第199話

 ここがゴールなのか、それとも先が見えないまま撤退するしか無いのか。

 それは、扉を開けた瞬間に分かった。


 そこに待ち受けていたのは、戦車に乗った首無し騎士。

 いわゆるデュラハンだった。

 戦車と言っても、もちろん機械式の砲塔を備えた現代的な意味での戦車では無い。

 こちらも首の無い馬達が引く、言ってみれば馬車のような見た目のものだ。

 この首無し馬の名前はたしか……コシュタ・バワーとかいった筈だが、それはこの際は何でも良いか。


 デュラハンはバンシーと同じく、その見た目が災いしてアンデッドモンスターと誤認されがちだが、本来的にはかなり高位の妖精で、存在の格としてはアークデーモンや低位のドラゴンなどにも並ぶと言われている。

 そんなデュラハンがモンスターとして現れたならば、戦う力に乏しい人々にとっては災厄以外の何ものでも無い。

 オレ達にしても、勝てるかどうかは非常に微妙と言わざるを得ないほどだ。

 ドラゴンのような巨体で無いだけ、まだマシか。

 もしもデュラハンが単なる階層ボスなら、ここのダンジョンは最寄りのダンジョン以上にと言えるだろう。


 しかし……事前に得ていた情報によると、ここのダンジョンは本来なら一般的な難易度で、階層の広さこそかなりのものだが、階層数自体は全5層止まりの筈だった。

 ここのラスボスというか、元々の守護者はオーガロードである筈で、実際問題オレ達が第5層のボス部屋で相対したのもオーガロードと、その取り巻きのオーガの大群だったのだが、それらを撃破した後いくら待っても守護者が現れないので、仕方なく足を伸ばし続けて第9層まで来てしまったというのが実情だったりする。

 階層数が増えているうえ、4系統以上の種類のモンスターが出現している時点で、ここのダンジョンに何らかの異変が起きているのは明白だろう。

 恐らくは……最寄りのダンジョンがスタンピード後に変貌したのと同じような現象が起きていると見て間違いない。


 それはともかく今はデュラハンだ。

 オレ達がデュラハンの待ち受ける部屋の中に足を踏み入れると同時に、当のデュラハンが小脇に抱えていた自らの首……その閉じられていた両眼が──カッと見開いた。

 さらには、おもむろに首無し馬達の牽く戦車がゆったりと動き出して、こちらに近寄って来る。


『此処をいと尊き御方の御座所と知っての来訪か? く答えよ!』


 何やら大時代的かつ傲慢な物言いだが、妙に似合うから不思議なものだ。

 そして……やはり、か。


「最初は知らずに来訪させてもらった。しかし迷宮に踏み入ってすぐに気付いたのも確かだ。いきなり押しかけた非礼は詫びよう。オレ達は、かの方に謁見を望む者!」


 気圧されぬように声を張り上げたは良いが、何故かデュラハンにつられてオレの口から出た言葉も、どこか古めかしいものになっていた。

 完全に無意識なのだが、オレの両隣に位置する兄とマチルダが必死に笑いを堪えているのが、わざわざ視線を向けなくとも分かってしまい、何とも気恥ずかしい。


『ふむ、何やら訳知りらしいな。しかし、だからと言って、唯々諾々と通してやるわけにもいかんのだ。……そうよな、まずは此の迷宮の守護者たる我と手合わせをして貰おう。力を示せば、あるいは謁見もかなうやも知れぬ』


 ……結局、戦わなきゃダメか。

 まぁ、デュラハンが守護者で確定したのは正直に言って有難い。

 どのみち会話にならなければ、戦うつもりではいたのだし。


「カタリナ、悪いがオレと一緒に前衛を頼む! 兄ちゃんとマチルダは遊撃。エネアはフォローで!」


 それぞれに了解の言葉を返して位置に付く仲間達を頼もしく思いながら、オレも前へと足を進めていく。

 横にいるカタリナも、背後の3人も、先ほどまでとは様子が違い、明らかに真剣な空気が漂っている。


 デュラハンは、戦車に乗ったまま猛スピードで既に接近して来ていた。

 まずはこの突進を止めないことには話にならない。

 エネアが精霊魔法で、地面から岩で出来た腕を何本も伸ばして馬の脚や、戦車の車輪を掴ませているのが見えたが、いとも簡単に突破されてしまっていた。

 カタリナも両手に曲刀を構えながら、速度重視で魔法を首無し馬に飛ばしまくっているが、なかなか功を奏すところまではいかない。

 まともに止めに掛かっても無理なのだろう。

 保有魔力ではオレが上回っていても、魔法の使い手としてはカタリナやエネアの方が先達だ。

 オレに出来るのは……力業のみ!


 そう開き直ったオレはカタリナよりも更に前に出て行きながら、次々との魔法を放つ。

 デュラハンが操る戦車が、そんなことで止まらないのは先刻承知。

 オレの狙いは僅かにでも進路を逸らすこと。

 1枚で止められないなら2枚。

 2枚でも無理なら3枚……4枚……5枚。

 次々に炎の魔力で出来た壁、闇の魔力で出来た壁、水の魔力で出来た壁、光の魔力で出来た壁、風の魔力で出来た壁、それぞれを無作為に並べ立て、デュラハンが少しでも嫌がる属性を割り出し、さらにそれを連発していく。

 どうやら炎の壁が最も嫌なようだった。

 火属性が他より効き目がマシだと見てとったカタリナも、次々に炎球などの魔法を乱発するようになっていく。

 エネアは味方の援護の魔法に切り換えたようだ。

 僅かにでもデュラハンの進路が逸れたことで、少なくとも兄とマチルダが危険にさらされることは無くなった。

 デュラハンの進む先には、先ほどからカタリナよりも突出する形となっているオレが居る。


 そして、ここまでしっかりとしたお膳立てをすれば……兄が動かない筈は無かった。


 デュラハンがオレに向かって長大なランスを振り上げたのと、いきなり兄が【短転移】でデュラハンの真横に現れたのはほとんど同時だ。


 必死に横っ飛びでデュラハンの凶刃を躱しながらもオレが見たのは、兄の持つ神刀がデュラハンの抱える首を両断する光景だった。

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