第200話

 よし!

 今回はオレ達の作戦勝ち……って、嘘だろ!?


 確かに首を両断したというのに、それでもデュラハンの乗る戦車の疾走は止まらなかった。


 コシュタ・バワー(首無し馬)達が健在なため、彼らに牽かれている戦車だけが、主たるデュラハンを失ってなお走り続けている……というのなら分かる。

 しかし、そういうわけでも無さそうだった。

 オレが回避に成功したランスを引き戻して、改めて構え直し、今度は兄にその切っ先を向けているのは、他ならぬデュラハンなのだ。

 両断された首と同時に、首を抱えていた左腕も肘の上あたりから失っているというのに、残った右腕で放つ刺突は恐ろしく鋭いものだった。


 散々に撃退し続けたレッドキャップなどの同系統のモンスターが、人間とあまり変わらない弱点を有していたため油断していたのかもしれない。

 そもそもレッドキャップと、デュラハンとでは同じように考える方が間違っていたのかもしれないが、頭部を両断されて尚ピンピンしている存在というのが、そもそもオレの理解の範疇から外れているのだ。

 まぁ、元々が首と胴体が離れた状態のまま活動しているモンスターなのだから、そもそも常識の範疇にいないと言ってしまえば、それまでではあるのだが……。


 完全に虚を衝かれたため、兄は危うく胸部に風穴を空けられてしまいそうなところだったが、人狼化したマチルダが横からタックルするような格好で兄を地面に突き倒し、間一髪のタイミングで事なきを得た。

 なおも進撃を続けるデュラハンだったが、エネアのことは完全に無視している。

 まるで興味が無いかのように……。


 そのまま戦車は回頭して、再度の突進を仕掛けて来た。

 狙いは……今度も兄だ。

 マチルダやカタリナにも、あまり興味を示していないのか?

 あくまでもの対象としているオレ達兄弟を狙っているのかもしれない。

 必殺の一撃が結果として不発に終わってしまったショックから立ち直った兄は、刀を八相に構え直してデュラハンの到来を待っている。

 兄から距離を取ったマチルダは、デュラハンよりもむしろ戦車を牽いている首無し馬を狙って、人狼の姿のまま頻りに矢を放つ。

 エネアは瞑目して、何かしらの魔法を放つ準備に専念しているようだ。

 反対にカタリナとオレは、兄と連携が取れる位置まで接近し、それぞれの得物を構えながらも火魔法による遅延を試みる。

 今度はカタリナが防壁の魔法。

 オレが攻撃魔法だ。


 デュラハンの乗る戦車を牽いていたコシュタ・バワーのうち1体が、それでようやく白い光に包まれて消えていったが、既にスピードが出ている戦車が止まったわけでもない。

 カタリナが曲刀、オレが槍で左右からデュラハンを迎え撃つものの、手綱らしきものを操っているようでも無いのに、上手く間をすり抜けられてしまった。

 かろうじてカタリナの曲刀が、デュラハンの右肩に僅かな切り傷を作ったぐらいだ。

 兄は依然として八相の構えを崩さぬまま、静かに待ち構えている。

 納刀こそしていないが、まるで居合いの達人のような佇まいだ。


 そして……両者が交錯するその瞬間。

 兄が酷くスローモーな動きで身を捩りながら、何の力みも無く繰り出した斬撃が、デュラハンの戦車を牽いていた首無し馬を更に1体撃破した。

 さらにエネアの放った精霊魔法が、戦車の車輪の通過する一帯を瞬時に泥濘に変える。

 たちまち横転する戦車。

 投げ出されるデュラハン。

 兄はデュラハンの攻撃で頬を深く裂かれてしまっていたが、それでも不敵に笑いながらデュラハンに向かって駆け寄っていく。

 デュラハンも無様に転倒などはせず、華麗に着地を決めて兄を迎え撃つ。

 長すぎて使いにくかったのかランスは放り捨て、代わりに腰にげていた騎士剣を抜き放っての応戦だ。

 単純に剣技だけなら兄に分があるかと思っていたが、デュラハンは決して大振りせずコンパクトに長剣を操り、兄の苛烈な攻めを見事に防いでいる。


 いわゆるフレンドリィファイアを避けるためには、いったん兄に距離を取って貰った方が良いのだが、デュラハンもそれは承知しているのだろう。

 兄が下がる分だけ、デュラハンが前進し、なかなか間合いが変わらない。

 結果として数的優位を活かしきれないまま、デュラハンが徐々に回復していく。

 さすがに両断された首や、切断された腕が再び生えてくるようなことは無かったが、それ以外の目立つ傷は既に無くなってしまっている。


 ジリジリとさせられるような展開が続く。

 デュラハンは意図的に膠着を狙っているように見えた。

 ……が、ここで兄が突然、この場の全員の視界から消える。

 再びの【短転移】だ。


「ヒデ、ここで一気に決めてしまえ!」


 背後から兄の叱咤の声が聞こえた。


 兄に言われるまでもなく、全員が全員、既に準備していたかの様に、大技をデュラハンに向けて放つ。

 オレのエアレイドストームに合わせて、カタリナが無数のファイアボールを放ち、即興の合体魔法で炎の嵐を生み出した。

 慌てて回避しようとしたデュラハンに次々と火矢を放って、その行動を遅らせるマチルダの弓技も一級品だ。

 デュラハンに向かって正確に降り注ぐ火矢の雨は、まるで漫画やアニメの世界の必殺技のようにも見えるが、種を明かせば原理は簡単。

 魔法で着火した矢を単純に高速で次々に、かつ一度に何本もまとめて放っているに過ぎない。

 マチルダ自身の火魔法は、カタリナのものと比べれば大したことはないかもしれないが、なかなか消えない火を矢に宿すことぐらいは可能だ。

 妻のアドバイスを受けて練習していたらしいこの技は、とにかく見た目が実に派手だった。

 要は虚仮脅しの部類なのだが、初見でそれを見抜くのは不可能だろう。


 次々に襲い来る猛火が、デュラハンを灼熱地獄に落とし込む中、最後に勝負を決したのは密かな闘志を燃やしていたエネアだった。

 いや、正確に言えばエネアでは無い。

 いつの間にか、中学生か高校生ぐらいの見た目に変じたアルセイデスの分体。

 彼女の放った魔法は、まさかの光属性と闇属性の複合魔法。

 属性魔法では絶対に成し得ないこの混成魔法を可能にしたのは、森のニンフの真骨頂である卓越した精霊魔法。

 精霊の寵愛をほしいままにし、火の精霊以外ならば属性を問わず使いこなせるアルセイデスだからこそ成せる業だ。


 かなり広大に作られた守護者の間を瞬時に覆い尽くした闇が、瞬く間に収束してデュラハンを完全に拘束し、ハナから収束されたまま権限した光の渦がデュラハンの身体を焼き付くしていく。

 闇が消え失せ、光が収まった時には、デュラハンを包んでいただろう終焉の白光も既に跡形も無くなっていて、その場に残されていたのは妙に小さく、それでいて精巧な造りの宝箱だけだった。


 エネア……実は無視されて怒ってたんだな。

 つくづく敵に回さなくて良かった。

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