第278話

 彫りの深い精悍な顔立ちの男。

 豪奢な衣服に身を包み精緻な意匠の王笏を右手に持ち、悠々と立つ姿は貴人そのもの。

 一見すると優雅な立ち姿のまま微動だにしていないかにも見えるが、よくよく見れば頻りに口をモゴモゴと動かしている。


 トリアが放つ魔法に対して男も魔法を放ち対抗しているのだが、驚いたことにトリアの魔法を打ち消してなお、男の魔法はトリアやマチルダを正確に追尾し、2人がそれを必死に回避する展開が続いていた。

 銀狼化したマチルダでさえ、先程から全く近付けていないのだから相当なものだ。


 これが、さっきからオレが【遠隔視】で視ていた光景。


 トムと共に男の背後に転移したオレは、まず問答無用で魔法を放ち、次いで投擲武器を次々に投げつけた。

 トムも瞬時に状況を把握し、音響魔法で無関係なところに破裂音を鳴らしたり、幻影魔法でドラゴンの姿を投影したりと、撹乱を試みる。

 最近のトムの十八番おはこだ。

 マチルダもトリアも慣れているし、オレ達の来援にも気付いていたため、それで逆に2人が集中を乱すようなことは無かった。


 しかし……それは男も同じだ。


 両肩から生やした蛇の頭の片方が、背後に転移したオレ達の姿をしっかりと見ていた。

 トムの撹乱にも動じず、オレの魔法や投擲武器も男の魔法に妨げられて、どちらも目的を果たすことが出来ずに終わる。


『ヒデ、後ろ!』


 マチルダの焦ったような声に振り向くと、先ほどまで何も無かった筈の背後に、巨大な氷柱が迫っていた。

 慌てて前宙の要領で躱したが、今のは少し危なかった。

 こないだのヘカトンケイル戦を彷彿とさせる出来事だ。

 トムと共に再び【転移魔法】で、マチルダとトリアのもとへ飛ぶ。

 奇襲が失敗したとしても、包囲しながら戦うつもりだったが、ちょっと情報が足りない。


「マチルダ、今のは?」


『たまにああやって、何も無いところから魔法が飛んで来るんだよ。私も最初にアレで大怪我しちゃったの』


 生憎その場面はオレの意識の外だったようだ。

 ちょうど、トムと話していた時かもしれないな。

 まだまだ【遠隔視】の多重視野を活かしきれていないのは自覚している。


「そうだったのか……トリア、アレ何なんだ? そっちの世界の存在か?」


「私も分からないわ。あんな規格外のスペルキャスターは見たことも聞いたこともない」


 スペルキャスター?

 呪文詠唱者、って意味だったかな?

 確かに魔法の同時行使数も威力も連射技術も半端なものではない。

 トリアを圧倒しながら、本気のマチルダさえも寄せ付けないほどの魔法使いは、オレ達の中には1人も居ないだろう。

 魔法行使技術に最も長けたカタリナでさえ、トリアを完封することまでは不可能だ。

 オレとトムが合流してようやく互角。

 こうして話しながら戦えるのも、ヤツが今は受けに徹しているからに過ぎない。

 新たに戦列に加わったオレとトムの実力を見極めようとしているのかもしれないが、表情を見ている限りは余裕がかなり有りそうだ。


『まさか、そんなハズは……ニャいですよニャ』


「トム、何か知ってるのか?」


『初まりのケット・シーの伝説に出て来るのですニャ。例の優しい男の子が悪い王様に捕まって、それをご先祖様が助けに行く話なのですけどニャ……悪い王様の肩の蛇に男の子の友達が食べられてしまうのですニャー』


「トムの伝説にそんなの有ったかしら?」

『私も、それ知らない』


『男の子も同じ日に食べられてしまうハズだったのですニャ。そこをご先祖様が命からがら連れ帰るのですニャー。ご先祖様の冒険は、その時に負った傷が元で終わりを迎えるのですニャ』


 例のおとぎ話か……いや、トムの一族にとっては、先祖の偉業を伝える伝承という扱いだったな。

 おとぎ話に残っていない話が子孫にだけは伝わっていたとしても別におかしくはない。


「トム、それ詳しく聞かせてくれないか? もちろん戦いながらだけどさ」


『それは構わニャいですが……主様、アレがソレとは限りませんニャ?』


「まぁな。でも、何も情報が無いよりはマシだろ?」


『了解ですニャ。悪い王様は元々、類い稀な名君として……』


 ◆


 ……何だ、そのバケモノ。


 トムの話を聞き終わっての率直な感想だ。


 賢明な小国の王が、困窮する他国の民に乞われて義憤から軍を起こし、悪政を敷く大国の王を打倒したところまでは良い。

 地球上の歴史にも似たような話は有った気がする。

 しかし、その後が普通ならば有り得ない。

 どこからともなく現れた執事の料理に魅了され、それまで愛玩動物だった生き物や毒々しい生き物まで喰らい始め、ある日それらの料理の褒美に何が欲しいかを執事に問う。

 執事は王の玉体に口付けする栄誉を求め、王も快くそれを許す……オレにはよく分からない価値観だが、まぁここまではまだ辛うじて許容範囲だろう。

 本当に問題なのは、その後の展開だ。

 執事に口付けされた王の左右の肩口から、蛇の頭が生えて来た?

 王の両肩から伸びた蛇が、日に2人の若者の脳髄を喰らう?

 そのために大国の人口が半減する?

 ここまで来ると、さすがにその真偽を疑いたくなるが……地球上の話で無いからには、実話という可能性が多分に有るのが恐ろしいところだ。


 初代トムは、イビルエイプやイビルボアなどの魔物から脳を取り出したうえで調理して差し出し、幻影魔法を用いて王にそれが自分の恩人の脳で有るかのように錯覚させた。

 蛇は美味そうにそれを喰らっていたというが、初代トムの料理に興味を惹かれた王が蛇から僅かに料理を奪い口にしてしまう。

 謎の執事から、ありとあらゆる生き物を材料にした料理を振る舞われた王だ。

 当然のようにそれが魔物の脳であることを見破り、探知魔法と飛空魔法を用いて初代トムと優しい若者を追いかけて来る。

 初代トムは勇敢に戦うが力及ばず、若者が一緒に連れて逃げた友人が犠牲になってしまい、初代トムも酷い傷を負う。

 友人が蛇に喰われている間に、どうにか逃げ延びた初代トムと優しい若者。

 優しい若者は蛇王を打倒するため冒険に旅立ち、初代トムは傷が治らず静かな余生を過ごす。

 蛇王は後に若者とその仲間達によって、地の底に封印された。


 そこまで聞いたトリアは、急に心当たりを思い出したようだ。

 別の英雄伝説として残っている物に酷似しているらしい。

 ただし、蛇というのは共通しているが英雄が対峙した魔物は全くの別モノ。

 蛇龍とでも言うべき強大な魔物を地の底に封じた英雄の話なのだという。


 目の前のコレが、もしソレだとしたら……

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