第261話

「いよいよか……」


 兄が、いっそ凶悪にさえ見えるような表情で苦々しく呟く。


 オレの聞いた話を皆に相談した。

 一様に顔を曇らせ、事態を重く捉えているようだ。


「具体的にはいつになるんですか? ヒデさん」


 沙奈良ちゃんも続けて口を開く。

 オレは管理者権限を持っているため、スタンピードの発生時期を知り得る立場だ。

 管理者権限を得てからは、影響下に置いたダンジョン全てスタンピードそのものを実施しない設定にしてあるが、発生日時そのものは知っている。


「次は一週間後だね。それまでの間に少なくとも、青葉城址のダンジョンと仙台駅周辺のダンジョンは攻略しておく必要が有ると思う。ジズ級のイレギュラーはもう発生しない筈だけど、普通のドラゴンや巨人系のモンスターだって、オレ達以外の手には余るだろうし……」


「そうだね。その方が良いよ。この際だから出来るだけ危ないとこ減らそ」


 亜衣もやる気になっている。

 今回のコレさえ凌げれば、恐らく当面の脅威は無くなるだろうし、その意気込みも当然かもしれない。


「そうなると……編成はどうする? カズとヒデとで手分けするか? 青葉城のダンジョンは深いという話だしな」


 父がオレの言いたいことを先回りしてくれた。

 そう。一週間しか無いからには、泊まり込みで攻略すべき青葉城址のダンジョンに挑むパーティとは別に、仙台駅周辺のダンジョンを攻略するパーティも必要になる。

 順当にいくなら、オレと兄とで手分けをするのが最も効率的だ。


 暫く、ああでもない、こうでもないと意見を交わした結果……


 オレと共に青葉城址のダンジョン攻略に向かうのは亜衣、トム、トリア。

 兄と共に仙台駅周辺のダンジョンを攻略して回るのが父、マチルダ、カタリナ。

 そして、防衛上ここはスタンピード前に影響下に置いておくべきだという未攻略ダンジョンを、スピード重視で制圧していくパーティとして柏木兄妹、エネア。

 

 以上の3チーム編成で臨むことになった。


 時間は有限……ならば、必要以上の戦力を投入してパーティの人数を増やすよりは、確かにこの編成の方が有効だろう。

 3チーム目のリーダーは右京君ということになっているが、実質的には沙奈良ちゃん。

 発案者も沙奈良ちゃんだ。

 確かに、放置しておくには怖い位置にあるダンジョンは多い。

 優先順位の問題で、途中から都市部のダンジョンばかり攻略するようになっていたことの弊害だ。

 沙奈良ちゃんに言われるまで気付かなかったのは、まったく迂闊という他ない。

 念のため、イレギュラー対策としてエネアが同行してくれることになった。


 ◆ ◆


 一夜明け……残り6日。


 オレ達は再び青葉城址のダンジョンを目指していた。

 イレギュラーの発生は無かったし、モンスターの数は度重なる間引きで少なくなっている。

 どうせ攻略中に再発生する分のモンスターまでは手が回らないのだし、徹底的な掃討戦を行う理由は今のところ乏しい。

 さして手間取ることなく、目的のダンジョンへと到達した。


 しかし……見事なものだ。


 青葉城址、青葉城址と連呼していたが、実際のところその表現は、あまり正確なものとも言えない。

 ダンジョン化以来、青葉城址には立派な青葉城そのものが建っている。

 こうした城跡などがダンジョン化した場合などは、在りし日の姿を取り戻した状態でダンジョン化するのだ。

 もちろん完全な姿では無いらしい。

 既に存在した建築物などは、そのままの姿でダンジョンと一体化するため、城が無くなった後に建てられた土産物屋などの建物は現代風の建築様式のままダンジョン化している。

 そのため、本来なら往時にそこにあった建物は排除されたり一部が融合してしまったりしているので、完全に当時の姿そのものというわけにはいかないわけだ。


 要は城の中に入っていく恰好でダンジョン内に侵入する。

 間口は広い。

 ティターンやジズぐらい巨大だと難しいが、ドラゴン系モンスターの大半や、巨人系モンスターの一部は侵入可能だと思われる。

 初っぱなから、これらの戻りモンスターの背撃を警戒しなければならないのは、少し前までのオレ達なら確実に命取りだっただろうし、今も決して油断して良いものでは無い。

 まぁ、ドラゴンや巨人みたいな巨大なモンスターに奇襲を許す可能性は決して高くないが、それでも物事に絶対は無いのだから、警戒して損はないだろう。


 ◆


 そんな当初のオレの心配は幸いなことに取り越し苦労に終わった。


 階層ごとの広さ、深さ、難易度はさすがに東北地方随一とされるだけのことは有ったが、それもあくまで普通ならば……の話。

 雑多な戻りモンスターの中には初見のヤツらも多く最初はそれなりに戸惑ったし、第1層から容赦なく配置されているトラップにも苦しめられた。

 初見のモンスター以外は、やたら張り切っている亜衣が殆ど独力で倒してしまったし、トラップを見つける能力に関してはトムが頭一つ抜けている。

 初見のモンスターにはオレが対処するようにしていたが、逆に言えばそれ以外は亜衣とトムとで大半を片付けてくれた。

 オレ以上に暇そうだったのはトリア。

 トリアの力を借りたのは最初の方で、戻りらしきレッドドラゴンと対峙した時ぐらいだった。


 階層ボスは、このダンジョンのメインを占める亜人系と魔法生物系。

 今のところ、外のモンスターとは比べるべくも無いほど弱いモノしか出ていない。

 あまりにトリアが暇そうだったので、リビングソードの大群とボスのリビングタルワール(細身の片刃曲剣)を任せてみたが、闇と水の複合精霊魔法一撃で、瞬時に撃破してのけた。

 リビングタルワールは、青葉城址ダンジョン浅層では最強の階層ボスで、かなり熟練した探索者でも近接戦は禁物とされているぐらいには強いモンスターなのだが、そもそもリビングタルワールの魔法抵抗力が低いのか、トリアの魔法が凄いのか、あるいはその両方か……会敵してすぐ錆びた鉄屑に変えられ散ってしまったのだ。

 リビングタルワールを撃破し、序盤の区切りとなる第15層をクリアしたことで、しばし階層ボスの部屋で小休止ということになる。

 時刻はいまだに昼前。

 事前の想定よりかなり早くここまで到達できたことで、皆の表情も明るい。


 そして……ここで小休止を取ったことで、オレ達は意外なモノを見つけることになったのだった。

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