第286話

 ◆ ★ ◆


「アイ、大丈夫!?」


「カタリナ、何で? ううん、今はいっか。助かるよ!」


 カタリナが跨がっているのは例のワイバーン型のお人形。

 敵かと思って魔法で撃ち落としそうになったのは内緒にしとこう。

 カタリナと一緒に行動していたハズのお義兄ちゃんは何故か居ない。


 何が起こったのかは分からないけど、急にヒデちゃんが迎えに来てくれなくなった。

 タクシー代わり……って言ったら怒られちゃうかもしれないけど、さっきまでは頻繁に送り迎えしに来てくれていたヒデちゃんが、パッタリと来なくなったってことは、どこかで誰かが苦戦してるのを助けに行ったんだと思う。

 さっきから何回も何回もヒデちゃんからが送られて来ている。

 相当に強い相手を、ヒデちゃん達が次々に倒している証拠。

 確かに、このペースでモンスターと戦っていたら、私達のところには来れないだろう。

 それで、エネアと相談して沙奈良ちゃんと星野さんが守っている陣地まで下がって来たんだけど……まさか、それでこんな大変な目に逢うことになるなんて思ってもみなかった。


 今まで見たことも無いほど、たくさんの渦が遠目に見えたと思ったら、一気に全部の渦から敵が現れた。

 ムオーデル……ってエネアが言ってたけど、私の目には自衛隊の人達の幽霊にしか見えない。

 ここは最初のスタンピードの時に自衛隊の人達が必死に戦って、それでも守りきれなかったところ。

 エネアが言うには同じゴーストでも、軍隊単位のゴーストのことを特にムオーデルって言うらしい。

 最初はビックリしたよ。

 戦車とかもいるし……。

 壊れ掛けっていう表現がピッタリだけど。


 私達の運が良かったのは、ここの陣地が一番しっかりした造りだったことと、エネアが居てくれたこと。

 戦車の砲弾も、地面に落ちたままの飛行機から発射されたミサイルも、本物じゃなくって魔法で真似しているだけらしい。

 エネアがとっさに張り巡らせた魔法の壁が、そうした危ない攻撃は優先して防いでくれた。

 自衛隊の人の幽霊が撃ってきた鉄砲の弾も、やっぱり魔法で再現しているだけ。

 ミサイルや砲弾をエネアが防いでくれたことで、落ち着きを取り戻した皆が必死に反撃に出始めた。


 皆、壁に体を隠しながら戦っていたけど、それでも時間を追うごとに怪我人は増えていく。

 柏木さんの作ってくれたアクセサリーや武器のおかげで、自警団のおじさん達もダンジョン通いを始めたばかりの若い人も、それなり以上に強くなっているんだけど……モンスターらしいモンスターの相手は慣れていても、見た目が生きてる人とそんなに変わらないムオーデルは、かなり戦いにくい相手だと思う。

 よく見れば、ちょっとだけ透けてるから幽霊なのは間違いないんだけど……。

 アイテムのおかげで、ちょっと前の私達より確実に強いハズなのに、自警団の人達はムオーデル相手に苦戦している。

 狙いが正確な敵と、何となく狙ってるだけの味方の差は素人の私から見ても明らか。


 そんなところにカタリナがワイバーンに乗って来た。


 最初はムオーデルの飛行機かと思ったけど、沙奈良ちゃんがカタリナのワイバーンって気付いてくれたから、危ないところだったけど味方を攻撃しなくて済んだ。

 カタリナは早速、バンバン魔法を撃ってムオーデルを大量に倒している。

 ……でも、この敵はいくら倒しても居なくならない。


「カタリナさん、助かります。カズさんは、どうしたんですか?」


「ヒデのところに置いて来た。あっちの相手は本当に強いわよ。さっさと終わらせて助けに行きましょ」


 ……ヒデちゃん、やっぱり強敵と戦ってるんだね。


「簡単に言うわね。こっちもかなり厄介なのよ? 私は、あの箱や舟から撃ち出される魔法を防ぐのがやっと。アイやサナラも頑張っては居るけど、あの兵隊の魔法攻撃が苛烈過ぎて近寄らせてすらもらえない」


 ……そうなんだよね。

 マシンガンとかバズーカも持ってるし、さすがに近寄れないでいる。

 倒しても倒しても、減ったように見えないし、戦車も飛行機も壊したと思ったら、いつの間にか新しいのが出てくるからホントにキリが無い。


「……ムオーデル、ね。それもの世界の武器を持っている。確かに厄介な相手。でもね……だから私が来たんじゃない」


「カタリナ、何か作戦が有るの? ヒデちゃんが大変なら助けに行きたい。でも、ここも放っておけないもん」


「数には数よ。良い? 今から敵を包囲する恰好でガーゴイルやクレイゴーレムを作るわ。あくまで囮。敵の攻撃が分散したら、とにかく一斉に攻撃するの」


「なるほど……それならエネアさんも攻撃に加われるかもしれませんね。了解しました。私は自警団の人達にも作戦を周知して来ます。カタリナさん、少しだけ待ってて下さいね?」


「あ、そっか。いきなりゴーレムとかガーゴイルが出たら、皆が敵と勘違いしちゃうもんね。沙奈良ちゃん、お願い」


「サナラ、よろしく。なるべく急いでよ?」


 カタリナにしては珍しく焦っている。

 それだけヒデちゃん達が危ないのかもしれない。

 沙奈良ちゃんとカタリナに加えて、エネアが魔法で攻撃してくれるのは大きい。

 大規模な魔法を使わせたら、カタリナ、トリアの次に凄いのはエネアだし……。


「アイ、今のうちに肝心なことを話しておくわね。ムオーデルは、核になる個体を倒さない限り延々と湧き続けるわ。私達の世界のムオーデルの核は将軍の姿だから、一目瞭然なんだけど……皆が同じ服を着ているから、私達じゃ見分けが付かない。アイはどれが核か分かる?」


 エネアも同じこと言ってたっけ。

 たしか階級章とかってのが有るハズだけど、ここからじゃよく分からない。


「分からないよ。オタクな人なら分かるのかもしれないけど……」


「オタク? どういう意味? 私達の世界には該当する言葉が無いみたい」


「仕事じゃ無いのに趣味で専門家なみに詳しくなっちゃった人……かな?」


「……何となくは分かったわ。じゃあ、やっぱり手当たり次第に倒すしか無いのね。エネア、出し惜しみは無しでいくわよ?」


「そうね、そうしましょ」


 ……よし。

 私も、いざとなったら取って置きを使う覚悟をしておこう。

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