第192話

 ……思わず絶句する。


 オレはエネアと、カタリナから預けられた人形と共に最寄りのダンジョンの守護者居室に来ていた。

 温泉街のダンジョンを手中に収めたことで、明らかに変化したように感じる流入魔素量の、実際の数字を確かめに来たのだ。

 守護者となってしまったオレを絶えず強化し続けているのは、通常のダンジョン運営に使用しない分の、いわゆる余剰魔素というモノ。

 これが今までの3倍以上になっていた。

 想定外にも程がある。

 この増加分は明らかに温泉街のダンジョンから得たモノということになるだろう。

 ド田舎ダンジョンから得られる魔素が、最寄りのダンジョンの20分の1程度だったことから、まさかこれ程の増益になるとまでは思ってもいなかったのだ。


 これを分かりやすく言うと、これまではオレがたとえ何もせずに寝ていてもダンジョンから得られる余剰魔素で、腐れバンパイアを倒した時と同程度の『成長』をすることが出来るようになっていたワケなのだが、温泉街のダンジョンからも、モンスターや宝箱のアイテム生成に使われない分の魔素が流入するようになったことで、今後は毎日腐れバンパイア3体分以上の魔素がオレを強化してくれるということになるだろうか。


 サイクロプスやワイバーン等かなり上位のモンスターを、次々に街中に出現させていたほどの魔素産出量を誇る温泉街ダンジョンなのだから、ある意味では当然なのかもしれない。

 しかし数値を実際に目にすることで、嫌でも認識させられてしまったのだ。

 これを続けていくしか無い……と。

 モンスターを倒した時のように、モンスターの存在力そのものをいるわけではないから、ダンジョンから流れ込んで来る魔素で強化されるのは、オレの肉体と保有魔力だけだ。

 新しいスキルを習得したり、既得スキルの熟練度が上がっていったりはしない。

 それでも決して軽視することは出来ない成長要素だ。


 しかし、こうなると疑問も出てくる。


 他のダンジョンの守護者達は何をしているのか……ということだ。

 これ程に自分の能力を高めてくれる要素を皆が皆、一様に無関心でいられるものだろうか?

 訳も分からず連れてこられたらしいマチルダや、エネアの本体であるところのアルセイデスの様に、何が何でも自らの強さを追求したいわけでは無いという者も中には居るのだろう。

 カタリナに関しては、魔法の研究以外には関心が無さそうだったし……。

 だが、腐れバンパイアは明確に違っていた。

 自らの魔力を高め、それによって位階とやらを上げることを目的にしていたように思う。

 なのに他のダンジョンを攻略しようという素振りは見せなかった。

 あるいは、こうしたダンジョンの仕組みについて真剣に知ろうとしていなかったのかもしれないが、それもおかしな話だ。

 少なくともヤツはダンジョンの余剰魔素が、守護者である自らの魔力を高めることを知っていた。


 これは直接聞いた方が早いかもしれない。

 ただ、やはりオレは腐れバンパイアが嫌いだった。

 何より、あの耳障りな声を聞くのが嫌だ。

 まずはエネアとカタリナからだ。


 カタリナ本人を呼び出すべく、カタリナの依り代である人形に呼び掛ける。


「カタリナ、今ちょっと良いか?」


 すると……カタリナの姿を模した人形が、それまでとは明らかに違い、酷く人間的な動きで頷いた。

 カタリナは【瞬間憑依】というスキルを持っているらしい。

 敵と見なした相手に憑依し意のままに操ることも可能らしいが、本来的にはこうして自らの依り代の元に、瞬間的に降りて来るためのスキルなのだという。


『なぁに? 今ちょうど新しい付与魔術の概念について、それはそれは意義の有る思索をしていたところなのだけれど……』


「それは済まなかった。エネアも少し良いか? 実は守護者同士の接触についてなんだが……」


 先ほどまでの疑念を、順を追って話していく。


 すると、見るからに億劫そうな表情だったカタリナも、オレと一緒に余剰魔素量の変化に驚いていたエネアも、興味深そうに話を聞いてくれた。


『なるほど、なるほど。それは確かに気になるでしょうね。実際のところ、私としても試そうと思わないでは無かったのよ。でも……大事な研究を放っておいてまで個人の魔力を高めることに、そこまでの意義を見出だせなかったから実行しなかった。ただ、それだけの話なの』


「エネア……いや、アルセイデスは?」


「一度、キノコの魔物が交渉に来たわね。マイコニドって言ったら分かるかしら? でも、前にも言ったと思うけど、私は自分自身の位階を高める必要性を感じていないし、そもそも交渉で提示された魔素の量も私を馬鹿にしているとしか思えない量だった。そりゃあ、あのまま辺境の迷宮の守護者をしているよりは、まだしもといった程度の気遣いはしてくれていたのだけど……断ったらすぐに侵攻を選んで来たけどね。貴方達が尖兵のマイコニドを片っ端から退治してくれたから助かっちゃったわ」


 あのマイコニド騒動は、兄がサーキット跡のダンジョンに接近したために起こったのでは無かったのか……。

 ひた隠しにしているが、オレが見るに兄はあの一件をいまだに気にしている。

 帰ったら真相を話してあげよう。


 それはそれとして……


「じゃあ、この世界のどこかには、恐ろしいほどの魔力を集め続けているヤツが居るかもしれないっていうことか?」


「それは無いと思う。だって私達は越えられないもの。自らの管轄する領域を。領域と領域の間に横たわる見えない壁を……」


『そうね。領域同士が隣接している迷宮の方が少ないものね。貴方がおかしいのよ? 守護者でありながら、の人間でもある……恐らくそんな存在は他に居ないわ』


 あ、そうか!


 安全地帯……だ。

 ダンジョンから半径3Km。

 それが邪魔して、今のところ守護者同士の接触は最小限に収まっている。

 そういうことか。


 あくまでものところは、だが……

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