第120話

 それは、バリケードのすぐ背後に出現したオークを、上田さん達が排除し終えたのを確認して、視線を戻した時のことだった。


 ダンジョンから1人の妙齢の女性が歩み出てきたのは……。

 遠目に見た限りだと、身長はオレと同じぐらいは有るだろうか?

 薄い茶色の髪の毛は腰より下まで伸びている。

 容貌は恐ろしく整っていて、どこか現実感が無い。

 やけに透き通った青い目とスラリと通った高い鼻が、日本人では無いのだろうなと思わせる。

 もし、ハリウッドで活躍している女優だとでも言われれば、思わず頷いてしまうかもしれないほどだ。

 服装は革鎧を纏った軽装の冒険者風なのだが、どこにも武器らしい物を持っていない。


 ……不自然極まりない。


 そしてこちらに微笑みながら、スタスタと歩いて来る。

 いわゆるファッションモデルのような歩き方では無いのだが、姿勢が良いのと容姿が優れているのとで、むしろ綺麗な歩き姿に見える。

 いや……どちらかと言えばアスリートの様な姿勢の美しさだ。

 知り合いにこれほど美しい外国人女性は居なかった筈なのだが、どこかで会ったことが有る様な不思議な感覚。

 ……誰かに似ている?


「止まれ! 両手を上げて動くな! さもなければ撃つ!」


 警官隊のリーダーが拳銃を構え、警告するが一向に止まる気配が無い。


 沙奈良ちゃんが英語で同じく警告。

 止まる気配は無い。


 右京君が(恐らく)フランス語で同じく警告。

 やはり止まらない。


 美しい姿勢のまま、ゆったりと歩き続け……

 もうバリケード目前といったところで、彼女は自分の意志でピタリと止まる。

 沙奈良ちゃん達の警告は関係無かっただろう。

 そもそも拳銃を見ても、全く怯えていなかった。


「図体ばっかりデカいエビさん達がつっかえちゃってね……仕方ないから代わりに私が来たってワケなのよ。 私はパレードなんて興味無いんだけどさ」


 流暢な日本語でペラペラと喋りだした女性。

 耳に心地良い綺麗な声に誤魔化されそうになってしまうが、やはり女性がダンジョン側に属する存在なのは間違いないらしかった。


「君は?」


 警官隊のリーダーが拳銃を構えたまま誰何する。


「私? あぁ、そっか。私、名前ってモノが無いのよねぇ。どういう存在かは……たぶん見て貰えば分かるんだけど、それだと喋りにくくなっちゃうからさ」


 あ、分かった。

 誰に似ているのか。

 例の自称亜神の少年だ。

 ということは、この女性の正体は恐らく……


「ワーウルフって分かる? ウェアウルフでも良いし、ライカンスロープって言い方も有るんだっけ? それで分からないなら人狼はどう?」


「君が人狼? 冗談でしたでは済まないぞ?」


 問いながらも、拳銃を握る手に僅かに力が入る警官隊のリーダー。


「そんなつまらない冗談は言わないわよ。もしパレードを止めたいんだったら私を倒しなさい。のは、それでお仕舞いだから……」


 そう言うなり大きくバックステップした美女が僅かに後ろを向き屈み込むと、にわかに黒い光を身に纏い始める。


 警官隊がリーダーの合図で一斉に発砲……着弾多数。

 しかし身動みじろぎすらしない。

 明らかに効いていない。


 数瞬遅れて魔杖を持つ人達や、オレが様々な魔法を放つが、その直前で変身を終えた人狼は既にその場に居なかった。


 速い!


 もう既にバリケードの前まで来ている。

 誰も反応らしい反応が出来ていない。

 ……オレを除いては。


 鋭い爪が沙奈良ちゃんを襲うが、バリケードに立て掛けてあった鎗を手にして割って入ったオレは、危ういところで彼女を救うのに成功する。

 凄い力だ。

 昨日と比べても劇的に強くなっている筈のオレの腕力をもってしても、不十分な姿勢では押し返す事が難しかった。

 まさにギリギリ……。

 反応するのが少しでも遅れれば、沙奈良ちゃんが致命傷を負っていたのは間違いないだろう。


 またも後方に跳んだワーウルフを追って、バリケード前に出たが、速さでは僅かに劣っている。

 腕力でも分が悪い。


『貴方、やるじゃない。決めたわ。貴方が私のダンスの相手……それで良いでしょ?』


 先ほどより明らかに低く、くぐもった声だが明るい調子は変わらない。

 勝手なことを言ってくれるが、その提案はオレ達にとっても都合が良いかもしれなかった。

 スピードに差が有りすぎて、ろくに魔法も当たらない。

 銃弾や矢も同じく当たらないだろうし、そもそも鉛や鉄では当たっても意味が無い。

 純銀か魔法銀とも呼ばれるミスリル、最低でも魔鉄の武器や弾頭でなければ人狼相手に傷を負わせることすら出来ないのだ。


「分かった。オレが相手になる。その代わり、他の人達には手を出すなよ?」


『うん、貴方を食べてからのお楽しみにしとくから安心して』


 酷く軽い調子で答えるワーウルフ。

 狼の顔でウインクされても気味が悪いだけだ。

 しかも内容が物騒過ぎて笑えない。

 会話をしてくれている隙にフィジカルエンチャント(風)を掛け直しておく。

 今から始まるのがダンスだと言うなら、せめてものエチケットってところだ。


『用意はそれだけで良いの? じゃあ……行くよ?』


 凄まじい勢いで突進してくる淑女に答えるのは、言葉をもってするべきでは無いだろう。

 オレの全身全霊を賭けてダンスの相手を務めるとしようか。

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