第279話

「試してみたいことが有るんだ。合図をしたら一時的にで良い。攻撃のペースを最大限に上げてくれ」


『……ヒデ? 分かった。何か思い付いたんだね』


『主様、了解なのですニャ』


「ヒデも私と同じ見解かしら? そうね、私も了解」


 恐らく皆、話の流れで目の前の男とトリアの言う蛇龍との間に、何らかの関係が有るということ自体は気付いている筈だ。

 それを確かめる方法にまで思い至ったのは、トリアだけかもしれないが……。


「よし、頼む!」


 マチルダが矢を放つ。

 あらかじめ魔法付与した矢を雨霰と降らすのと同時に、弓から無属性の魔力で編まれた矢を放っていく。

 その魔力消費量は恐らく膨大なものだろう。

 矢の軌道は曲線。

 無属性の魔力矢は直線的な軌道のまま、超速で蛇王に迫る。


 トムはあちこち動き回りながら、苦無くないやチャクラムに魔法付与して投げ付けていく。

 マチルダとの違いは、マチルダの付与する魔法があくまで矢の威力を増すことに特化しているのに対して、トムのそれは武器の軌道を変えることや飛翔速度を増すことにも使われていることだろう。

 もちろん、マチルダのものと同じように威力だけを倍加させることもしているが。

 そして忙しく動き回りながらも、多種多様な魔法を放ち続けているのは、さすがはトムと言ったところだ。


 トリアはある意味で最も単純な手法で、オレのオーダーに応えた。

 一撃一撃の威力を下げ、とにかく魔法を撃ちまくったのだ。

 結果的には、これが最も効果的だった。

 マチルダの矢の乱れ撃ちや、トムのトリッキーな動きにも対応してのけた蛇王はさすがだったが、トリアの魔法乱射は実に蛇王の特性を突いた策だと言える。

 それら全てに対して迎撃の魔法を適切に放って打ち消していくスタイルを崩さなかった蛇王だが、トリアが純粋に手数を増やすことに専念したことで、ついに被弾を許した。

 もちろん速射性能のみを追及した魔法で有るからには、大した威力は無い。

 実際、トリアの魔法を食らった蛇王は微動だにしなかった。

 それにしても完全に無傷ということは、蛇王の魔法への抵抗力はかなりのものなのだろう。

 しかし、それによって僅かに蛇王の集中力が途切れたのも事実なら、一瞬とは言え意識がトリアに向いたのも事実だった。


 オレが欲しかったのは……その一瞬だ。


 しっかり両肩の蛇の頭の向きも確認したうえで【転移魔法】を発動させたオレは、蛇王の頭上に飛ぶ。

 そしてそのまま、左手に握り締めていた細い針を【投擲】した。

 突然姿を消したオレを探して左肩の蛇が背後に振り向いたが、生憎と今度は背後ではなく頭上だ。

 オレの投げた『針』は蛇王の後頭部へと突き刺さり、次の瞬間には頬の辺りを穿ちながら貫通していく。

 すかさず槍を構え、トドメを刺すべく頭上から突き掛かっていったオレだったが、あと一歩のところで飛行魔法を唱えた蛇王に空へと逃げられてしまった。


 ──ポタリ。


 蛇王が頬から流した血液が地面に落ちる。

 その刹那の攻防。


 地面に落ちた黒々とした血液は、着地したオレの目の前でウゾウゾと蠢きはじめたかと思えば、次の瞬間には爆発的な体積の膨張をみせた。

 慌てて飛びのいたオレだったが、結果的にその判断は間違っていなかったと思う。

 漆黒のサソリが深々と地面に尾針を突き刺して居たのだ。

 つい先ほどまでオレの立っていたところに……。


『ウニャ!? 血が魔物に化けたのですニャ!』


『何よ、それ……反則でしょ』


「トリア、どうやら正解だな」


「……こればかりは外れていて欲しかったわ」


 見ているだけでも根源的な恐怖心が掻き立てられてしまうような姿の漆黒の魔物達が、蛇王が流した血液の分だけ……それこそ無数に現れている。

 サソリ、ワニ、クモ、ヘビ、毛虫、トカゲ、ムカデ、カメ、ゲジゲジ……虫と爬虫類のオンパレードだ。

 全てのモンスターが、見るからに毒々しい。


「決まりね。三頭の蛇龍。最悪の邪龍……

 サウザントスペル」


 ……あれ?

 オレが思ってたのと違う名前が出てきた。

 しかし特徴的には完全に一致している。

 オレがトリアの話を聞いて思い出した名前は、アジ・ダハーカ。

 千の魔法を使いこなし、いくら傷付けても死なないどころか、傷口から自らの眷族を産み出し続けるという邪龍だ。

 ダンジョンや探索者に興味を持ったオレが、趣味が高じて伝説上のモンスターを色々と調べていた際に目にした名前。

 こんなのがダンジョンに出てきたらだよなぁ……と思っていたモンスターのうちの1つだった。


 しかし宙に浮かび上がったままの蛇王は、未だその邪悪な正体を現すことをせずに、悠々と眼下を睥睨している。

 変化と言えば、背中からドラゴンというよりは悪魔のそれに似た、酷く醜悪な翼を広げていることぐらいか。

 いや、先ほどオレがアダマンタイトの針で傷付けた傷口も、いつの間にか癒えていた。

 代わりに襲い掛かって来たのは、血液が姿を変えた魔物達。


 サイズ的にはジャイアントスコーピオンや、グラトンコンストリクター(大食らいの蛇)のようなオレ達がこれまで……いや、今日も山ほど倒してきた同じ生物を元にしたモンスター達とあまり変わらないのだが、中身は全くの別物だ。

 マチルダの光の矢を受けても、トムの特大のファイアボールを受けても、トリアの氷の精霊魔法を受けても、大半の魔物はそのまま突き進んで来る。

 オレは早々に魔法戦を諦め、槍で魔物の大群に立ち向かう。

 弓をライトインベントリーに収納し、マチェットを手にしたマチルダと、同様に『空間庫』から得意の鎖鎌を取り出したトムも続く。

 トリアは蛇王本体に魔法で執拗に攻撃をしているが、どうやら目的は牽制のようだった。


 幸い【神語魔法】の付与された槍で急所を貫かれてなお無事でいられたモンスターは皆無だったし、アダマンタイト製に更新されたマチルダのマチェットも、トムの鎖鎌も立派に通用している。

 魔法への抵抗力は本体の影響か異常に高いようだが、武器で戦う分には何とか倒せるみたいだった。

 いや、それさえもアダマンタイトありきなのかもしれない。

 実際、トムが投擲した手裏剣のような武器は全く通用していなかった気がする。

 柏木さんが急いでオレ達の主要武器をアダマンタイト化してくれた甲斐は有ったようだ。


 問題はこれらのモンスターが、倒した後も瘴気となって暫くそこに蟠り続けること。

 あくまで分体に過ぎないことだろう。

 さらに言えば、こうしてオレ達が戦闘を長時間続けることが、今回の防衛戦全体に与える悪影響は計り知れない。

 何しろ本体をどうやって倒したら良いのか、いまだに何も思い付かないのだ。


 ……どうする?


 どうやったら『アレ』を倒せる?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る