第155話

『スキル【闇魔法】のレベルが上がりました』

『スキル【状態異常耐性】のレベルが上がりました』


 最近、特によく聞いている印象のある【解析者】の声が脳内に響くが、それに構わず宝箱を開けて中身を確認する……と、そこにはファハンから手に入れた『半月』やリザードマンの王が持っていた『牙』と同じような金属板が入っていた。

 心境としては困惑……いや、混乱が正しい。

 敢えてこの金属板に名前をつけるとするなら『剣』だが、集めるよう指定された4枚の金属板の中に該当するものは既に入手している。

 ……何だろうは?

 再びスマホに残されていた画像を見てみるが、やはり銅像が左手に持つ大盾の『半月』・『犬』・『環』・『牙』の4つの模様以外に目につくものは見当たらない。

 うーん、ここで悩んでいても仕方ないか。


 取り敢えず問題を先送りすることに決めたオレは、スマホの画面に表示された時刻を確認した。

 17時21分……か。

 まだ少しは活動可能な時間帯だ。

 このまま【転移魔法】で湖の銅像のところに飛んで、改めて実物を調べてみるべきだろうか?

 うん、銅像を調べるぐらいなら良いだろう。

 何かしら見落としていることがあるかもしれない。


 湖の側に立っている銅像の目の前に【転移】したオレは、注意深くその剣闘士を模した像を観察していく。

 やたらリアルな造りではあるが、やはり左手に持っている大盾以外には、気になる点や文字などは見当たらない。

 万が一のハプニングが起きたら、家族に心配を掛けそうな時間まで拘束されかねないし、ここは金属板を実際にめてみることまではしないでおく。

 うーん、本当に何なんだろう?

 いくら考えても、先ほど手に入れた5枚目の金属板の用途が分からない。

 金属板がどう見ても『剣』にしか見えないことから、銅像の持つ剣を特によく見てみたのだが、特に何も見つからなかった。

 視点を変えてみるべきだろうかと銅像の背後に回ったり、側面から眺めてみたり、股の間から見上げることまでしてみたが、結局それらの工夫も空振りに終わる。


 これは実際に大盾に金属板を填めてみるまで、解けない謎である可能性も高い。

 そうなるとさすがに今日のうちに湖を渡り、階層ボスが待ち受けているだろうこの先に進むには時間が足りないだろう。

 こうなると……無益な殺生を好んでしたというわけでは無いのだが、このところギリギリの戦いが続き過ぎたため、階層ボス戦の前に少しでも力をつけようとしてモンスター狩りに精を出していたのが、結果的に災いした格好にはなる。

 しかし、そもそも隅々まで探索していなければ新たな金属板の発見も無かったわけで……こうして悩む理由も無かったことになるのだが。

 まぁ、分からないものは仕方ないし、過ぎたことを悔やんでも無駄といえば無駄だ。

 午前中の話し合いに費やした時間まで惜しみだしたらキリが無い。

 こういう時は……後悔の無いよう出直すまでのことだ。


 ◆ ◆


 その夜、夕食を家族とともに摂ったオレは、再びダンジョンを訪れていた。


 結局、あれからいくら考えても、謎は解けるどころか深まるばかり……。

 リドル(謎なぞ)に強そうな妻や、オレ以上に知識量の豊富な兄にも意見を聞いたが、さすがに答えは出なかった。


『そんなに気になるなら、今から行ってこい』


 その後の話し合いでも心ここにあらずといった様子のオレを見かねて、兄が半ば冗談で言ったのだろう言葉を真に受けたをして、これ幸いとばかりに出掛けて来たのだ。

 見送る兄の顔には呆れが浮かんでいたし、妻も苦笑していた。

 預けたばかりの槍を再び取りに来たオレに驚いた顔をしていた柏木さん。

 まだ頑張るんですね……と、キラキラした顔をしていた右京君と沙奈良ちゃん。


 ここに来て、オレと皆の間に酷く温度差があるような気がしてならない。


 ……そんなにおかしいだろうか?


 また、いつ『ルール』が変わって、今の平穏が消えて無くなるかも分からないのに……。


 足掻かなければ、手を高みに伸ばし続けなれば、いつ崩れるか分からない平和のうえに立っている筈なのに……。


 もちろん、皆が頑張っていないわけでは無いし、あのスタンピードを乗り越えたことで少しばかり気がゆるんでいたとしても責められるものでもない。

 ずっと気を張り詰めていたら、いつ切れるかも分からないのだし、ここでの少しばかりの停滞は許容の範囲内だろう。


 しかし……明確に今日は満足のいく内容では無かった。

 今日ぐらいは頑張っても、別におかしくはないと思う。



 そんなことを思いながら、銅像の手にする大盾の窪みのそれぞれに対応する金属板を填めていく。

 変化は最後の金属板を填めた瞬間に起こった。


 ──『ザバァー』


 水面が割れ湖底から石畳に覆われた道が現れていく。

 半ば予想していたこととはいえ、実際に目にしたその変化はオレを驚かせるのに充分なものだった。


 とてもダンジョン内部に有るものとは思えないほど広大な湖に浮かぶ小島。

 そこに至るまでの道が、あっという間に出来てしまった。

 道の周りに魚かモンスターかは分からないが、慌てた湖の住民が立てたのだろう無数の波紋が広がっていく。

 ……それにしても凄い数だ。

 あれが全てモンスターの立てたものだとしたら、それこそスタンピードの時に相手取ったモンスターの総数を超えてしまいそうなほどの数に見える。

 未だに不得手な水中での戦いをあれだけの数こなすとなると、さすがに何日かは余計に掛かりそうに思えた。


 さぁ……鬼が出るか蛇が出るか。

 見た目には神秘的な神殿のような建物だが、あそこに階層ボスが居ることは間違いないだろう。

 ファハンや天使をも確実に上回る敵……そう考えると、鬼とか蛇では済まないような気がして来る。


 激闘の予感に震えるオレの心中には、既に先ほどの鬱屈は跡形も無くなっていたのだった。

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