第109話
警官隊も有志の近隣住民も、これまでは何とか奮戦していたのだが、ギガントビートル3体の登場に目に見えて浮き足だつ。
さすがに警官の発砲した銃弾はギガントビートルの硬い甲殻をも穿つが、軽自動車並みの巨体を誇る階層ボスには物足りない威力であることも事実だ。
何ら痛痒を感じていないかのように悠然と迫る巨大なカブトムシ達。
これは……これまで通りバリケード越しに戦って被害をゼロに押さえるなど、とても不可能な話だ。
「皆さん! しばらくオレが前に出て戦います。警察の方々は発砲を暫くやめて下さい!」
「君は…………分かった! おい、発砲停止だ! しばらく短兵器戦闘で突破してきた怪物を抑えるぞ!」
最近、顔見知りになったダンジョン警備専任の警官が、どうやらこの場の責任者のようだったのが幸いした。
拳銃をしまい腰に吊るした制式刀剣を抜刀して、襲い掛かってくるモンスターに斬り付ける警官隊。
ダン協から支給されたボウガンや弓矢を使っていた人々もそれに倣う。
オレはそれを横目にバリケードを飛び越え、当たるを幸いモンスターどもを薙ぎ倒しながら、ギガントビートル達に正面から対峙した。
今の状況を考えると、あまり時間を掛けてもいられない。
まずフィジカルエンチャント(風)で身体能力を強化したオレは、手前でシューシューと威嚇音を鳴らしながら、
頭部の鋭い角を避け、斜め下から捻り上げるように思いっきり刺し貫く。
ーーブチッッ!
筋繊維の引きちぎられる嫌な音が響いて、串刺しにしたギガントビートルの頭がもげる。
……知らぬ間にここまで来ていたのか、オレの腕力。
いよいよ人外の領域だが、今は都合が良い。
どんな目で見られても良いんだ。
護りたい者を護ることが出来るなら……。
そのまま力任せに鎗を振るい、ギガントビートルの頭を刺したままの鎗で、乱暴にもう1体のカブトムシの横面を叩く。
鈍い音を立てて凹んだが、倒しきるところまではいかない。
……と、ここでようやく邪魔な頭が白い光に包まれて消えていく。
それと同時に、放置していた方のギガントビートルが突進してきたのを、真上に跳躍して悠々と回避……その落下の勢いさえも活かして、歪な形に頭が潰れたカブトムシに向かって鎗を全力で【投擲】してやる。
そして着地と同時に鎗を引き抜き、突進を空振ったギガントビートルに追いすがっていく。
向きをこちらに変えるのを待たず、横合いから滅多刺しにしていき、最後のギガントビートルが回頭を終える前に、この戦いとも言えない戦いを終えた。
この間にも新手のモンスターは次々と参戦してくるが、ギガントビートルが落とした宝箱の中身や、周辺に散らばるドロップアイテムのうち、使えそうなポーション類などを拾い上げながら、片手間に倒していく。
そしてバリケードを飛び越えて、一つ息を吐き……周囲を見回す。
視界に入ってきたのは、唖然とした顔を浮かべた面々だったが、森脇さんがいち早く我に返り歓声を上げると、皆が同じように声を出して気勢を上げた。
どうにか士気を保てたようで何よりだ。
さらに……ここで心強い援軍が現れる。
父と妻……それから沙奈良ちゃんだ。
あとついでに右京君も帰って来た。
兄の持ち味はバリケード越しの防衛戦では活きない。
ここは正面戦力の拡充と、家の守りの両面を重視し、兄には残って貰うことにした。
さらには、柏木さん夫妻や上田さんのご家族もウチに合流して貰って、お向かいの二階堂さんには猟銃を持ってウチに入って貰う。
守りを依頼……という体裁だが、要は放っておけなかっただけだ。
兄、柏木さん、それから猟銃を手にした二階堂さんと揃えば、自宅の守りには過剰なほどなので、父と妻、柏木兄妹を援軍として派遣して貰った格好になる。
そうそう、倉木さんもウチに居て貰うことにした。
こうして、しばらくは先ほどまでより楽な戦いが続く。
父や妻はもちろん、柏木兄妹が思っていた以上に頼りになる。
大量のスタミナポーションや、柏木さんに追加で頼んだ投擲用の鉄球やスローイングナイフを始め、様々な物資の補給が受けられたのも大きい。
転機が訪れたのは、一向に減ったように見えない第1層のモンスターに加え、普段なら第2層に出現するモンスターが参戦しだしてからだ。
狂暴な巨漢の豚顔モンスター……つまりオークが厄介なモンスターであることを、改めて思い出させられてしまう。
オークの相手は柏木兄妹や上田さん達、それなりにダンジョンに潜ったことの有る人々でさえキツいものがある。
父や妻はオーク程度なら問題にしないぐらいには強くなっているが、それでも徐々に全体として押され始めているように見えた。
移動速度は極めて遅いものの、クリーピング・クラッドやポイズンモールドも厄介だ。
何せいつもと数が違う。
さらに言うなら普段通りに火を使えば、最悪はバリケードに燃え移りかねないし、煙による一酸化炭素中毒も怖い。
完全な閉鎖空間では無いのだから心配のし過ぎというものかもしれないが、火や煙が上がれば視界や呼吸器に掛かる負担が増すのは避けられない。
仕方なくワールウインド……旋風の魔法で、なるべく纏めて退治するようにしているが、それでも討ち漏らすことが有った。
そうした場合は、もう一度ワールウインドを使うか、火を付けた後に素早く消火するぐらいしか手がないのだが、どうしても時間と手間が掛かるので、その他のモンスターの進軍を助ける働きを許してしまうことに繋がる。
今は
何せ未だにスタンピードは序盤も序盤……少なくとも第6層に登場した巨大なゴブリンやガーゴイルなどの魔法生物系モンスターが参戦し出すまでは、終わりが見えたとすら言えないのだ。
そう判断したオレは戦いながら、父や妻、それから右京君と沙奈良ちゃんとに話をし、魔法攻撃役を柏木兄妹に変わって貰うことにした。
オークやジャイアントスコーピオン(サソリ)などに、防衛線が破られそうになった場合には右京君が魔杖でウインドライトエッジ……翠緑の光輪の魔法を撃ち、クリーピング・クラッドや、ポイズンモールドが密集している場所には沙奈良ちゃんがワールウインドを放つ段取りだ。
それぞれオレが一度ずつ実演して見せたきりだが、2人には頑張って貰いたい。
力強い返事で快諾してくれた沙奈良ちゃんに続いて、兄の右京君も負けじと頷いて見せてくれた。
これで手の空いた父と妻が武器戦闘に専念してくれるのも大きい。
しかし……先ほどから続々と進撃をしてくるモンスターに対しては、動揺を隠せていない人の方が多かった。
オークやジャイアントスコーピオン、ゴブリンアーチャーも厄介だったし、ジャイアントビー(ハチ)の飛行速度に苦しめられる場面も多かったのだが、それより何より防衛に参加したメンバーの精神にダメージを与えたのは、動く死体……ゾンビの群れだったと言えるだろう。
いくらこの辺りに居るのが有り得ない欧米人の見た目で、時代遅れの衣装を身に纏っているとは言え、明らかに人間だった形跡を残すアンデッドモンスターに対して銃口を向けたり武器を振るったりするのは、やはり相当に覚悟のいることだったようだ。
ゴブリンやオークだって人型では有るが、明らかに人間では無いと分かるだけ、まだマシというものだろう。
どうしても矛先の鈍る人々は居て、オレや父や妻、それから警官隊のベテランメンバーに掛かる負担が増えていく。
それならば……と、もう一度オレがバリケードの向こうに出ていって一暴れしてこようとした矢先にそれは起こった。
休憩がてら背後の警戒を
背後に複数の黒い光……しかも光が地面を覆う面積の広さから見るに、明らかに大物が出現する兆候。
同じサイズの黒光が……5つ。
……またも最悪を上書きしそうな一日は、まだまだこれからが本番のようだった。
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