両手には真っ白な手袋を嵌めている。

 その手は敬意を示すように胸に当てられていた。

 涼やかなアルトボイスで、彼は言う。

「さあ共に参りましょう、坊ちゃま」


 彼の視線の先には、ひとりの少年が立ち尽くしていた。

 その顔にはありありと戸惑いが浮かんでいる。

「坊ちゃま? それは……僕のことか?」

 少年の名前はたかまちはるか

 遥はわけがわからないという顔で後退さる。


「いきなり現れて、そんなことを言われても困る。一体、どこにいくって言うんだ? いやそもそも……」

 頭のなかの混乱を遥はそのまま口にする。

「お前は一体、誰なんだ……?」

「私はあなたの執事です」

「し、執事……?」


 遥の戸惑いを笑うように、風が吹いた。

 目の前で青年の銀髪が揺れ、次の瞬間、遥は目を見開く。

 銀色の髪のなかに、まるで狐のような耳があったからだ。


「お前、まさか……あやかしなのか!?」

「ええ、左様です」

 青年は爽やかに頷いた。


「申し遅れました。私は『妖狐の執事』。名をみやと申します」


 音もなく、青年――雅火は立ち上がる。

「僭越ながら本日はあなたをお迎えするために参りました」

「あ、あやかしが僕を迎える……? わけがわからない。一体何が目的なんだ!?」

「お答えしましょう。私の目的はたった一つ」

 雅火は告げた。

 戸惑う遥へ向けて、まるで運命を告げるように。


「高町遥様、あなたを――私の主人とすることです」






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