第68話

 ゾンビ……分かってはいたが、動く死体そのものだ。


 しかし…………見るからに、このダンジョンで死んだ人のものでは無い。


 防具らしい防具を身に付けていないどころか、今の時代にこんな服を着た人は、まず居ないハズなのだ。


 さらには、明らかに日本人でもない。


 何だかRPG(ロールプレイングゲーム)の世界から、抜け出して来た村人Aとでも言いたくなる風情の死体で、金髪碧眼かつツキバギだらけの農夫風な格好をしている。

 髪は油ぎっていて、痩せぎすの中年ほどの男性で、腹は何かに食い破られて臓物が出ている上に、周りに血が黒く固まっていて、確かにリアルな死体といった風情ではあるが……どうしてもダンジョンに用意されたモンスターのようにしか思えない。


 どこか現実感に乏しいのだ。


 おかげで、抵抗感は非常に薄い。


 もちろん、無慈悲のチェーンアンクレットによる精神補正で、不要な仏心が抑えられているというのもあるのだろうが……。


 創作の世界のゾンビとは違い、頭を落としても動くこと、案外と動作が機敏なことを除けば、さして強いモンスターでは無かった。


 頭部に続いて、両腕を落とし、胴体に数回、刺突を喰らわせると、あっさり光に包まれ消えていく。

 ゾンビが消え去った跡には、ゴブリンよりは少し大きい程度の魔石が遺されていた。


 今後、こうしたアンデッドモンスターも、普通にダンジョンに出るようになると考えるべきなのだろう。

 事によると、何とかダンジョン探索を続けている探索者に、余分な被害が出ることも有り得るのではないだろうか?


 第2層という浅い階層だから、ゾンビで済んだという可能性は高い。

 ダンジョンを世界中にバラ撒いた何者かの悪意を強く感じる。


 だとすれば……何かしら、対抗策が有る?

 まるで、ゲームのバランスを保つかのように、一方的な展開を許さないとでも言うかのように、このところ立て続けにルールの追加や変更をしている印象が有るのだ。


 確かにダンジョンが発生してから今までの20年の間、人類はダンジョンからの恩恵を受けるだけで、それを疑問に思うことも、裏を疑うこともおこたって来たようにしか思えない。

 魔石を利用した発電や浄水、空気汚染の改善にに始まり、マジックアイテムの数々がもたらした発展は、それはそれは多大なものがあった。

 ここらで揺り戻しがあっても、おかしくないと言えば、それはそうなのだろう。


 ただ、モンスター災害発生以来、オレが感じ続けている不快な感覚……まるで何者かに、もてあそばれているような、この強い違和感……。

 決して気のせいで片付けて良いものでは、無いハズだ。


 そこから導き出された答え……必ずや、これらアンデッドモンスターに対する、明確な対抗手段は有るという、まるで得体のしれない、しかし確信めいた予感がする。

 何と言ったら良いのか、オレにも分からないが……対抗手段が無いなんてことは、まず無いとさえ思えるのだ。


 どうやら、ワンサイドゲームはお好みで無いようだから……っていうところだろう。


 その後も現れるゾンビやモンスターを、片っ端から倒して進んでいく。


 数はあまり多くないし、そこまで強くもない連中だが、いつもより僅かに億劫に感じるのも事実だ。

 緩和されているとは言え、精神的な負荷が大きくなったのは否めないということだろう。

 幼子の姿をしたゾンビが出た際、あまりの悪辣さに怒りさえ覚えた。

 それがたとえ『作り物』なのだとしても、子供の小さな身体に、無骨な凶器を振り降ろすという行為自体、やはりキツいものがある。


 最短で階層ボスの部屋へと向かい、ヘルスコーピオンと対峙するが、今日は取り巻きモンスターが少しおかしい。


 いつもならジャイアントスコーピオンしか居ないハズなのに、今日はジャイアントバタフライの姿も見えるのだ。


 これはもしや、ダンジョン自体の難易度が地味に上がっている……?


 もちろん、ジャイアントバタフライの鱗粉は厄介だし、飛行している分、若干やりづらいが、ヘルスコーピオンにしても、ジャイアントバタフライにしても、今さら苦戦するようなモンスターではない。


 丁寧にジャイアントバタフライから倒して、残るジャイアントスコーピオン、ヘルスコーピオンと、片付けていくのに、大した時間は要らなかった。


 しかし……ただでさえ、無理ゲーダンジョンなどと揶揄やゆされているダンジョンの難易度が、僅かとは言え上昇しているのは、とても面倒に思える。


 気を引き締めて掛からなければ、既知のダンジョンであるが故の油断が、命取りにもなりかねない。

 あまり慎重とは言えない性格をしている自覚はあるが、決して無謀では無いつもりだ。


 注意しながら、探索を進めていくとしよう。


 そうした心構えが良かったのか、単に【危機察知】のスキルが優秀なだけか……まさか、まさかの階段を登ってすぐのところに、罠を張っていたゼラチナス・キューブに気付けたのは、まさに勿怪もっけさいわいというところだった。


 登りきっていたら、麻痺させられていたかもしれない。

【危機察知】は優秀なスキルだが、危機の有無と、大体のモンスターの強弱、あとはおおむねの位置ぐらいしか分からない。

 いつもより用心していたから気付けた部分は、やはりあるだろう。


 何といういやらしい配置であることか。

 これは奇襲が得意なモンスターに、普段以上の警戒が必要になる。


 久しぶりに第3層で味わう緊張感……否が応にも磨り減らされていく精神力……そして、またも現れるアンデッドモンスター。


 最初に現れたのは、スケルトン……酷く錆びた剣や、ボロボロの木盾を持っている。


 さらに、革鎧や革手袋程度だが、防具を身に付けたゾンビも現れ始めた。

 それらは、いずれも前時代な意匠で、やはりこのゾンビやスケルトンが、ダンジョンによって作られた存在……単なるダンジョンモンスターであることを、強く感じさせるものだった。


 そして、厄介なのはアンデッドだけでは無かった。

 社会性のある昆虫であるアリが大型化したモンスターであるジャイアントアントや、亜人系モンスターであるゴブリン、ゴブリンアーチャー、オークなどに関しては、明らかに連携の精度を上げて、襲って来るのだ。


 しかも曲がり角の右手にゼラチナス・キューブ……左手にゴブリンアーチャーとゴブリンの部隊……後背からオークの群れ……のように、異なる種族間でも、平気で連携してくる始末で、時折オレも捌ききれずに、怪我をさせられることすらあった。


 かすり傷程度だが、痛みは思考を鈍らせ、注意力を奪う。

 小まめにポーションを飲むハメに陥り、おかげで少しばかり水っ腹だ。

 短時間でも良いから、ボス部屋に行く前に休憩しよう。


 そうした、普段しない行動が、この時ばかりは幸運をもたらすことになった。


 人間万事塞翁にんげんばんじさいおううま(何が災いし、何が幸いするか分からない……みたいな意味)とは、この事だろうか?

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