第10話 魔王様と古代魔法式
「ねぇ、ルリハがいつも使ってるファイアーの魔法式、見せてくれないかな」
俺は、ルリハにいつも使っている魔法を見せてくれるように頼むことにした。
「いいわよ」
ルリハが腕まくりをして魔力をこめ始める。白く細い腕に、赤く魔法式が浮き上がってきた。
昔ながらの魔法使いの体にはこんな風に魔法式が刻まれていることが多い。
普段は目に見えないが、魔力を通すことで、式が浮かび上がってきて魔法を発動することができるのだ。
最近は杖や指輪に魔法式を刻んだり、シールタイプの魔法式というのもあるらしい。
だが破損や紛失の可能性が少なく確実なので、こうした魔法式を体に刻む方法は未だに有効だとされているのだ。
ルリハの魔法式をじっと見つめると、長くて付加効果が沢山付いている。思っていた通り典型的な古代魔法式だ。
例えば火の魔法を使いたい時、現代魔法ならば「ファイアー」という一つの式で魔法が発動する。
しかし古代魔法で同じ魔法を使おうとすると、少なくとも「火」「方向前方」「効果範囲一人」を意味する三つの式を用いなくてはならない。
そのため古代魔法は細かい調節はきくものの、どうしても式は長くなるし、少しでも間違うと発動しないので難しいとされているのだ。
「ねぇルリハ、この魔法式、少し弄っていいかな。それで消費魔力を抑えられるかもしれない」
レノルが提案した作戦は、魔力を増やすのではなく魔法式を削り軽量化するというもの。
上手くやればかなり消費魔力を抑えられる。
「えっ? でも、これ古代魔法式だから難しいわよ」
ルリハは怪訝そうな顔をする。
「それに、先祖代々受け継がれてきた魔法だし、もし失敗して使えなくなったら困るわよ。一族で、母さんからこれを受け継ぐことが出来たのは私だけなんだから」
大事そうに右手を抱え込むルリハ。俺はさらに提案した。
「じゃあ、こうしよう。まず初めに右手の魔法式を左手にコピーする。それで弄るのはコピーした左手の魔法式のほうだけにするんだ。これでどう?」
確かに、魔法式を変えたり、新しく書いたりするのには技術がいる。だが
ルリハは心配そうな顔をしながらも渋々承諾した。
「右手の魔法式が無事ならいいわ」
「ありがとう」
早速ルリハの右腕の魔法式を、慎重に左腕にコピーする。
左腕の魔法式をじっと見つめると、威力アップや範囲アップの式が何重にも加えられている。
こんな魔力の食いそうな魔法、よく使ってたなと感心する程だ。
「お母さんが言ってたわ。この魔法式を使いこなせれば一流の魔法使いになれるって」
逆だ。この魔法式を使いこなせれば一流の魔法使いになれるのではない。これは一流の魔法使いにしか使いこなせない式だ。
恐らく、ルリハの母親は感覚で魔法を扱える天才タイプで、よく考えなくてもこの魔法式を使いこなしていたのだろう。
けど、そういう人間は得てして人に物を教えるのは苦手だったりするものだ。娘のために魔法式を改良しようなんて考えもしなかったに違いない。
「よし、できた」
俺は周りについていた追加効果の式を全て取り払い、できるだけシンプルな魔法式にする。
「これで威力は減るけど、前よりも魔力消費が少なくなるはずだよ」
「すごく短い式ね。これで本当に魔法が発動するのかしら」
ルリハは目をパチクリさせた。
「実際に試してみたら?」
「そうね」
早速ルリハが魔法の試し打ちをする。
「ファイアー!」
小さな炎が音を立て、パッと開いて消えた。
「うん、問題ないわ。むしろいつもの魔法より楽みたい」
「なら良かった」
俺はその式を、さらに左腕の空いたスペースにコピーし、範囲アップの式を貼り付けた。
「よし、空いたスペースにもう一つの式も作ったよ。これは、複数の敵を攻撃できるファイアー」
これでルリハは、いつもの威力の強いファイアーの他に、魔力消費が少ない軽量化したファイアーと、複数の敵に攻撃できるファイアーの三つのファイアーを使えるようになった。
「凄い。これで攻撃の幅がぐっと広がるわね」
ルリハが信じられない、という顔で俺を見つめる。
「まさかマオにこんな才能があったなんて」
「才能だなんて。ただ
「でも、今どき古代魔法式を使いこなせる人なんてそうそう居ないわよ」
そりゃ伊達に長生きしてないからな。
現代魔法が確立されたのは、たかだかここ五十年くらい。俺にとっては古代魔法式のほうが馴染みがあるのだ。
「僕に魔法を教えてくれた師匠が、そういうのを研究するのが好きで、僕も色々教わったんだ」
適当に考えた設定をでっち上げる。
「そうなの。それって、マオを育ててくれたっていう神官さん?」
「うん」
魔法軽量化を思いついたのはレノルだし、レノルも魔法式を組立てるのが好きで、神殿にも色々魔法式関連の本があったから、あながち間違いではない。
ルリハは一番軽いファイアーをファイアー、範囲の広いものをフレイム、一番威力の強いものを業火と名付け、何度か練習をした。
使い慣れた魔法と途中まで式が一緒なおかげか、魔法はどれもスムーズに発動し、特に支障も無さそうだ。
「さてと」
俺はルリハの魔法式から抜きとり余った魔法式を、手元の羊皮紙に
魔法式は、キラリと光ると、茶色い文字となって羊皮紙の中に収まった。
この魔法式は、恐らく他の魔法にも付加できるはずだ。
今は魔力が足りないので付加できないが、もう少しレベルが上がったら、俺の回復の魔法式にこれを足してみよう。
ひょっとしたら、範囲効果アップの式で二人まとめてヒールできるようになったり、威力アップの式で回復量を上げたりなんてこともできるかもしれない。
そう考えると、何だか胸がワクワクしてきたのであった。
◇
「ファイアー!」
小さな炎がスライムを包む。瞬く間にスライムは消し炭になった。
「うん、順調順調」
スライムを焼き払ったルリハは嬉しそうに頬を緩ませる。
「ルリハ、後ろ!」
今度は気を抜いているルリハの後ろからスライムが襲ってきた。俺はダガーナイフを抜くと、ルリハの体を抱え一気にスライムを切り裂いた。
「ありがとう、助かったわ」
「無事で良かった」
現在地はダンジョンの地下二階。前回はダンジョンの入口付近で引き返していたので、大きな進歩である。
出てくるモンスターは相変わらずスライムばかりだが、地下一階と違い数が多く、次から次へと襲って来て、休む隙がない。
初めはルリハの魔法を温存する予定だったが、俺のナイフだけでは対処しきれず魔法を使わざるを得ない。
ピコン。
「マオ、投影機が光ってるわよ」
言われて首からぶら下げた投影機を見ると、確かに緑色に光っている。
魔力を込めると、人工精霊のアレクサが飛び出してきた。
「レベルアップおめでとうございます!」
どうやらスライムを倒しまくったおかげでレベル2になったらしい。
「へぇ。レベル2。おめでとう」
「ありがとう」
ルリハは俺のアレクサをじっと見つめた。
「それにしてもアンタのアレクサ、貰った時ののままなのね。名前も変えてないし」
「えっ、名前って変えれるの?」
未だに通話以外の機能の使い方はよく分からない。人口精霊の設定など弄ったことも無かった。
「そうよ。ちなみに私の人工精霊はダイアナって言うの。ダイアナ!」
ルリハが人工精霊を呼び出す。
「お呼びでしょうか、お嬢さま」
出てきたのは、黒髪の姫カットにヘッドドレス、メイド服みたいなエプロンドレスを着た人工精霊だった。
「見て、可愛いでしょ」
「わぁ、僕のアレクサと全然違う」
金髪に緑のワンピースという昔ながらのシンプルな妖精スタイルのアレクサと、美しく着飾ったダイアナを交互に見比べる。
「当たり前よ。見てこれ、春の限定衣装。これを手に入れるために課金したんだから」
胸を張るルリハ。
「課金ねぇ」
お金がかかるのかよ。
「課金の額しだいではいくらでも凝った外見にできるわよ。マオもどう?」
「いや、僕はこのままでいいかな。ほら、このままでもうちのアレクサは可愛いし。投影機の使い方もまだよく分からないし」
「ふーん。マオって古代魔法みたいな複雑な魔法式は扱えるのに、魔道具を使ったりするの苦手よね」
「ははは。どうも僕は原理の分からない物を使うのには抵抗があって」
それに何百年も生きてるから、新しいものより古いものの方が得意なのだ。
「ふーん、変なの。投影機のほうが、魔力を込めるだけだから簡単なのに」
ブツブツ呟くルリハ。
「それより、ルリハもだいぶ敵を倒したし、レベルアップしてるんじゃないの?」
「そう言えばそうね。通知機能を切ってたから忘れてたわ。ダイアナ、レベルを教えて頂戴」
「お嬢様のレベルは4です」
「レベル4」
「増えてる!」
手を取り喜びあう。
レベルアップのおかげで疲れも吹っ飛び、二人でそのままどんどん奥へと進んだ。
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