第154話

 その日の午後は、まずマチルダのところに顔を出して現状を確認した後は、第7層でひたすらモンスター狩りに勤しんだ。


 オレが毎日のようにマチルダのところを訪れるのは、何もマチルダへの同情ばかりが理由では無い。

 マチルダがダンジョン守護者という、第8層が完成したかどうか知り得る立場に居るからだ。

 同時にこれはマチルダにも言えないでいるが、彼女は新しい守護者が第8層に配置され次第、お役御免となり始末されてしまう可能性が高いため、少しでも早くそういった兆候が現れていないかを知るためでもある。

 全てオレの取り越し苦労で、マチルダがこのまま守護者を続けるのであれば、その管理権限で魔素使用の配分を全てダンジョン内のモンスター生成に割り振り、ダンジョン外へのモンスター出没を皆無にすることすら可能だ。

 今のところは第8層を作成している何者か……まぁ、ほぼ間違いなく例の自称亜神の少年だろうが、ヤツがこのダンジョン内外の魔素を第8層作成に集中運用しているため、マチルダの自由になる余剰魔素は無いらしかった。


 異常な程に広大な第7層……『環』・『半月』・『犬』・『牙』の各種金属板を守っていたエリアボスは、いまだにリポップしていないのか見当たらないが、オレがその存在力を喰らうべきモンスターは無数に存在している。

 探索を進めることを重視するあまり、速度優先で駆け抜けたため、各エリアとも討ち漏らしていたモンスターの数が多かったのだ。


 ざっと名前を挙げるだけでも……

 ロックイミテーターにはじまり、コッカトライス、オーガメイジ、ブラッディファルコン、ワードッグ、グラスクロコダイル、レッサーデーモン、リザードマン、インプ、ロックゴーレム、バーバラストレント、マウンドボア、ペネトレイションディアなど、非常に多岐にわたる。

 中にはトロルや、ジャイアントフロッグなど、この前は発見できなかった種類のモンスターも居て、オレを強化するための糧になってくれた。

 コッカトライスやトロルなどは、以前のオレなら即撤退を選んでいたほどの強敵の筈だが、ファハンや天使の後に対峙すると、さすがに物足りなく感じる。

 コイツらが先日のスタンピード時に出てきていたら、阿鼻叫喚の地獄絵図となっていたのは明らかで、そういう意味では管理者たる自称亜神の少年の仕事の遅さには感謝しなければならないだろう。


 膨大な数のモンスターを狩りながらも、ここまでに消費した時間は非常に短いものだった。

 それだけ、リザードマンの大群や、ファハン、モーザ・ドゥー、天使を撃破したことで得られた力が、桁外れに大きかったということに他ならないだろう。


 昨日、モーザ・ドゥーと天使を撃破した草原の先には外国の墓地のようなエリアが存在し、そこには数多くのアンデッドモンスターが待ち構えていた。

 ゾンビやゴースト、スケルトンなどは序の口といったところだ。

 少し進むと、グールやタキシム、さらにはレイス、スペクターなど、より上位のアンデッドモンスターが数多く襲い掛かって来た。

 タキシムはゾンビにそっくりの外見だが、ゾンビと違うのは人間なみの知性を有する点で、墓石の陰に隠れて奇襲して来たり、直前までゾンビのをしたりと、非常に芸が細かいうえ、単純な強さも比較にならないモンスターだ。

 さすがにバンパイアやリッチなど、今のオレではどうにもならなそうなモンスターは現れなかったものの、魔法を使うスケルトンメイジや、レッサーバンパイアといった、その下位に属するモンスターが出現した時には、さすがに少し肝を冷やしてしまった。

 天使から奪った【光魔法】が無かったら、さすがにもう少し苦戦していたことだろう。

 ゾンビやグール、タキシムなど実体を持つアンデッドモンスターには【火魔法】もかなり有効だが、ゴーストやレイス、スペクターなど実体を持たないアンデッドモンスターには【光魔法】の方が、より有効なようだった。

 これはスケルトンメイジやレッサーバンパイアなどにも同じ傾向が見られる。


 墓地のエリアの終点になっているらしいダンジョンの壁が見えるところまで進んでいくと、そこには明らかに怪しい扉が有った。

 これまで散々、このダンジョン内で開けてきた小部屋の扉と見た目は同じだが、だからこそ怪しく思える。

 案の定と言うべきか、中には怪しげな祭壇と魔方陣とが有って、その上に佇む老婆から発せられるプレッシャーは、昨日の天使にも劣らないものだった。

 ……もちろん、見た目通りの老婆では有ろう筈も無い。

 オレの姿を見た老婆は、しわくちゃな顔をさらに皺だらけにしながら、醜悪な笑みを浮かべている。

 舌なめずりでもしそうなほどだ。


 油断なく鎗を構えると同時に、いつでも魔法を放てるように意識を集中する。

 そんなオレの様子を見た老婆は、気味の悪い笑みを浮かべたまま、黒い光に包まれていき……次の瞬間には醜悪なモンスターの姿へと変貌していた。

 腕はシャムシールのような曲刀へと変じ、背中からカラスのような翼を生やしている。

 顔と尻尾はワニのような形状だが、牛のような角を4本生やしていて、足は象のそれに似ているが爪だけが非常に長く、そして黒く染まっていた。

 レッサーデーモンにしては強そうだが、アークデーモンと呼ぶには力不足に見える気がしないでもない。

 ちょうど中間……デーモンとかデビルとか呼ばれている存在だろうか?

 腕が曲刀のような形状をしているので、便宜的にブレードデビルとでもしておこう。


 ブレードデビルは、昨日までのオレであれば、非常に苦戦していたか、運が悪ければ負けていたかもしれないモンスターだった。

 オレがこの部屋に入ってきた時に開けた扉は、いつの間にか壁に変じて出られなくなっていたし、こうした狭い空間ではブレードデビルの両腕から繰り出される超速の連撃は、たとえ敏捷力でオレが上回っていたとしても回避が難しくなる筈だろうからなおさらだ。

 闇魔法もオレのし知らないものを数多く使って来たし、そういう意味では危ない場面もあった。


 しかし……だ。

 所詮は昨日の天使と同程度か、少しばかり劣る程度の強さ。

 ある程度の負傷や、防具の損傷はあったものの、天使の存在力を丸ごと奪ったオレの敵では無かった。

 最後には両腕に加えて尻尾まで失った悪魔の身体を散々に突きまくって、白い光の渦に還すことに成功する。


 しかし……悪魔が消えた後に遺した宝箱の中身は、オレに大いに混乱をもたらしたのだった。

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