第63話

 かなり早く引き上げて来たつもりでは有ったが、それでも時刻は既に21時を回っていた。


 ダンジョンゲートを出て、隣接するダン協の建物に入る。

 すっかり顔見知りになった警察官に目礼し、足早に買い取りカウンターに向かう。


 今日は年かさの男性職員が担当のようだ。

 ……あれ?

 この人、どこかで顔を見たことが有るんだけど……誰だったかなぁ?


「買い取りですね。では、こちらに……ん? ひょっとして、神社の宗像むなかたさん英俊ひでとし君かい?」


 う……やっぱり、知られてる。

 ウチの実家を知ってるってことは、ご近所さんだったか。


「はい……お久しぶりです」


和俊かずとし君も元気してるかい?……っと、とりあえず買い取りだよね。失礼、失礼」


 あっ!

 失礼、失礼……って、なんか聞き覚え有るぞ。

 うーん……どこの人だっけなぁ?

 兄のことも知ってて……失礼、失礼…………あ!


「はい、コレお願いします。森脇さん。えっと……いつからダン協さんに?」


 ようやく思い出した、森脇(下の名前はそもそも知らない)さんという名のこの男性は、小学校の時の用務員さんだ。

 しかも、オレ達兄弟の母校に配属されていたのは偶然だったらしいが、それ以前にこの町内の人でもある。

 さすがに20年ぐらい経ってるので、知っていた顔よりは老けてしまっているが、ませた女子生徒からバレンタインにチョコレートを貰うぐらいには、整った顔立ちをした人なので、それで顔を覚えていたのだろう。

 まぁ、口癖のように『失礼、失礼』と言っていたのが、どこか記憶に残っていたからというのもある。


 兄や友達と学校の備品倉庫でヤンチャしてたら、この人に見つかって怒られたんだよなぁ……。

 倉庫の中に有ったリアカーに誰か1人を乗せて、残りの皆でギッタンバッタンと持ち手を上下に漕いで大騒ぎ…………そりゃ叱られるわ。


「母親の介護が理由で早期退職してね……母が亡くなった後からだから、もう何だかんだで8年ぐらいになるね。えーと、買い取りは魔石とポーション類……と。鑑定するものなどは無いですか?」


 ……あ、そうだ。

【鑑定】スキルの取得申請しなきゃだ。

 他は別に開示しなくて良いんだろうけど、こればっかりは隠しといた方が、後々のことを考えたら厄介だからなぁ。


「えーと、幸運にも【鑑定】スキルを取得することが出来まして……」


「本当かい!?」


「え、えぇ……まぁ。それで今日はスキル取得の申請も行いたいのですが、何か書類とか書く必要は有りますか?」


「おっと、失礼、失礼……では、こちらにお名前と住所、連絡先のご記入をお願いします。あとは、ご希望さえ有ればすぐにでも、当ダンジョン探索者協同組合にて、鑑定員として雇用するご用意もさせて頂けますので、こちらのパンフレットに目を通して頂けると助かります」


「……と、これで良いでしょうか? それで今のところ、そういった希望は有りませんので、こちらはお返し致しますね」


「はい、ご記入事項はこれで問題有りません。……そうですか。もし、気が変わりましたらいつでも、お申し付け下さい。もちろん私を通してくれたら、スムーズに話が進められるように手配はしておきます。それから、一応これは規則なので、お持ち帰り下さい」


 せっかく頂いたパンフレットだが、せいぜいがライフラインが途絶えた時の、焚き付けにしかならない。

 返しておいた方が良いかと思ったのだが、規則だというのなら仕方ないか。


「では、これで失礼します」


「はい、ご利用ありがとうございました。皆さんにも宜しくね」


 森脇さんに挨拶し、ダン協を辞したオレは、そのまま帰ることにした。

 本当なら併設されている武具販売店で、新しいポーションストッカーを物色したかったのだが、残念なことに営業は20時までだったらしい。

 人気のあるダンジョンに隣接するダン協支部なら、24時間営業しているところもザラなのだが、ここの支部ではまぁこんなもんだろう。


 夜道をトボトボと歩いていると、進行方向に黒い光が渦巻いているのが見える。

 悪いことに、今オレが歩いている歩道ではなく、車道の真ん中だ。

 モンスター災害発生以前よりは、目に見えて交通量も少なくなっているが、依然として交通の要衝ようしょうと言える地域であることに変わりはなく、この時間帯でも先ほどから少なくない車がっている。

 とてもでは無いが、車道の真ん中に立って待ち構えるわけにはいかない。


 ……仕方ないな。


 オレはモンスターの発生に備えて、得物をインベントリーから取り出し、歩道上から車道に向けて、油断なく構えを取っておくことにした。


 もう目に見えて黒い光は集束を終え、モンスターを吐き出そうとしている。


 ギリギリ実体化する直前に、直上を通過した車のドライバーは運が良かったと言えるだろう。

 ……明らかにスピード違反してたけどな。


 街灯に照らされながら、黒い光が消えた場所からおもむろに現れたのは、リビングアーマーというモンスター。


 サイズこそ普通の成人男性ほどだが、動く全身鎧と言えるモンスターで、材質は総金属製だ。

 まんま西洋の騎士甲冑といった姿で、ピカピカ光る銀色。

 当然ながら夜道でも目立っていたのが幸いしてか、上り車線を通る車も、下り車線の車のドライバーも、リビングアーマーの急な出現にも関わらず、無事にブレーキを踏んで止まることが出来ていた。


 即席だが、夜道に現れた小さなコロシアムの様相だ。


 まるで周囲を睥睨へいげいするように見回しながら、腰から騎士剣を抜いたリビングアーマーの、この不出来な闘技場での対戦相手は…………まぁ、オレだよなぁ。


 車のヘッドライトが当たって、銀ピカの鎧が酷く眩しく見えるが、オレは急いでリビングアーマーと正対する位置に進み出た。


 ボヤボヤしてたら、いつリビングアーマーが得物の騎士剣を手近な獲物(この場合は最も近くに停車した軽自動車のドライバーさん)に向けるか、分かったものではないからだ。


 無事、オレを敵と認識させることに成功したのか、リビングアーマーは見るからに重たそうな身体を揺すって、信じられないような速さで斬りかかってきた。


 もちろん、硬さと怪力、疲れ知らずという点がセールスポイントのモンスターにしては……という但し書きはつくが。


 あっさり回避して、後ろからガラ空きの頭部に鎗を突き刺し、そのまま時計回りに鎗を動かすことで、アスファルトの地面に引き倒す。


 すかさずグッと右足で踏みつけ、とにかく滅多刺し……急所らしい急所の無いモンスターなのだから、ダメージを蓄積させて倒すしかない。

 ……とはいえ踏まれながらでも凄い力で暴れ続けているので、いつまでもこうして抑えてはいられないだろう。

 変に頑張って、下手に引っくり返される前に、自分からホールドを解く。

 騎士剣を握る腕を中心にズタズタにしてやったが、穿った穴の中から夜闇より暗い色の煙が這い出して来ては、かたぱしから穴を塞いでいくので、残念ながら目的は果たせなかった。


 この漆黒の煙こそが、リビングアーマーなどの魔法生物系と言われるモンスターの、いわゆる本体というヤツだ。


 煙には当然ながら物理的な攻撃は通用しないのだが、不思議なことに物理的な穴を塞ぐ力は有るらしい。

 とんだご都合主義だと思う。


 いったん騎士剣の間合いからは離れて、仕切り直す。


 戦いの趨勢すうせいを見守りながらも、ドライバー達なりに気を効かせてくれたのか、少しずつ戦いの場は広がって来ている。

 後続車がどんどん来る中で、ジワジワと車をバックさせてスペースを作ってくれているのだ。


 それでも長剣の中でも長い部類の騎士剣や、普通の物よりは短いとはいえオレの鎗を、お互いが存分に振り回せるほどではない。

 スピードで遅れを取ることは無いだろうが、オレがリビングアーマーの攻撃を回避することで、乗用車はともかく運転している人にまで被害が及ぶような事態は、避けられるなら避けたいところだ。


 そんなオレの躊躇ちゅうちょを見て取ったのか、リビングアーマーは大振りかつ、横薙ぎの一撃を放って来る。


 回避すれば軌道上に位置する、焼き鳥の移動販売車に当たるどころか、運転手にも確実に当たるが、受け流そうにも横薙ぎでは似たような結果にしかならない。


 覚悟を決めて、鎗を縦に構え直して受け止める……ズリズリと引き摺られるが、どうにか受け切れた。

 そのまま鍔迫つばぜいのような格好になったが、幸い僅かながらオレの膂力りょりょくが勝っていたようで、渾身の力で押し返してやると、バランスを崩したリビングアーマーは、たたらを踏んでよろめいている。


 オレは追いかけながら、コンパクトに鎗を振り上げ鋭く一閃……リビングアーマーの頭部を地面に叩き落とした。

 そして追撃の連続突きを、隙だらけの胴体に食らわせてやる。


『ピキッ!』


 途中で何やら嫌な音がしたが、無事にリビングアーマーは白い光に包まれて消えていった。


 ドロップアイテムは『魔鉄の破片』……どうせなら、丸ごと置いてって欲しかった。


 何人か車から降りてきたドライバー達が鳴らす拍手の音を聞きながら、愛用のポーションストッカーに続いて、どうやら相棒まで失いかけているらしいオレは、途方に暮れていたのだった。

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