第275話

 ついに始まった……が、初めはのんびりとしたものだった。


 案外に周囲の守護者達は穏健派が多いのかもしれない。

 それとも理知的かつ狡猾な連中が多いのか……?


 今回のスタンピード対策の要点は、守護者が新しく作る『子ダンジョン』を介して行われる侵攻をいかに素早く察知して対応するか……だ。

 スタンピード開始と同時に領域ギリギリの建物をダンジョン化して、オレの支配領域に侵攻して来たのは僅かな数に留まっていた。

 1ヶ所は兄達が急行し既に戦闘が行われているようだ。

 兄から向かった先を短く伝えるメッセージが、オレのスマホに届いていた。

 ギリギリ攻略が間に合わなかったところだが、どうやら戦意旺盛な守護者が居たようだ。

 他の地域はオレの【遠隔視】で見張っていたり、カタリナのガーゴイルで見張っていたりするわけだが、自警団の手に負えないレベルのモンスターが流入している地域はまだ無い。

 大半はカタリナとクリストフォルスが配した、ゴーレムとリビングドールの防衛線すら突破出来ていないため、モンスターとの戦闘になっている陣地もまだ1ヶ所だけだ。

 しかもそこは右京君や沙奈良ちゃん達が詰めている陣地だし、特に救援の必要も無さそうに思える。

 破られた防衛線も、既にクリストフォルスがシルバードラゴン型のリビングドールを派遣して、手際よく塞いだのがえた。

 シルバードラゴン型を核に持ちこたえている間に、他のゴーレムやリビングドール達も穴に集まっている。

 ここは暫く問題無いだろう。


 オレ達のパーティはモンスターの橋頭堡となっている、子ダンジョンの攻略を担当している。

 便利な戦力のゴーレム達だが、その数は有限だ。

 敵の侵攻ルートは1つでも少ない方が良い。

 子ダンジョンは迷宮とさえ呼べない作りで、階層数も多くて3層。

 階層ボスも居らず、守護者がダンジョン化のために派遣したモンスター達さえ倒せば破壊可能だった。

 大半はそう強い敵も居ないところが多く、瞬く間に攻略が終了していく。


 ◆


『ふぅ……これで、ここも安全ですニャ』


「幾つめだっけ~?」


「7つじゃなかった? ここは少しだけ手応えが有ったわね」


「お疲れ様。ひとまず右京君達の陣地に向かうモンスターは、これで止まるな」


「ヒデちゃん、次は~?」


「ここの子ダンジョンを作った守護者の領域内に逆侵攻。他が安定してるうちに、守護者の手足になるモンスターを根こそぎ間引こう」


「うん!」

『了解しましたニャ!』

「そうね。了解」


 ここの場合、ちょっと珍しい妖怪系モンスター主体の領域だったのがゴーレム・リビングドールの防衛線が突破された主な理由だった。

 妖怪系モンスターの厄介な点は、空を飛ぶヤツらだとか気配を消すヤツらが多いことだろう。

 様々なモンスターの形を模したリビングドールはともかく、一般的なゴーレムでは妖怪系モンスターに対応しにくい。

 もう1種類は虫系モンスターで、こちらも飛ぶ連中が多いため、なおさら対応が難しかったのだろう。

 オレ達が逆侵攻するとワラワラとモンスター達が襲い掛かって来たが、モンスターのランク自体はそれほど高くなかった。

 強い部類でも一反もめんやカシャンボ、ジャイアントスコーピオンやジャイアントマンティスといったところで、先ほどオレ達が攻略した子ダンジョンの最深部に詰めていた木の葉天狗などは恐らく守護者の側近クラスの『取って置き』だったと思われる。

 今がスタンピード中であるからには、かなり短い時間でリポップするかもしれないが、クリストフォルスも同じところを二度も破られたりはしないだろう。

 さすがに親ダンジョン内に踏み入って攻略する時間までは無いが、ここの守護者による再侵攻はもう怖くない。


 怖いのはこれから……だ。


 いまだタイミングを窺っている知性派の守護者が居ないとも限らない。

 事前に打撃を与える役割を担うオレと兄のパーティーが、対応しきれないぐらい一斉に侵攻が開始される可能性も有る。

 それより恐ろしいのは、この機会に他のダンジョンの守護者を降して力を増そうとする守護者が居ないとは、とても言い切れないことだろう。

 青葉城址のダンジョンや、仙台駅周辺のダンジョンを攻略し終えた今、最も恐ろしいのはダンジョン内部のモンスターや、ダンジョン周囲に出現するモンスターよりも、守護者そのものだ。

 どこにどんな守護者が居るかは把握しきれていない。

 マチルダ、エネア、カタリナ、トリア、トム、クリストフォルス……今はオレに力を貸してくれている面々も、元はと言えばダンジョンの守護者だったのだ。

 トリアやクリストフォルス以上の存在が、どこに隠れているか分かったものでは無い。

 腐れバンパイア、悪魔遣いのホムンクルス、野心家のリッチ……自らの力を高めることに熱心な守護者は他にも必ず居ることだろう。

 そうした守護者が力を増しながら襲い掛かって来るだろう終盤戦は、今から覚悟しておく必要がある。


 それから警戒すべきは、やはりイレギュラーだ。

 ドラゴンや巨人クラスのモンスターが湧く地域は、既に近隣には残っていない。

 そのためイレギュラーが発生してもジズのような破格のモンスターは、もう出て来ないなのだが、それも絶対では無いだろう。

 塵も積もれば山となる……では無いが、元になるモンスターが大して強くなくとも、イレギュラーを構成する渦の数が多くなれば、ジズを上回るバケモノが生まれ出て来ないとも限らないのだ。

 そうした規格外のモンスターも、オレや兄の居るところに現れれば、恐らく倒せることは倒せると思う。

 今のオレ達は、それほどに強くなっている。

 問題は、その戦闘に要する時間の方だ。

 仮に1時間そういったモンスターに掛かりきりになってしまった場合、その間に各地でモンスターの侵攻を許すことになってしまう。

 その全てに対応しきることは恐らく出来ない。


 緒戦はオレ達が優勢と言って良い状況にも拘わらず、オレに事態を楽観視する余裕は全く無かった。

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