第162話

『聞く気になってくれたようで何より。そうさな……何から話して聞かせるべきか』


 焦るオレの内心を見透かしてでもいるかのように、もったい付けた喋り方をする吸血鬼を憎々しく思いながらも、仕方なく耳を傾けてやる。

 どうせなら、会話の中で何かしら馬脚をあらわすことを期待して……。

 さすがにバンパイアほどの高位アンデッドモンスターが待ち受けているとは思わなかったため、少しでも攻略の糸口ぐらいは見つけ出したいところだ。


『……ふ。話すなら早く話せと言わんばかりだな。そう焦るでない。我らはともに被害者だ。そうであろう?』


「それは……そうなのかもしれないな。お前も望まぬまま連れて来られたクチか?」


『うむ、理解が早いな。我は男爵位にある、それなりに年経た魔卿まきょうよ。我をこのような粗末なあばら屋に押し込め、さらには迷宮の守護者をせよなどと……誠に不本意である』


 魔卿……?

 よく分からないが、男爵位が爵位のことで間違い無いのなら、さほど高位でも無いように思える。

 ……とは言うものの、口ぶりや態度からは、むしろ逆の意図を感じるし、迂闊に侮っては神経を逆撫でしかねないだろう。

 ここは相手に合わせてやるのが上策かもしれない。


『どうだ? 我と取り引きをせぬか? 我はこのような意に染まぬ仕事を、唯々諾々としてやるつもりなどないのだ。貴様も住み処を踏み荒らされたくなくて、このような場所にまで足を運んでおるのだろう? ならば話は簡単だ。我が貴様をこの迷宮の守護者の仕事の代理人として重用してやろう。好き放題に魔素の振り分けを決めて良いし、選別の行進も実行する必要は無い』


 選別の行進……恐らくスタンピードのことだろう。

 ダンジョン外へのモンスター出現と、スタンピードをオレの意志で止められる?

 こんなヤツの思い通りに動いてやるのは業腹だが、交渉の条件としては非常に魅力的なのも間違いは無かった。


「……それで? 代わりにお前は何を求める?」


『なに、難しいことでは無い。貴様が管理を代行するのであれば、迷宮にも迷宮の外にも判定者どもを多くは配すまい。選別の行進など間違っても行うことも無いであろ? 住み処を守ることが貴様の目的なのだろうしな。さすれば、使用する魔素の量は極めて少なくなる。そうよな?』


 オレが話をまともに聞く気になったのが分かるのか、露骨に喜色を浮かべ早口になっている。

 ただでさえ、耳障りな高音の声が更に高くなっているうえ、早くて聞き取りにくい。


「あぁ、そうなるだろうな。……で? 余った魔素をどうして欲しいんだ?」


『貴様、もう少し口の利き方を覚えた方が良いぞ? まぁ、今は良いか。……余剰の魔素は使われないままにしておけば、守護者に充当されていく仕組みらしいのでな。有り体にいえば、貴様が殊更に何かする必要などは無いのだ。そうして蓄えた魔力は我の位階を高めてゆくだろう。さすればこの愚かしい茶番が終わった時、我は以前にも増して尊貴な存在として、元の世界へと帰り行く……という話よ』


「それだけの話なら受けてもいいぞ? もちろんマチルダは解放して貰うが……」


『貴様、変わっておるのう。こんな獣憑きの小娘ごときに懸想けそうしておるのか? 我の大業の前にこのような些末な存在など、まるで価値は無いのだ。貴様が我の手足となって働くというなら下げ渡してやっても良い。……ほら、連れて行け』


 懸想……とんだ誤解だが、わざわざ訂正してやる必要など無い。

 黙って頷き充分に警戒をしながらも、吸血鬼と、その横の椅子に鎖で縛り付けられたままのマチルダの方へと近付いていく。

 そして淡々と、マチルダを縛る鎖を機械の女神から得たオリハルコンの剣で断ち切り、予備として持ち歩いていた衣服を掛けてやってから、静かに抱き起こす。

 そのまま、いわゆるお姫様抱っこの状態で、なるべくバンパイアから離れた床までマチルダを運んでいき、そっと地面に横たえた。

 それから、まずは【水魔法】でマチルダの傷を癒し、奪われた体力を回復してやるためのスタミナポーションを取り出し、静かにマチルダを揺り起こす。


「……ありがとう。捕まっちゃった。こんなとこまで呼んじゃってゴメンね」


「大丈夫。大丈夫だから、安心して横になってろ。オレはヤツと話をつけてくる」


 魔法やポーションでは失った血液までは戻らない。

 顔面は蒼白を通り越して土気色……声にもいつもの陽気さや快活さは感じられない。

 眼からは普段の勝ち気な光が消え、代わりに浮かんでいるのは大量の涙。

 沸々と怒りが込み上げてくるが、手負いのマチルダを放置して、勝てる見込みの少ない戦いに身を投じるわけにもいかない。

 ぐっと堪えて、その場で立ち上がり吸血鬼の方へと向き直る。


『ふん、随分と待たせるものだな? 済んだのなら、話を続けるぞ。我としたことが渇きに堪えかね、そこな小娘のごとき獣混じりの血液など口にしたものだから、酷く後味が悪い。なのでな……代わりの血袋を要求しようと思うのだ』


「血袋?」


『まぁ、早い話が代わりの生け贄よな。混じり気の無いのが良いぞ? うら若き乙女が最良だが、もし居なければ乙女でなくとも構わぬ。何なら幼子でも良い。幼子であれば、男女の別すら問わぬでおこう。この茶番が終わるまでには、まだ日にちがあろうから……そうさな。10回、日が沈むごとに1人の生け贄を所望する』


 調子に乗った化け物は、生け贄まで要求し始めた。

 さすがに、これは呑めない。

 呑めたものではないが……依然として、圧倒的に不利な状況に置かれているのには間違いが無かった。



 ……だからこそ、間抜けな吸血鬼がベラベラと自分勝手な要求を喋っている間に用意しておいた魔法を発動する。


 次の瞬間、オレとマチルダは、薄暗い階層ボスの部屋から、一気に自宅へと『転移』していた。


 誰が化け物の手先になるかよ!

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