第96話
ダンジョンを出たオレは、探索中に無くした分の鉄球を柏木さんに作って貰い、買い取り窓口で受付をしていた柏木さんの奥さんに魔石とポーション、ゼラチナス・キューブのゼラチンなどを売却した後は、まっすぐ帰宅していた。
あくまで実家なのだが、もう既に『帰宅』という意識は実家にしか向かない。
建てたばかり(築2年ほど)の新居にも、それなりの思い入れは有るのだが、妻と子が待っていてこその『自宅』なのだなぁと、つくづく思う。
今日も、妻の胸に抱かれた我が子が、満面の笑みで迎えてくれる。
「おかえり~」
「おかい~」
「ただいま」
……帰って来た。
強く、そう思う。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
和やかなムードで昼食を終えた後、オレが諸々の報告を済ませ、逆に留守組の報告を聞いている時のことだった。
……妻が、非常に気になることを言っていたのだ。
ダンジョン外にモンスターが発生して以来、人口の多い都市部ほど、地獄絵図さながらの酷い状況に陥っているにも関わらず、妻の両親が暮らす辺りには、未だにモンスターの発生自体が無いのだという。
アンデッドモンスターの襲来すら無く、ろくに外出すら出来ず、不自由な暮らしを強いられてはいるものの、今のところはこれといって生命の危険に晒されている実感が無いらしい。
ゾンビの大量発生以来、妻が両親に何度も避難を促す電話をしているのを知っていたオレだったが、妻の実家付近にモンスターの影すら見えないというのは初耳で、そして酷く不自然に思えた。
何しろ東京の新しいシンボルタワーのすぐ
何かしらの理由は有るのだろうが、その理由に全くと言って良いほど見当がつかない。
義理の両親や、妻の実家に合流したらしい義姉夫妻と甥っ子、姪っ子が無事なのは素直に嬉しいのだが、それにしても不思議なことも有ったものだ。
残念なことに、あまり長々と妻の話を聞いている時間も無かった。
主要な戦利品(昨夜の兄の探索成果も含む)の分配のみを終え、ダンジョンに出掛ける妻達を見送る。
結局のところ、大力のブレストプレートの装備権は妻のまま、大力のグロインアーマーは父が身に付けることにしたらしい。
今日は、まず柏木さんのところに行って、チェインシャツなどの装備を整えた後は、3人で例の『ド田舎ダンジョン』に行くことにするのだという。
これは、オレが寝坊したせいで、妻達が倒せるボスが居なくなってしまっているのも有るのだが、それより何より、兄の口から語られたド田舎ダンジョンのモンスター(植物系モンスター中心)構成や、フィールド構成の特殊(草原や森林のエリアしか無い)さなどの様子に、妻が興味を示したのが大きい。
兄も深くまで潜ったことが無いダンジョンらしいし、
好奇心の旺盛な妻のこと……どうせダンジョンに行くのなら、新しいところも探索してみたいという気持ちが強かったのだろう。
オレの寝坊は、良い口実を与える結果になってしまったようだ。
兄も父も、オレと同様に強化は早く進めていきたいのだろうが、あれ以来ずっと張り詰めたままの状況を変えるためには、それも良いかもしれないと、妻の意見に賛成に回っていた。
オレだけ反対しても、これでは無駄だ。
最寄りのダンジョンでは手に入らないものも有るかもしれないし、実際ボス討伐の出来ないダンジョン探索は旨味が薄れるのも事実だとは思う。
あの3人なら短時間のダンジョン探索でも、それなりの深層に辿り着くだろうし、ド田舎ダンジョンならではの戦利品を持って帰ってくることを期待出来るのも確かだ。
結局は、オレも快く送り出すことにした。
さて……それはともかく、だ。
日本国内に限らず、世界中でダンジョン外モンスターの被害が広がっているのは間違いない。
それなのに何故、妻の実家付近が無事なのだろう?
妻の実家は、昔ながらの江戸情緒を残す、いわゆる下町エリア内では有るが、近隣に新しい観光名所が出来たことも有って、少し前とは見違えるほどの発展を遂げている地域とさえ言える。
元々が東京23区内でも有るし、条件だけ見れば真っ先にモンスターにやられていても、特段おかしくは無いぐらいなのだ。
何か……何か見落としは無いか?
人口密度……充分に過密状態だ。
発展度……むしろ発展している方だろう。
魔力依存施設……病院も有れば、駅も有る。
マジックアイテムや、魔石に動力を置き換えて高性能化した物は溢れているだろう。
戦時中に空襲で焼けなかったエリアだからか……?
いや……アンデッドが出現しにくい理由にははなるかもしれないが、それでは通常のモンスターが出ない理由にはならない。
第一、戦後にも交通事故やなんかで亡くなった人もいただろうし、入院設備の整った病院も幾つか有るぐらいなのだから、無念な死に方をした人は幾らでもいただろう。
今この時に、霊安室に遺体が有っても何らおかしいところは無い。
モンスターが出現しない理由……遺体がゾンビ化しない理由……ダメだ。
モンスターが出現する理由はすぐに浮かぶ。
それこそ幾つでも思い付く。
しかし、この異常事態の中、あの辺りだけが安全地帯のようになってしまう理由が、1つも思い浮かばない。
こないだの正月明けに妻の里帰りのため東京に行って妻の実家を訪れ、その目覚ましい程の近隣の発展ぶりを目にしたばかりなだけに、あの辺りにモンスターが出現しない理由が、かえって思い付かないのだ。
1人、外に出て鎗を振るいながら、延々と考えて居たが、結局モンスター災害を妻の実家が免れている理由は、その片鱗すら見えてこなかった。
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