第10話 天西 鈴音(私)の見た世界 ⑤ 『見桜戦』
『――さぁ、皆さんっ!! 準備はよろしいでしょうか~!?』
『我が学院、最大のイベント……』
『見桜戦の開幕だーーーっ!!!』
『―――~~~~~~っ!!!!』
聞こえてきたのは、割れんばかりの大歓声。
こ、これって……絶対にここの会場内だけじゃなく、学院の外まで聞こえてるよね~……。
通りすがりの人がこの歓声聞いたら、一体何だと思うんだろ……。
そんなことを考えている間にも、ネコ先輩のアナウンスによる選手紹介が次々と始まっていき――。
『―――~~~~~っ!!!!』
み、みんなノリノリだな~……。
何か、私の時だけやたらと歓声が大きかったような気もしたけど~……。 そ、それはともかく、休み時間の時の対象のすり替えが今でも効いているのか、さっちゃんの方は無事、私のことだけをにらみ続けてくれてる。
そんなさっちゃんの視線を、やわらかな微笑みで受け流し続ける私。
当然、その内心ではビクビク、オドオド。
さっちゃんも会場のみんなと一緒で、大掛かりなイベントの空気に当てられて悪ノリしてるだけ~……。 終わったらきっと元通り~……だよね?
「――――」
ちなみに――剣道三倍段というものがある。
簡単に言うと、竹刀を持ってる人は、持ってない人の3倍ぐらい強い――ってことなんだけど~……。
「――――」
聞くところによると、今のさっちゃんが身に着けてるのは、すごい最新鋭の技術で開発された衝撃吸収機能満載のスポーツウェア、とのことらしく――。
その非常に高い防御性能によって竹刀の威力がかなり相殺されるため、それでハンデ無しの対等な条件での戦い――って……。
も、問題はそこじゃなく、竹刀を持ってない相手に何の気兼ねもなく打ち込むことのできない、私の心構えの方なんですが~……。
そんな理由から、さっちゃんはヒザの高さまであるフード付きのパーカーのようなスポーツウェアと、指出しのグローブという装備で、私とかっきちゃんは何故だか普通の学生服だったりする。
それが見桜戦の伝統とのことらしく、この戦いで制服が破損したとしても学院側が保障してくれるそうだった。
この戦い……かっきちゃんは私が守るから問題ないとして、私自身も痛いのとか、大きなケガとかするのはさすがに嫌だしなぁ~……。
試合が始まる直前、そんなことを心配しながら緊張してた私だった、けど……それはいざ実際に試合が始まった、次の瞬間――。
「――――」
その緊張が、粉々に砕け散りました。
何か、コレ……前に似たようなコトかっきちゃんもしてたし、私が知らないだけで
――何はともあれ、よかった~。
やっぱりさっちゃんもかっきちゃんと同じで、すっごく優しくてイイ子だったんだ~。
前に見た時と同じ――私の目に映る黒い線。
その線の上をなぞりながら、さっちゃんの拳がとてもわかりやすく、ゆっくりと通り過ぎていく。
「――――」
さっちゃんの拳に触れないよう……身体の位置を微妙にズラして調整し、ひたすらに攻撃を避け続ける。
――まぁ……こんな遅さの拳が当たったところでどうにかなるワケでもないんだけど、何故だかついそうしてしまう。
「――――」
そんなことをしばらく続けていた際――。
「――~~~~っ!!」
? ………あれ? さっちゃん、何か――。
「――るっ!!」
「――えるっ!!」
「ふえるっ!! ふえるーーっ!!!」
「――………」
さっきの休み時間、さっちゃんが通りすがりに殴り掛かろうとした子が実は演出か何かで、あれがさっちゃんの本気の演技だったとしても……今の、これは――。
糸の感情操作も失敗し、私がどうにかできたのは対象のすり替えぐらいだった……。
それなのに、そのすり替え対象すら上書きされてしまうほどの強い想い……。 少なくとも、今のさっちゃんから発せられてる――この憎しみみたいな感情は本物で間違いない気がする……。
その証拠に……少しずつ、感情が抑えられなくなってきてる?
「……ふえるっ!! ――ふえるっ!!!」
さっちゃんがそう叫んで殴りかかるたび、スローだった攻撃が徐々にそのスピードを増していく。
さっちゃんがこれだけ感情を抑え切れない……。 そうなるだけの理由が、きっと二人の間にあったんだ……。
そして……今のさっちゃんの瞳には、私がそのふえるちゃんに見えてる?
それなら……っ!
「――――」
ニヤリとなって、口元に浮かぶ笑み。
――そう、私には完璧な作戦があった。
これなら絶対に大丈夫だと、自信を持ってハッキリと言い切れる。
かっきちゃんの時もそうだったし、絶対に間違いない。
その、作戦とは――。
「――さ、さっちゃんのばーかっ!!」
「え、え~っと、アホーッ!!」
「――――」
「………」
何故だか、会場全体がシーンと静まり返ったような気がした。
……気のせい?
――でも続けるっ!
そう……。
――この二人、一度大きなケンカしなきゃダメだ。
ケンカして、ケンカして、ケンカして……それから最後に――。
『でも大好き』 ――って、そう言って満面の笑みで微笑む。 それで二人は仲直り、ハッピーエンド。
前にすっごく怒ってたかっきちゃんも、それを聞いた瞬間あきれ顔になって、その後からすっごく可笑しそうに笑ってくれたし。
この作戦のポイントはひとつ。 最後の――『大好き』。 その言葉をより効果的にするため、言う直前までは思いっ切りケンカし続ける。
そのためにも……さっちゃんを今よりも――もっと、もっと怒らせるっ。
人を怒らせる悪口とかってものすっごく苦手だけど、さっちゃんと――そのさっちゃんのことが本当は大好きなふえるちゃんのためにも、私頑張るっ。
頑張って、さっちゃんの悪口を言うっ!
「や、やーい、さっちゃんのしっとり黒髪~、スレンダー」
……? ――あれ? これって、微妙に悪口になってない?
「え~、え~っと~、チ、チビ~、ペチャパイ~、ブス~」
あ~っと……それから~――って、うわっ!!
「……ふ~え~る~~っ!!!」
急にすっごく怖い顔となり、いきなり怒りのボルテージが上がったさっちゃん。
な、なになに~!? 一体私の言ったどの悪口がさっちゃんの琴線に触れたの~!?
と、とりあえず、直前に言った悪口をもう一度――。
「チビ~、ペチャパイ、ブス―――っ!!」
私の眼前を再び拳が通り過ぎ、歯を食いしばっているさっちゃんの様子も目に入った。
今のタイミング……過剰反応した悪口って、ブス?
……だったら――。
「や~い、ブスブスブ~ス!!!」
「よくそんな醜い顔で生きてて平気だね~、死にたくならない~?」
「――――」
あっ。 と、つい調子に乗って言い過ぎたことに気付いた私だったけど、もう手遅れ――。
「……――~~~~っ!!!」
「―――っ!!」
瞳に憎しみの炎が宿らせたさっちゃんがギリギリと歯ぎしりし、これまでで一番速度のある猛攻を仕掛けてきた。
ともかく――ここまでは順調、予定通り。
後は私がタイミングを見計らい――『でも大好き』って、そう伝えて微笑むだけっ。
「――――」
そう考える間にもさっちゃんの猛攻は止まず、拳が目の前を何度も通り過ぎ、その度に私の髪の毛を何度も揺らす。
ん~……? ちょっと待って~……よく考えたらシチュエーションも重要かな~。
そう思いながから口元に指先を当て、フムとなって考える。
たとえば――私が相手にするのはさっちゃんじゃなく、かっきちゃんだと……そうイメージしてみる。
ん~~……。
「――――」
……よしっ! だったら――。
――まず、私の顔目掛けて放たれてくるさっちゃんからの左拳を待つ。
そうして向かってきた拳の手首を私が右手でしっかりとつかんで受け止めつつ、同時に力の方向を上に逸らす。
その反動で近づいてくるさっちゃんの上半身。 それを私が全身で受け止めながら、空いた方の左手をグイッと無防備な腰にまわし、一気に抱き寄せる。
そうして密着した状態の中、耳元でささやくように……――『でも大好き』って伝える。
――これで完璧っ!
あ~っ、何だか想像しただけでドキドキして顔が赤くなっちゃう~っ!
そうやって照れてしまい、熱くなった自身の頬に両手を当てていると――。
「―――っ!!」
その隙を狙いすましたようなタイミングでさっちゃんの左拳が顔面目掛け、向かってきた。
! ――ここだっ!! よーし、作戦開始っ!
まずは、この拳を~――。
そう思いながら右手を伸ばした、その瞬間――。
ちょうどさっちゃんの真後ろ近くにいたかっきちゃんと、不意に目が合った。
「――――」
――あ。
完全に忘れてた。
そう、だった……。 この戦いって今までの一対一じゃなく、三人での戦いだった。
――あれ? ちょっと待って……。
それじゃあ私……今からかっきちゃんの目の前で、さっちゃんに『大好き』って言うの?
「――――」
胸の奥の中でゾワリと、まるで黒い何かがうごめいたような不快感を感じた。
何だろ……。
――すごく、嫌だ。
たとえ嘘でも、冗談でも、演技だとしても――かっきちゃんの前でだけは言えない……。 絶対に言いたくないって、強くそう思ってしまう。
「っ! ――~~~~っ!」
? どうしたんだだろ? かっきちゃんてば、何か叫んで――。
「―――っ!!」
瞬間、いきなり視界が揺れ、顔面に強い衝撃が走った。
そう……だった……っ!
さっちゃんの攻撃……!
受けたのが顔だったから?
かなり遅めに見えたのに……何だか、すっごい衝撃……っ!
「――――」
今の体勢がまともに維持できず、上半身が後方に大きくのけぞっていく。
「――………っ」
当たったのは右頬……。 何だかそこだけが痛いっていうか……――すごく、熱いっ!
――? 何かが……入ってくる……。
私じゃない……誰か、別の――。
「――――」
「――――」
ここは公園の中にある小さなステージ……そこから聞こえてくるのはたった一人だけの歓声と、たったひとつきりの拍手。
……けど、あの頃の私にとってそれは充分過ぎるほどで、それは満員の会場の中で聞く
「うわぁーっ! うわぁーっ!! すごいね~!」
パチパチパチパチと、叩いてる手が痛くならないのか心配になるほどに思い切り拍手し、瞳をキラキラと輝かせる目の前の女の子。
「へっへ~。 そうでしょ~、ありがと~♪」
全身から伝わってくる女の子の想いに対し、私もありったけの感謝を込めた笑顔で返し、スカートをフワリとひるがえしながら再度、明るく微笑んでみせる。
「うん! 本当にすごいよ~……」
「――さっちゃん!!」
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