真夜中のお茶碗

青海 嶺 (あおうみ れい)

 真夜中のお茶碗

 ある日の夕食のあと。洗い終わったお茶碗を、食器棚にしまっていたお母さんが言いました。

 「あら、欠けちゃってる」

 それは、四歳になるモモちゃんの、小さなご飯茶碗でした。好きなアニメのキャラクターが印刷されていて、お気に入りの茶碗でした。ちょうど、口が当たる、縁のところが欠けています。これでは、ケガをしてしまいます。お母さんは、割れ物を入れておくビニール袋に、欠けたお茶碗を入れました。

 「ちょっと待って! わたし、まだまだ働けるわ! 欠けてるのなんて、ほんのちょっとじゃない!」

 キャラクターつきのお茶碗は叫びました。でも、残念ながら、お茶碗の声は、人間には聞こえないことになっています。

 その夜、台所の食器棚では、しめやかなお通夜が行われました。もちろん、食器の持ち主の人間たちには、知るよしもありません。

 「短い一生だったなあ。」

 「でも、悲しがってもらえるだけマシじゃない。」

 そう呟いたのは、お弁当箱の中身を仕切るのに使われる、使い捨てのアルミ容器でした。

 「わたしたちだって、洗ってリサイクルに出してもらえれば、別の何かに生まれ変われるの。でも、たいていは汚れたまま、燃えないゴミに出されちゃう。まさに使い捨て。」

 「たしかに使い捨てされるは悲しいだろう。だが、丈夫で長生きなら幸せってものでもないさ。」

 皮肉な口調でそう言ったのは、大量生産のプラスチックのコップたちでした。

 「おれたちは、とにかく丈夫さには自信がある。だが、こどもは大きくなって、いずれはプラスチックのコップを卒業する年頃になる。そうなりゃ、ハイ、さようなら、さ」

 「でも、モモちゃんがプラの食器を卒業するまで、まだ何年もありますから」

 瀬戸物の茶碗がそういって慰めました。

 そんな会話を、棚の隅で黙って聞いている小さなぐい呑みがありました。八歳になるハナちゃんが学校の授業で手作りした焼き物です。手作りのぐい呑みは、他の食器たちからよく悪口を言われています。何が手作りだ、形がゆがんでる。色だって、安物の染料使ってるし。プロの職人が作った本物の食器とは、比べ物にならない。

 そんな悪口を言われるのには理由がありました。ぐい呑みばっかり、家族から可愛がられている、エコヒイキだ、と言うのです。とくに、お父さんは、この形が手にしっくりくるんだよ、と言います。そしてお酒を飲むときにはもっぱら、そのぐい呑みで飲んでは、顔をほころばせています。なにせ娘の手作りですからね。

 そんなことが、他の大量生産の食器たちには気に入らないのでした。それで、ことあるごとにぐい呑みをいじめたのです。

 「ちょっと手作りだからって、いい気になるなよ」

 「ブサイクのくせに、偉そうね」

 ブサイク、と悪口を言ったのは、ブランドもののマグカップでした。綺麗な形、綺麗な模様、世界的に有名なブランドのロゴが、高貴に光り輝いています。それは、結婚記念日にパパがママにプレゼントしたペアのカップで、食器棚のなかでも別格で、特別な扱いを受けていました。それで、粗末に扱われる他の食器を見下していました。いつもツンケンしているので、まわりのみんなからは敬遠されていました。

 しばらくして、今度はその高級なマグカップが壊れました。洗い物の最中に、取っ手が割れてしまったのです。お母さんは残念そうでした。でも、見下されて嫌な思いをしていた他の食器たちは、口にこそ出しませんでしたが、内心、ザマーミロ、と思っていました。湯のみたちは、口々に言うのでした。

 「取っ手が取れたんじゃあ仕方がない。」

 「モノの命は、はかないねえ。」

 またしばらくして、今度は、あの手作りのぐい呑みが割れてしまいました。

 二つに割れたぐい呑みを見つめて、ハナちゃんはしょんぼりしています。その様子を見かねたお父さんは、接着剤を使って、ぐい呑みをくっつけました。そして、以前と同じように、そのぐい呑みでお酒を飲みました。ハナちゃんはまた笑顔になりました。

 ぐい呑みは、自分の幸福をかみしめました。体に入ったヒビこそ消えませんが、こうして直してもらって、また大切に使ってもらえるのは、茶碗冥利に尽きると思いました。

 (せっかくモノとして形を与えられ、魂を吹き込まれたのだから、全てのモノが自分のように、大切にされるといいのに。)

 ぐい呑みは、そう願うのでした。

                 (終)

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 真夜中のお茶碗 青海 嶺 (あおうみ れい) @aoumirei

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