第274話
「いよいよ明日だね~」
「あぁ。やるべきことは、やり尽くしたと思うんだけど……なんか、やっぱり不安だな。何が不安かって聞かれると、具体的には何も出てこないんだけどさ」
スタンピードを明日に控えて、打ち合わせを兼ねた夕食を皆と共にしたオレ達は、久しぶりに夫婦水入らずで話をする機会を得た。
まぁ、明日は早起きする必要性も有ることだし、あまり長々と喋っているわけにもいかないが、たまにはこういう時間も良いだろう。
「ヒデちゃんは頑張ってたよ。ずっと、ずっと頑張ってた。もうそんなに頑張らなくても良いよ~って、何回も言いそうになったぐらいなんだから。大丈夫、絶対に勝てるよ」
「うん、オレも明日は勝てると思ってる。しかし……亜衣も本当に強くなったよな。例のスキルを得たからなんだろうけど、大百足の時以来かなりハイペースで成長してる。明日も期待させてもらうな」
「うん、任せて。明日はヒデちゃんより、いっぱいモンスター倒しちゃうんだから」
そう言って楽しげに笑う亜衣の肩を、オレは思わず抱き寄せる。
入居した時から既にベランダに置かれていたベンチ。
4月とはいえ、少し肌寒い。
しばらくの間そうして亜衣の体温を心地よく感じながら、黙って星を見ていた。
◆ ◆
「じゃあな。そっちもしっかりやれよ?」
「兄ちゃんもね」
酷く気楽な様子で兄が出掛けて行く。
兄とオレは、それぞれ主力メンバーを率いて南と北とで分かれて遊撃部隊となる。
兄に同行するのはマチルダとトリアとカタリナ。
オレと共に行動するのは亜衣とエネアとトム。
もとより、これまでに得た支配領域の全てを守るつもりは無い。
それをするには圧倒的に戦力が不足しているのだ。
最終防衛ラインを境界線の数km手前に設定し、佐藤さん率いる自警団の面々を配して要所に陣地を構えモンスターの侵入を排除する。
ここ数日、どこに防衛線を張るかで意見が交わされたが、それなり以上に満足のいく場所が見つかっていて、急拵えではあるが陣地構築も完了していた。
河川に掛かる橋だったり、山あいの細い道路を活かしているわけだが、どこもかなり本格的な造りになっている。
元々の自警団のメンバーはもちろん、戦闘向きではない地域住民や避難民の中にもそれなりの人数、ユンボやユニックぐらいなら扱える人が居たのが大きい。
東西南北それぞれの防衛陣地に指揮官役が務まる人材を配置しなくてはならないので、元々の自警団のリーダーである佐藤さんと、普段から佐藤さんの補佐役を務めている星野さんに加え、父と右京君が最終防衛ラインに残ることになった。
父はともかく、年齢の若い右京君が指揮官役をするのは少し不安に思えるかもしれないが、そこは元ダン協職員の森脇さんがサポートしてくれる手筈になっている。
森脇さんも何だかんだで戦歴が長く、自警団の中心メンバーになっているようだが、性格的に少しばかり度胸に欠けるため、見た目によらず負けん気の強い右京君とは良いコンビになりそうだ。
まぁ、オレが本当に期待しているのは、右京君と森脇さんより、実は沙奈良ちゃんだったりするのだが、それは言わぬが花というヤツだ。
自警団の面々だけではどうしても戦力が分散する分、久方ぶりに警官隊も力を貸してくれることになっている。
そして……カタリナはオレの期待以上のことをやり遂げた。
気難しそうな印象しか無かったクリストフォルスだが、カタリナとはその研究者気質が似ていたためだろうか、ほんの数日ですっかり意気投合していたのだ。
そのカタリナ自身と、クリストフォルスが作製したゴーレムやリビングドールの数々は、防衛陣地の更に手前を円形に守ってくれることになっている。
特にクリストフォルスが作ったリビングドールのシルバードラゴンは、自警団の背後に構えて万が一に備えることになった。
そうした魔法生物達の本陣として、最寄りのダンジョンのマスタールームをクリストフォルスに提供したため、本当にいざという時はクリストフォルス自身の参戦も要請することが出来る。
これは嬉しいことにカタリナを通して本人が申し出てくれた。
曰く……
『カタリナさんにまだ教えるべきことが残っているので、今回に限り手を貸します』
……ということらしい。
何だかんだで今後も力になってくれそうな気がしているのだが、今回はクリストフォルスが前線に出なくて良いようにしなくてはならないとも思っている。
それは防衛戦への協力を申し出てくれた、他の守護者達にも言えることだ。
必要と有らば戦って貰うが、彼らが矢面に立つ時は、すなわち防衛戦が敗色濃厚なことを意味している。
あくまで万が一の際の予備戦力として扱うべきだろう。
彼らの中には、人とかけ離れた容姿の存在が多く含まれている。
そうした意味でも、可能なら彼らの力を借りずに防衛戦が終わるに越したことは無いのだが、そうも言っていられない状況に追い込まれないとも限らないため、彼らが控えていてくれること自体が心強いことは間違いない。
自警団の手に負えないだろうモンスターを排除して回るのが、オレと兄のチームということになるわけだが、機動力という意味ではオレ達に比べると兄達はかなり不利だ。
今さら言わずもがなのことでは有るが、オレの【転移魔法】は移動手段としては格別の性能を誇る。
今回、カタリナを兄のチームに入れたのは、この問題を少しでも緩和するためだった。
カタリナの創った、ワイバーンを模したリビングドールを兄達の移動手段として使う。
もし何らかの事情でそれが壊れても、カタリナさえいれば修復や、同様のモノがすぐに出来る。
クリストフォルスのお墨付きだ。
カタリナ、トリアは高所を特に苦にしないようだし、マチルダに至ってはスピード狂の気が有るようだが、兄は最初かなり苦戦していた。
それでも本番に間に合わせるあたりは、さすがだと思う。
オレが【遠隔視】で得た情報や、カタリナの作製したガーゴイルの偵察部隊が目の役割を果たすわけだ。
「さぁ、そろそろオレ達も行こうか」
「うん!」
『はいですニャ』
「えぇ」
決戦の時は……近い。
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