おひなさまのダイエット

青海 嶺 (あおうみ れい)

おひなさまのダイエット

 キミちゃんが住んでいる家は、二階建ての古い古い一軒家です。二階の天井裏には、一匹のネズミが住んでいました。夜ごと、壁の裏の専用通路を通って、台所まで出かけ、お米やなんかを、ちょっと失敬しては、暮らしを立てておりました。

 天井裏は、ふだん使わない物をしまっておく物置になっていて、たくさんの箱がおいてありました。その箱のいくつかには、キミちゃんのお母さんが嫁入り道具として持ってきた、立派な雛人形が入っています。

 (この箱には、何が入っているのだろう)

 気になったネズミは、箱の隅っこを齧ってみました。すると中から声がしました。

 「こりゃこりゃ。わらわの安眠を邪魔するは、何者ぞ」

 びっくりしたネズミは、ぴたっ、と齧るのを止めました。しかし、声は続きます。

 「さては、おぬし、ネズミであろう。わらわにはお見通しじゃ」

 ネズミは、つい、かしこまって答えました。

 「ははー。たしかに、わたくしめは、ネズミにござります」

 黙って逃げ去ってもよかったのに、そう答えたのは、箱のなかから聞こえた声が、あまりに高く、清らかで、まるで鈴の鳴るように美しかったからでした。こんな声の持主ならば、どんなにか美しい人であろう。どうかしてお近づきになりたいものだ。ネズミはそう思ったのです。

 「では、チュー左衛門よ、わらわに、食べ物を持て」

 勝手にそう名付けられたネズミは、疑問を抱く暇もなく、ハハーと、かしこまって、さっそく食べ物を探しに出かけたのです。

 雛人形の姫君は、年に一度しか仕事のない暮らしに、退屈しきっておりました。偶然やってきたネズミを利用しない手はありません。そして姫君は、こんな暗闇の中で、楽しみといえば、食べることくらいしか思いつきませんでした。

 その日から、ネズミはどんどん食べ物を運び、姫君はどんどん食べました。着物の帯までゆるめて食べ続け、あっという間に、デブデブに太ってしまいました。

 そして、三月三日ひな祭りの日が近づきました。姫君は焦りました。こんな体型を、人目に晒すわけには行きません。必死のダイエットが始まりました。

 ネズミは、バナナがダイエットによいと言われればバナナを、キウイが効くと言われればキウイを、懸命に集めては姫君に届けました。ですが、運動もせず食べるだけの姫は一向に痩せません。姫は怒りました。

 「三月三日も近いと言うに、この体型。もとはと言えば、お前が食べ物を運んできたせいで、この有様じゃ。どうしてくれる。」

 ネズミにしてみれば、濡れ衣もいいところですが、姫君に恋焦がれるネズミは、不平一つ言うことなく、知恵をしぼって、ついに妙案を思いつきました。そうだ、他の人形たちを太らせれば、姫君の体型が目立たなくなるじゃないか!

 ネズミは、姫君の隣でひっそりと暮らすお内裏さまや、別の箱の中で寝ていた三人官女や、五人囃子に、どんどん食べ物を運び、無理矢理に食べさせました。三月三日までに何が何でも太るべし、これは姫君からの厳命である、と言い添えて。そして姫君も、最後の数日は、心を鬼にして絶食し、忠臣チュー左衛門の尽力に報いたのでした。

 いよいよひな祭りが近づきました。キミちゃんと、両親は、協力して、雛人形を天井裏から運び出し、赤い毛氈を敷いた雛壇のうえに、うやうやしく、大切な人形を並べました。数日食べていない姫君と、ゲップが出るほど食べ続けた他の人形は、なんとか体型のバランスが取れていました。

 「雛人形って、こんなにポッチャリしてたっけ?」

 そうお父さんが呟くと、呆れたように、お母さんが答えました。

 「馬鹿ねえ。人形の体型が変わるわけがないじゃない。やっぱり、ウチの雛人形は美形揃いね。色白で、そして、ふくよかで」

 キミちゃんも、たしかに、去年よりも人形が成長したような気がします。でも、目の錯覚だと考えることにしました。

 雛壇のうえに、にぎやかに、堂々と並んだ雛人形たちの姿を、ネズミは、部屋の隅のタンスのかげから、そっと眺めました。姫君の美しさに、ネズミは思わずため息を漏らしました。ああ、やはり、懸命にお仕えしたかいがあった。

 まっすぐ前を向いて、ツン、と澄ましていた姫君は、一瞬、ネズミのほうを見ると、いたずらっぽく、ウィンクしました。

              (終)

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おひなさまのダイエット 青海 嶺 (あおうみ れい) @aoumirei

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