第95話

 濃い磯の匂い……。

 第5層に足を踏み入れたオレは、ガラリと雰囲気を変えたダンジョンに、急ぎ認識をすり合わせるべく、鼻から思いっきり息を吸い込んだ。


 高速で飛来する奇襲モンスターのオンパレードなのがこの第5層で、気を引き締めて掛からないと、虚を突かれて致命的なダメージを受けかねない。

 中でも、ホッパーシーアーチン(跳ぶウニ)や、スピニングスターフィッシュ(旋回ヒトデ)なんかには、ワールウインドを当てるのに苦労するかなぁ……と、少し面倒な気持ちも有ったのだが、結果的にこれは全くの杞憂に終わる。

 何故か分からないが、面白いようにポンポン当たるのだ。

 レギオンシースレーター(軍隊フナムシ)や、サイレントリーパー(静寂のイソギンチャク)は、当てやすいと思っていたが、ウニやヒトデにまで百発百中……ちょっとこれは意外だった。


 時折現れる、かなり深い潮溜まりなどには苦戦しながらも、しっかりモンスターの間引きを行うべく、丹念な探索を続けていく。

 毎回、この潮溜まりの位置や深さが変わるのが、この階層の厄介かつ面倒なところだ。

 モンスターも奥に進むにつれ、強敵が現れる頻度が上がるし、ここで苦戦するならボス部屋に来るなとでも言いたげだよなぁ。

 やはりダンジョンの構造と言うか、仕様には何らかの意図を感じてしまう。


 レクレスシュリンプ(無謀エビ)や、バレットバーナクル(弾丸フジツボ)の急襲や、ジャイアントハーミットクラブ(巨大ヤドカリ)の奇襲を掻い潜りながら、ここでも属性相性の確認するため、ワールウインドを放つ。

 すると……やはり当たるのだ。

 ジャイアントシーキューカンバ(巨大ナマコ)やヤドカリはともかく、超速の無謀エビや、文字通り弾丸のように飛来する弾丸フジツボにまで命中するとは、さすがに思ってもみなかった。


 これは……もしかしたら【投擲とうてき】か?


 そう当たりを付けたオレは、素早く辺りを見回しモンスターの影が無いことを確認し、それと同時に【危機察知】の感覚を研ぎ澄ます。

 周辺にモンスターは居ないようだ。

 ひとまず周囲の安全が確認出来たので、ダンジョン仕様のブーツをミドルインベントリーから取り出し、新緑の靴を脱ぎ、手早く履き替える。

 それから、新緑の靴をミドルインベントリーに収納し、獲物を探して歩き出した。

 しばらくモンスターを見つけるべく歩いていると、角を曲がったところで……


 ーーギュンッ!ーー


 鋭い風切り音を立てて、バレットバーナクルが飛んで来た。


【危機察知】のおかげで、そういった奇襲が何となく来そうなことには勘づいていたので、慌てず騒がず、まずはワールウインドを放つ。


 念のため、旋風の魔法を放ってすぐに、その場に伏せながら、命中の有無を確認したが、狙いあやまたず敵を捉えた旋風が、無事にフジツボを粉々にしている光景を目にすることが出来た。


 やはり【投擲】だ。


【投擲】のスキル自体に、かなり高い命中率の補正が有るようだった。

 そして今回の探索でも、それなりの数の鉄球を失いながらでは有るが【投擲】の熟練度を積んでいる。

 恐らくだが、これが魔法の命中率にも良い影響を与えているのだろう。


 しばらく、バレットバーナクルやレクレスシュリンプ、ホッパーシーアーチン、スピニングスターフィッシュあたりを相手に、こうした推論の確認がてら、魔法を当てる感覚の練習を積むと、さらに精度が上がっていくのが、目に見えて分かった。


 さらに分かったことがある。


 この階層に出てくる水棲動物系のモンスターは、恐らく風属性に極端に弱い。


 ワールウインドを1発放つだけでも、軌道上にさえ居れば、複数のモンスターをまとめて倒せてしまう。

 小部屋の壁に密集していたバレットバーナクルなどは、旋風が壁伝いに小部屋中を巡ったからか、あっという間にパラパラ落ちて来て、はしからドロップアイテムに変わっていく始末だった。

 痛快な光景……さらに盛運の腕輪が手に入るオマケ付き。

 不謹慎かもしれないが、ちょっと楽しくなってしまった。

 しかし、時間的にもかなり押しているし、マジックポイントも、そろそろ温存に徹しないと、帰りが危うい。

 どことなく後ろ髪を引かれる思いだが、ここらで撤収するとしようか。


 しかしなぁ……あの時は、何も意識しないでフォートレスロブスター(要塞エビ)にウインドライトエッジ(光輪の魔法)主体で挑んだのだが、まさかそれこそが正解だったとは夢想だにしていなかった。

 これも幸運の範疇はんちゅうなのかもしれないな……。


 帰り道もボンヤリしては居られない。

 特に第5層は未だに危険地帯であると言えるエリアだ。

 ふと思い付いてバレットバーナクルに鉄球を投擲してみたが【投擲】スキルをもってしても、さすがにこれは当たらなかった。

 野球のピッチャーをやっていたような人でも、投げられたボールに向かってボールを投げて、それを当てるのは至難のわざだろうから、これは当たらなくても仕方ない……あ!

 全く迂闊と言う他に無いのだが、ここで不意に新緑の靴のことを思い出し、周辺の安全を確かめた後に靴を履き替える。

 すると……次に放った鉄球は、見事にバレットバーナクルを粉砕……これには自分でも驚く。

 たまたまかもしれないが、まさに神業かみわざとも言うべき快挙に、オレの気分が高揚したのは仕方のないことだろう。

【投擲】スキルの命中率補正と、新緑の靴の命中率補正が合わさった結果なのだろうし、もしかしたら盛運の腕輪などにも助けられた可能性もある。


 気を良くしたオレは、続けてバレットバーナクル相手に同じことを試すが、今度は外れてしまう。

 ……まぁ、これが普通だよなぁ。

 ちょっと気分が落ち込むが、フワフワしたまま帰るよりは良いだろう。


 今回は思わぬ寝坊から始まった探索だが、むしろそれが幸いして、色々な意味で有意義な探索になったと言える。


 孫子の兵法に有名な……

『彼を知り己を知らば百戦あやうからず』

 という一節があるが、自分の出来ることを正確に知るのは非常に大切なことなのだ。

 第6層に進むと前人未到の領域に踏み入ることになる。

 つまり……彼を知らない、状態に陥る。

『彼を知らずして己を知らば一勝一負す』

 でさえベストの状態だ。


 間違っても……

『彼を知らず己を知らざれば戦うごとに必ずあやうし』

 にはならないよう心掛けようとは思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る