三十八話 気付いた
「って違ぁあああああああうう!!!!」
気持ち良く晴れた日の昼前。緑に囲まれた一軒家の縁側で少女の叫び声が鳴り響いた。
「どしたのりっちゃん。この髪型気に入らなかった?」
「いやそうではない! ハーフアップは可愛いと思う! そうじゃないんだ!」
「んん?」
甘海に向き合うように立ち上がったリーシェッドは、口を開こうとしたが思い留まる。床に転がる手鏡で前髪を整えてから、仕切り直してもう一度向き直った。
「我はアマミ姉と遊ぶためにここへ来たわけではないのだ! もうひと月くらい遊んでしまった! 人間界をひと月で支配すると息巻いたのに!」
「あぁ、え? そうなの?」
「まぁ支配はこの際どうでもいい。せめて何かしらの収穫を得ねばシャーロットに殺されてしまうのだ。我死なんけども」
「そっかそっか」
滞在時間を伝えては来なかったが、いくらなんでも城を放置し過ぎたことに気付いたリーシェッド。誰にも顔向け出来ない現状に焦りが押し寄せていた。
分かってか分からずか、甘海はうんうんと考えるように頷く。
「お土産が欲しいのか〜」
「ちがっ、そ……間違ってはおらんが微妙に違うのだ……」
「つまりどうしたいのかな?」
強気に攻めたのに逆に問いただされてしまい、なぜか形勢の悪いリーシェッドは頭を悩ませた。
「まずは記録を付けねばならん、と思う」
「日記? 日記帳ならあるよ」
戸棚から持ってきたそれは、明らかに小学生向けの可愛らしい日記帳。大人しく机に向き合って日記をつけていくリーシェッドは、『これじゃない感』に頭を抱えた。
「え〜、魔界新暦〇〇年八月……今日は何日だ?」
「十二日だねぇ」
「うむ……人間界に魔素は無いが、胎内魔力の存在を確認。放出系は出せないが肉体強化並びに言語認識系魔法に成功っと」
「あ、最後に『楽しかったです』って付けるんだよ」
「楽しかったです……って別に楽しくはないわ!!」
「日記はそういうものだよ。ほら、上のところに絵を描いて」
「あ、はい……」
報告書に感情を入れるなと怒った過去がある彼女だが、甘海の妙な威圧感に押されて次々に『楽しかったです』『美味しかったです』と書き込んで下手な絵まで付けていく。結果、誰にも見せられない報告書(日記)が出来上がってしまった。
「うぅ……なんか違う……」
「ええ〜、すっごく可愛いよ? この絵って私だよね? 笑顔が可愛くて素敵だなぁ」
「そ、そうか?」
褒められたしもういいやと諦めるリーシェッド。以降、甘海が見ていない所で日記を書く時も感想と絵を入れることにした。
その日の夕方。リーシェッドは家から少し離目の所で魔法の実験を行っていた。
「これもダメか……」
「何してるの?」
「お、アマミ姉ダメだぞ。危ないから近付くんじゃない」
地面には様々な魔法陣が組まれては消され、その中でリーシェッドは息を乱していた。
魔法自体は使える。しかし発現はしない。それは魔界にいるときでは自身の魔力不足の際に見られる現象で、風船から空気が抜けるように魔力だけが抜けていく。空気中に魔素がないと回復も出来ず、リーシェッドはブレスレットの魔石を砕いて吸収するしかなかった。
「随分息が上がってるけど大丈夫?」
「あぁ……身体が重い。ただの魔力不足なのだが、人間は常にこの状態というのが驚きだな」
ジャンプをしてみても人の高さほども跳べない。地面に鎖で繋がれているような感覚に彼女はとうとう倒れてしまった。
「りっちゃん!」
「ううん、少し寝る。寝れば多少、魔力生成されるはずだ」
そのまま寝息を立てるリーシェッドを担ぎあげ、甘海は家に帰ると彼女を綺麗にして布団に寝かせることにした。
リーシェッドの寝顔を優しくさする甘海。突然やってきて遊び呆けていた彼女がどこかへ行ってしまう気がして、少し寂しそうな顔をしていた。
翌朝に目が覚め、リーシェッドは驚愕の事実を知ってしまう。
「魔力が……回復しておらん」
満ち溢れている時には気付かなかったが、人間界に来てからリーシェッドの魔力は一度も自然回復をしていない。魔界史の中で打ち立てられた『体内で僅かながら魔力の生成がされている』という理論が崩れた瞬間だった。
すぐさまブレスレットの魔石を確認して、残りの個数を手に取る。それは僅か二個。実験で使い過ぎてしまっていた。
「ま、まずい……帰れなくなる」
これ以上の魔石の使用は出来ない。まだ情報も集めきれていないのだから、これからは人間と同じく魔力無しの状態で調べ物をするしかなかった。
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