第251話

 地面に無様な姿勢で叩きつけられたシルバードラゴン。


 手も足も出ない……ついでに翼も尾も出ないように徹底的に縛った。

 オレの魔力はかなりの量に達しているが、それを惜し気もなく注ぎ込んだため強度も充分。

 ジタバタともがいているが、どうやらまともに身動きすら出来なくなっているようだ。

 最も厄介なブレスを封じるべく、ワニのような形状の顎は特に念入りに拘束していた。


 皆、ここぞとばかりに一斉に魔法を叩き込んでいく。

 あっという間に瀕死と言っても、差し支えの無い状況にまで追いやられるシルバードラゴン。

 何ならあと一撃でも多く魔法が放たれていたら、そのまま為す術も無くシルバードラゴンは白い光に包まれていたことだろう。

 ……しかし、ここでオレ達は想像もしていなかった反撃に遭う。


 鼻息だ。


 竜の吐息はすなわちブレスに他ならない。

 それが青息吐息だろうと、鼻息だろうと……息は息だ。

 そしてここで初めて放たれたシルバードラゴンの隠し玉は、まさかの麻痺ブレスだった。

 瞬時に転移した兄は事なきを得たし、マチルダもギリギリのところで地面に伏せて回避に成功。

 避け損ねたのは妻とエネア……と言うよりは2人を護るべく立ち塞がったオレだった。

 オレの持つ【護衛の心得】や【竜身ドラゴンボディ】などの防御スキルだったり【状態異常耐性】や【麻痺耐性】などの耐性スキルをもってしても、シルバードラゴンの意地の一撃の前にあと一歩及ばず、生まれて初めて全身が麻痺するという経験をしてしまう。


 オレが麻痺したことでシルバードラゴンを縛っていた無色の網は解かれてしまい、ヤツに行動の自由を許すところだった。

 ギリギリのところでそれを防げたのは、再び転移してシルバードラゴンの眼前にまで到達した兄の怒りの一撃が、とうとう白銀の竜の命脈を断ち切ったからに過ぎない。

 シルバードラゴンは今まで相手してきたドラゴンより、確実に上位の存在だった。

 それは生命力や飛翔速度、ブレスの威力などを比べれば明らかだが、それ以上にハッキリとした違いは、オレに流れ込んで来る莫大な量の魔力だ。

 ポイズンジャイアントも相当なものだったが、シルバードラゴンのソレはそれこそ桁が違う。


 結局、シルバードラゴンを倒したことで奪った魔力にられて気を失ったオレが目覚めたのは、既に空が薄暗くなり始めた夕刻のことだった。


 ◆


「あっ! ヒデちゃん、大丈夫? もうシビれて無い?」


「……亜衣。え! 今、何時ぐらい?」


「もう5時過ぎだよ。凄かったね~、あのドラゴン。それはともかくさ。ヒデちゃん、体は大丈夫なの?」


「……あぁ、勝てたのは運が良かったんだろうな。身体は……うん、痺れも残ってないし、痛いところも無いっぽいな。あ、でも……」


「でも、何?」


「かなり腹が減ってる」


「あはは。だろうね~。晩御飯の時間も近いし、軽く食べるぐらいにしときなよ?」


「そっか、軽くお茶漬けでも食べよっかな」


「うん。準備するから待っててね」


 妻が居なくなった自室。

 居間の方向から息子達の楽しげな声が聞こえる。


 あの時、シルバードラゴンは逃走を優先して麻痺ブレスを放ったのか、それともあくまでオレ達を倒すための起死回生の一手として麻痺ブレスを選択したのかまでは分からない。

 正直なところ、冷気のブレスならばオレは何とか耐えきる自信が有った。

 だからこそ回避よりも妻とエネアを護ることを咄嗟に選んだわけだが、もしかしたらそれすらもヤツの手の内だったのかもしれない。

 急激に強くなった弊害か、オレは手中に収めた力をまだまだ十全に使いこなせていないのだと痛感させられてしまった。


 ならばどうするべきか?

 ……もう1回だけ、ワガママを通すべき時が来たのかもしれないな。


「ヒデちゃん、お待たせ~」


「ありがと。お、ワサビ茶漬け。まだ有ったんだな」


「うん、これがラスイチだよ。こっそり取っといたんだ~」


「……頂きます」


 少し熱いが食べられないほどでもなかった。

 鼻にツーンと来るワサビの香り。

 注がれたお湯の量も丁度良い。

 暫くは箸が止まらなかった。


「美味しそうに食べるよね~。信じらんない」


 妻は辛いモノ全般が苦手だ。

 ついでに言うなら酸っぱいモノも駄目だし、納豆以外のネバネバも嫌いときている。

 特にワサビは大の苦手で、寿司屋ではわざわざサビ抜きを注文するぐらいだった。


 寿司かぁ……真似事ならともかく、いわゆる本物の寿司はもう食べられないのかもしれないな。

 どこかに職人さんが生き残ってたりしないだろうか。


「亜衣も食べる?」


「ヤだ。ムリ」


 ……懐かしいやり取り。

 思わず顔を見合せて笑う。

 オレ達の笑い声につられたのか、息子がトタトタと音を立てながら走って来た。

 ドアを器用に自分で開けて、ニコニコしながらこちらを見ている。

 招き寄せて高い高いをしてあげると、妻に良く似た満面の笑顔でキャッキャと声を上げてくれた。


 ……うん、やっぱり頑張らないとな。


 ◆


「……何で、そうなるんだ?」


 兄が怒ったような、呆れたような顔でオレに問いかける。

 兄のこの顔も、最近は見慣れてきた。


「ワガママなのは承知のうえだけど……必要なことだと思うから、かな。今のままだと、どっかで致命的なミスしちゃいそうだしね」


「必要なこと……か。確かにな。でも、それは何もお前だけの話じゃないだろ? 皆、昨日今日で急に得た力を持て余してる。上手く使いこなせていない。オレも含めてな」


「うん、それは分かってる。だからこそ、だよ。どうせだったら、とことん上積みしてから慣らした方が良いよ。そのための単独行動でも有るけど、今のままだと本気で危ないと思う」


「……そりゃ、どういう意味だ?」


「兄ちゃんだって分かってる筈だよ? 誰かを守りながら戦うことは難しい。ゲームじゃあるまいし、盾役なんてやったら即おしまい。手にした力が身の丈に合ったものなら、助け合って戦う方が良いかもしれないけど、今はそのあたりがいびつだろ?」


「だからって! ……だからと言って、お前だけが今ここで無理をする必要が有るのか?」


「今だからこそ……だよ。多分もう、そんなに時間が無い。のんびり慣れていくヒマは無いと思う」


「勘、か?」


「勘だね。いや、もしかしたら【直感】の方かも?」


「分かった」


「……ありがとう」


「勘違いすんなよ。本当にお前の言い分が正しいと認めたワケじゃない。お前がテコでも引かないのがだけだ」


「うん。分かってる。いつも、ごめん」


「謝るぐらいだったら無茶すんな」


「……だね」


 どちらからともなく噴き出す。

 この兄とは、いつもこうだ。

 ハタから見たら喧嘩しているように見えるのかもしれない。

 オレ達なりのコミュニケーションなのだが……。

 大概いつも兄が折れてくれる。

 兄は心配性だが、いつもオレに甘い。


 明日、オレは久方ぶりに単独で行動する。


 仮初めの力を本当の意味で、自分のモノとするために。

 兄とこうして、いつまでも笑い合えるように……。

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