外伝② ココアのお留守番
こんにちは。リーシェッド様のお小遣い管理と城のお風呂掃除を担当してる直属メイド、ココアです。
今日もわたしはお留守番。執務室の書類整理のお手伝いが終わったところです。シャーロット様と二人でやりました。
そうです。リーシェッド様がお出かけするのはよくある事なのですが、今回は珍しくシャーロット様もお留守番です。
「……………………」
シャーロット様はいつも気丈なのですが、リーシェッド様のお傍を離れると執務室の机につっぷしたまま動かなくなります。もちろん、仕事は全て終わってからです。きっと寂しいのだと思います。
「おーい! 誰かいないのかー!」
入口の方から誰かの声がします。確か、今朝方シャーロット様がお客様がいらっしゃると言っていたのでその方達のはず。
「……………………」
シャーロット様が無言で指を上げて来ました。わたしが対応すればよいのでしょうか。言葉を話せないので上手くできるか心配です。
「カタカタカタ」
でも行きます。わたし、いっぱいお役に立ちたいのです。
門を開けるのも大変です。リーシェッド様はあまりメイドを雇っていないので、これも普段はラフィアさんのお仕事です。ラフィアさんはリーシェッド様に着いていったのでいません。
「おぉ! ココアたんじゃねえか! 元気か!?」
「カタカタカタ」
「そうかそうか! そりゃ何よりだ!」
いらっしゃったのはボルドンさんとラグナさん。共に戦ったのが懐かしく感じますが、まだ一月と少ししか経ってません。
「ココアたん? ボルドン、お前普段はそんな感じなのか?」
「何言ってんだ? リーシェッドに負けた奴はココアたんって呼ぶ決まりだぞ?」
そんな決まりはありません。
ラグナさんは真面目さんです。ホントに信じてしまったようで、頬を赤くしてます。
「コ、ココアたん……この前は世話になったな」
正直、わたしも恥ずかしいのでやめて欲しいのですが……。
わたしを『たん』付けで呼ぶ仲間が増えて嬉しいのか、ボルドンさんは前より上機嫌です。少し見回すように話を続けてくれました。
「シャーロットはいないのか?」
「カタカタカタ」
「なるほど、俺たちはお嬢に建築資材を貰う約束をしてたんだけどよ、今日はその数を確かめに来たんだ。場所だけ案内してもらえるか?」
「カタカタカタ(こくこく)」
「ありがとなココアたん。忙しいのによ」
建築資材の保管庫は知ってます。案内だけならわたしでも出来そうなので安心しました。
案内をしている途中、ボルドンさんとラグナさんは和気あいあいと話していました。喧嘩から始まる友情。リーシェッド様がくれた人間の書籍にもあった通りです。
「ボルドンはココア……ココアたんの言ってることが分かるのか?」
「おうよ! 心が通じ合ってこその仲間ってもんだろ!」
ほんとかなぁ?
「メイド長は不在なのか?」
「あぁ、お嬢にくっついてどっか行ったみたいだぜ。いつも通りだな!」
違います。机にしがみついて寝てます。
資材置き場のある倉庫に入ると、二人は手際良く持っていく物を別の場所に避けて紙に記入していきます。力だけで大きな建材を運んだり、テキパキと書類を作ったり、仕事が出来る人ってカッコイイです。わたし、憧れます。
手伝おうとしても「子供は危ないから」と避け物にされちゃいました。わたしは力がそこまで強くないので、大人しく見ていることにしてます。
「とりあえずこれだけあれば十分だ。ココア……ココアたん。サイン貰えるか?」
サイン? サインとは何でしょう……汗をかいてらっしゃるので、なにかお飲み物のことでしょうか。でも、さっきまで書かれていた紙を渡されてしまいました。どうすれば……。
「なるほどなるほど、ココアたんはこういうの初めてなんだな。城のメイドはお茶を入れたり掃除が仕事って誰かが言ってたぜ」
「カタカタカタ」
「そう、簡単簡単。ちゃんと教えるから安心してくれ」
ボルドンさん、今度はわからないって伝わりました。やっぱりいい人です。
「まず建材を数えて」
「カタカタカタ」
「数が合ってたら下のところに名前を書く」
「カタ……」
な、名前!
わたし、文字書いたことありません!
どうしましょう、大ピンチです。以前リーシェッド様が話す練習といって文字を指差しながら発音してくれましたが、もうあやふやです。あんなに沢山の文字から『コ』と『ア』を思い出すなんて出来るのでしょうか。
「さ、頼む」
ペンまで握らされました。もう逃げられません。
やってやります。やってやりますから!
『コ』
『コ』
「ア」
か、書けました……? 書けましたか? 頭が熱く感じます。でも書けました!
「どうだ?」
ラグナさんものぞき込んできました。大丈夫なはずです。大丈夫と言ってください。
「んや〜、大丈夫だろ」
「そうだな。癖字がキツイがまぁいい」
やったぁ! やったやった! 名前が書けるようになりました! 新しいお仕事出来ました!
「カタカタカタカタカタ」
「うおっ! なんだ急に」
「喜んでるんだ。新しい自分に気付いた喜びの舞なんだきっと」
こうして、一人で来客の対応が出来てしまったわたしは、その晩帰ってきたリーシェッド様に早速報告しました。
「カタカタカタカタカタカタ」
「おいおい、妙に機嫌が良いなココア」
少しお疲れなのか執務室の椅子に深く座り込んだリーシェッドでしたが、その間も書類の確認に勤しまれてました。シャーロット様は寝ているところを見られてしまい、わたしの代わりにお風呂掃除をしています。
ずっと握りしめていた紙をリーシェッド様に渡します。
「お、これはラグナのとこの見積り表か。なになに……うぅ、足元見やがってあのトカゲめ」
「カタカタカタ」
「もっと下か? お、これはココアの署名じゃないか! シャーロットではなくお前が対応してくれたんだな! 偉いじゃないか!」
「カタカタカタ」
リーシェッド様はすっごく褒めてくれます。いつもは頭を撫でてくれるのですが、頑張った時は抱きしめてくれます。それが嬉しくて、身体が熱く、熱く、熱い……。
ポンっ。
「変身しちゃったな。お前も嬉しいのだなココア。文字書けたもんな」
「…………(ニコ)」
「我の顔でそんなニコニコされてもくすぐったいが、まぁいい。これを期にしっかり文字の練習も始めようか」
「…………(こくこく)」
リーシェッド様はお仕事中だったのに、横に椅子を置いて座らせてくれました。文字の本もずっと傍においていてくれたのか、マントから取り出して広げます。
「さて、本格的にはしないが、今は少しだけ手直しだ」
「…………」
「ラグナから預かった紙の名前な、『ココア』じゃなくて『コアラ』って書いてるぞ」
「…………!!」
コアラ!! 誰ですかそれ!!
「二つ目の『コ』と『ア』が近過ぎるのだ。この線をもっと上にして、少し離すと『ココア』と読める。わかったかコアラたん?」
「…………〜!(ポカポカ)」
「あっははは! 叩くな叩くな! 初めは誰でも間違えるものさ!」
酷いです。間違ってるのに、上げて落とすなんてリーシェッド様は意地悪です!
それからしばらく、わたしはコアラと呼ばれて弄られることになりました。
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