四十話 やっと見つけた
「ほぉおおお! 貴重な書籍が本当に山ほどあるぞ! どんな宝庫より貴重な空間だ! 夢でも見ているようだぞ!」
「りっちゃんしーっ。図書館は大きな声で話しちゃ駄目なんだよ」
「アマミ姉! 行こ! 早く! 我全部読みたい!」
「しーってばりっちゃん。そんな時間ないんだからちゃんと選ぼうね」
「うん!」
動物園に来た子供よりはしゃぐリーシェッド。周りの大人達も可愛い姉妹が来たと微笑みながら見つめていた。
本土に渡って少し歩けば県立の大型図書館に到着する。海の見える図書館として有名なそこは、観光地の少ないこの地域の名物の一つ。休日は地元民から観光客まで立ち寄るほど人気スポットだった。
早足で歩き回るリーシェッドが席へ着いたのは二十分後。手に持っていた本は三冊で、いずれも『食糧難』に関する歴史書だった。
余り勉強が得意とは言えない甘海は息を飲む。目の前の分厚い書籍を自分が読むなんて信じたくなかったのだ。
「アマミ姉、いつでもいいぞ?」
半分閉じた目を輝かせ、ワクワクする天使のような悪魔。甘海は決意を固めた。
「ま、任せなさ〜い……」
ここからの時間は、甘海の体感で異常に長かったという。
リーシェッドの知りたい答えに辿り着くため何度もテーマを絞って様々な本を読んでいった末、とうとうリーシェッドは終点へ辿り着いた。
「そうか、『畑』だ」
「……え?」
予想外の言葉に甘海が固まる。絶望にも似た表情にすら気付かないリーシェッドは、意気揚々と説明した。
「魔界での食料問題。魚を獲る、狩りをする、果物を採取する。我はその他の方法を探していたのだ。畑のように自ら手を掛け育てていく生産という発想。正しくこれが革命の狼煙だぞ! 人間は凄いな!」
「だぁああああああ〜……っ」
「ど、どうしたのだアマミ姉??」
甘海は机に突っ伏して落胆していた。まさかこんな簡単なことが知りたくて難書を何冊も時間をかけて読んでいたなんて、完全に心が折れていた。
「先に、先に聞いておけば……」
「アマミ姉? 疲れたのか? でも一緒に喜んで欲しいのだ。共に真理へと辿り着いたのだぞ?」
「りっちゃん……」
「なんだ?」
「畑、うちにあるよ……」
「えぇええ!?」
灯台下暗し。
信じられない結末を迎えた二人だったが、ムキになったリーシェッドは図書館に来たことを無駄にしたくなくて今度は農業の専門書を読み漁ることにした。付き合わされた甘海の頭がオーバーヒートを起こしたのは言うまでもない。
夕方の便で島へと戻った二人は、家に帰るなりお風呂に入ることにした。身体的な疲れはなくても、甘海としては気持ちを休めたかったのだった。
「こらりっちゃん、動かないで」
「う〜……慣れんのだ『しゃんぷー』というのは」
頭を洗われながらもぞもぞするリーシェッド。甘海が久しぶりに二人で入ると言い出した時からバツの悪い顔をしていたのは、シャンプーをサボっていたからだった。それを見抜いていた甘海に容赦は無く、自分の倍は時間をかけて丁寧にケアをすることに決めていた。
やっと湯船に浸かり、全身の力をお湯に溶かす甘海。その上に抱きかかえられたリーシェッド。二人が同時に「はぁ」と満喫の声を上げた。
黙って数分。この沈黙が二人にとって何を意味しているのか、甘海には痛いほど分かっていた。
これが最後のお風呂だろう。
答えを見つけた。帰る手段も見つけた。目的を果たした上に、人間界にいる間は常に絶不調のまま動かなければならない。留まる理由なんて何一つないのだ。
「アマミ姉……」
「どうしたの、りっちゃん」
力無い声。脱力したリーシェッドは振り向きもせず、甘海の鎖骨と肩の間に頭を乗せたまま呟いた。
「楽しかった」
「そっか、りっちゃんが楽しいならそれは何よりだよ」
「ん、嬉しかったのだ。我は」
「うん」
ぽつぽつと語るリーシェッドへ、甘海は短い返事で返していく。
「家族はおる、慕える者も少ないがおる。それでも、ただ甘えて良い頼って良い『姉』がいるというのは新鮮だった。うっかり魔王であることを忘れてしまうほど、安心してお前の隣にいたのだ」
「うん」
「常に気を張っているつもりもないが、いついかなる時も王として見られるよう備えていた。ただの少女じゃ舐められるから」
「うん」
「それがどうだ。アマミ姉と出会ってからすっかり腑抜けてしまった。一緒に寝たい。一緒にご飯食べたい。一緒に出掛けたい。親に抱いた事すらない感情が溢れてくるのだ」
「……うん」
リーシェッドは振り返り、甘海の目を見て微笑んだ。
「我は、甘えん坊なのかもしれんな」
言った途端、甘海はリーシェッドの身体を強く抱き寄せ、彼女の頭を自分の髪の中に埋めた。リーシェッドも抱擁を返して頬擦りしながら「へへへ」と甘える。
甘えてもいいよ。そう甘海が言っていると解釈したリーシェッドだったが、実際には違う。
甘海は見られたくなかったのだ。寂しくて泣いてしまう弱い自分の姿を。
「へぇ……そっ、か」
全身に触れるお湯のせいではない。たちのぼる湯気は関係ない。頭が、胸が、熱くて堪らない。
甘海は目元を拭い、深く何度も息をすることで対処する。その感情は、決して見せてはいけないものだから。
「りっちゃん」
「なんだ? アマミ姉」
「髪、まだちょっと臭い。ちゃんとシャンプーしない子は甘えさせてあげませーん」
「いーやーだーー!!」
急に引き離そうとする甘海に全力でしがみつくリーシェッド。これで良かった。リーシェッドの性格からして、こうしていれば是が非でも離れようとしない。
しばらく、涙が引っ込むまでこのまま時間を稼ぐことにした甘海は、笑いながら妹をからかい続けたのだった。
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