僕の計画は、そんなに綺麗なものじゃないよ。



「ルークさんにも手伝ってもらい、オレの父の夢を使ってミマナ君を選ぶように仕向け、そこにマイト君の父親の依頼を被せて偽装し、町を出るように台本を作りました」

「そんな回りくどいことをしなくても、この世界の仕組みを説明すれば済むんじゃ――」


 協力してもらえば楽勝だったのではないか、そんな思いから出た台詞をクロード先輩は遮る。


「それができれば良かったのですが、オレには対抗できるだけの戦力がありません。ですので、他の選出者たちに居場所が知られてしまうのを避けるためには仕方がなかった。マイト君を護衛に指名したのもそのためです。――まぁ、メアリの一件ではそれが裏目に出たようですが」


 言って、クロード先輩は苦笑する。あのときは余裕ぶった言い方をしていたが、実は内心かなり焦っていたらしい。


「えっと……そこまではわかったわ。でも、どうして今期の選出者を選ぶ神の使いがルークだと誤解されていたわけ?」


 サニーもステラも、クロード先輩を警戒している様子はなかった。サニーにいたってはどちらかというと、ルークに対して敵対心を燃やしているようにさえ思えたのだが。


「えぇ、それはルークさんから頼まれて、彼に『今期の月影の乙女を選ぶ神の使いである』と名乗るのを許可したからだと思うのですが――」


 言って、クロード先輩は窓際に立つルークに目を向ける。


「――そう言えば、その理由を聞いていませんでしたね」


 クロード先輩の台詞に対し、ルークはただ見つめ返してきた。


「だろうね。秘密にしていたから」


 ひんやりとした雰囲気のある返事。あたしとクロード先輩は瞬時に警戒する。


「何か、別の目的があるってこと?」


 あたしの問いに、彼は人差し指を軽く口に添えてくすっと小さく笑った。


「余計な詮索は無用だと教えたこと、忘れたかい?」


 指摘されて、あたしの身体は熱を帯びる。


「それに、忘れて欲しくないことはそれだけではない。僕だって君を選んだ一人だ」

「……ん?」


 その意味がわからない。ルークは会うたびにあたしを選んだのは自分だと主張していたような気がするが、しかしクロード先輩の話からするとルークは結果的にあたしを選ぶことにしたに過ぎないような気がするのだが。

 あたしがきょとんとしていると、ルークは続ける。


「陽光の姫君の選者が執事をしていたサニーで、その愛する存在として仕える相手であるメアリが選ばれた。星屑の巫女の選者は大規模な商家の息子として育てられていたレイで、その愛する存在は自身の父の妾の娘、妹君に当たるステラが選ばれた。僕には、僕の計画に相応しい選出者を月影の乙女を含めた三人の中から選ぶことができたわけだ。その中からミマナを選ぶことにしたことには違いないのだがね」

「たまたま最初に告知に行った相手がクロード先輩だったから、ということではなく?」


 少なくともサニーは誤解していた。つまり、先にクロード先輩に告知がされていた可能性が高い。その上で、月影の乙女の選者であることを名乗らせる許可を得るのは自然な流れだ。

 あたしの問いに、ルークは首を横に振る。


「僕には、誰が選者で、誰が選出者となるかわかっていた。いちいち会わないとわからないだなんて、そんな手間になるようなことはしないよ」

「へぇ……となると、前の月影の乙女の選者だったってことかしら? そういう思い入れがあっても良いわよね? あたしがあなたの計画に乗るとは限らないのだもの。それに、うっかり資格を失う可能性が高いのもあたしじゃない? どうしてそんな危険な賭けに出たのかしら?」


 なぜあたしなのか。その理由がとても知りたかった。地位も名誉も財産もないあたしが、どうして選ばれたのか。

 何と答えるかとあたしが視線を向けていると、ルークは再び楽しげに笑う。


「そうだね。確かに前期では月影の乙女の選者だったが、それだけで君を選ぶほど単純ではないよ。――ま、似ているとは思ったけど」

「似ている?」

「僕が愛した女性にね。今はもうこの世にいないが、どことなく似ているように思えた。月影の乙女に選ばれる女性の共通点なのかもしれないがな」


 その答えを聞いた瞬間、首筋に痛みが走る。


 ――これは、痣の位置……?


「――さてと。そろそろ月が満ちる頃かな?」


 あたしが首筋を押さえたのを見て、ルークは嬉しそうな声を出す。


「ミマナ君、その痣……」


 手で隠れる大きさを超えているのだろう。あたしの首元を見て、クロード先輩は不安げな声を出す。


「この痣が満ちたら、神を倒せる力が手に入るんだっけ、ルーク?」

「えぇ。そう説明したね」


 なんか嫌な感じがする。ステラとの戦闘で受けた傷が完全に癒えているわけではないこの状況が、なんとも不安な気持ちにさせる。


 ――とりあえず、ここまで話を聞いてみて疑問に思ったことをぶつけてみるか。


 あたしは小さく息を吸い、改めてルークを見つめた。


「あなた、嘘を隠すために、顔を隠しているわね?」

「何のことかな?」


 そう返すだろうと思った。あたしはさらに続ける。


「選出者を抱いたって話、それは嘘だわ」

「ほう」

「愛した女性がこの世にいないってのも嘘。だって、その人、今の神様なんじゃないの? あなた、神の側近じゃないの? 違う?」

「……」

「だから、愛する人だから、倒されたくないんじゃないの?」


 あたしの重ねられた問いに、ルークは目を細めた。


「――僕の計画は、そんなに綺麗なものじゃないよ」


 ルークが視界から消える。どこに行ったのかと探す前に、ぞくっとさせる気配があたしの後ろに現れた。あたしを抱えるように腕が回され、両腕ごと挟まれて身動きが取れない。まさかこんな感じに捕まるとは。


「ミマナ君っ!」


 助けに入ろうと動くクロード先輩。しかしルークの空いている手があたしの首を掴んだのを見て留まる。


「ん……なにごとだ……って、ルーク、お前っ!?」


 クロード先輩の叫び声で目が覚めたのか、それとも術を解いて強制的に覚醒させたのか。眠っていたはずのマイトは起き上がって体勢を整え、様子を窺っている。寝起きなのに反応が良い。さすがはマイトといったところかしら。


「無駄話はこの辺で終わりにしようか。君にはやってもらわなきゃいけないことがあるからね」

「あなた、あたしに何をさせるつもりなの?」


 逃がすまいとしているのか、あたしを抱える力はとても強くて苦しい。搾り出すように発した声で何とか問う。


「神を殺し、新たな神を産み落としてもらうよ。それは伝えたとおりさ。――ただし、命と引き換えになるが」


 二人の、声にならない声が聞こえる。


「ミマナ、君が恋をする前に死にたくないと願ったこと、忘れはしないよ。強くそんなことを念じていたのは君だけで――だからこそ、興味を持った。もう少し、自分の恋を優先するかと思ったんだが……期待はずれで残念だ」


 ――いや、まぁ、確かにそんなことを考えてはいたけど……それで命を奪われちゃ敵わないんだが……。もう、無理かな……。


「さぁ、一緒に来てもらおうか、ミマナ」


 ルークがそう告げたところで、あたしの意識は一度途切れたのだった。





 ――あたし、死ぬのかな……。


 意識がぼんやりしている中でそんなことを思う。そして思い出されたのは、町長に呼び出された日のことだった。


 ――死ぬ前に恋がしたい、やるべきこともやりたいこともいっぱいあるんだって思ったけど、あたしが心からやり遂げたいと思っていたことって、結局なんだったんだろうな。


 次々と顔が思い浮かぶ。

 あたしが格闘技を習うことについて反対していたけれど、結局やめろとは言わなかった優しいお父さん。あたしが好きなことを好きなだけできるように応援してくれて、だけどそれで無理しすぎて倒れてしまった頑張り屋なお母さん。どんなに冷たくしても、つれない態度をとっても、信じて支えてくれたクロード先輩。


 そんな身近な人たちの中で、一番強く浮かんだのはマイトの姿だった。


 あたしに負けてすぐ泣きべそをかいていたのに、いつの間にか頼れる存在になっていたマイト。学校を卒業しちゃったし、道場にも通えなくなって疎遠になったから、きっとあたしのことなんか忘れているだろうって思っていたのに、そうじゃなかったこと、嬉しかったよ。あたしのこと好きだって言ってくれたこと、最初はびっくりして何も返せなかったけど、すっごく嬉しかったんだよ。守るって言ってくれたこと、クロード先輩に嫉妬しているのを明かしてくれたこと、真っ先にあたしを助けに駆けつけてくれたこと、どれも本当に嬉しかったんだよ。


 なのに。


 あたしはこの気持ちをまだ、ちゃんと伝えてない。


 ――くやしい……。このままじゃあたし、死んでも死に切れないよ……。

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