十七話 二人の記憶
「なぁタルタロス! 冒険者になったら世界中を旅しようぜ! そんでさ、トレジャーハンターになってお宝探しすんだ!」
「楽しみ、ラグナ、強いもん」
「何言ってんだよ! お前も本当は強いんだぜ? なんたって火が出せるゴーレムだ! きっと大人になったら伝説のイフリートみたいに強くなるって!」
魔界が七つ分けられる前、今のタルタロス領がある火山地帯にやってきた旅するリザードマン集団。その一人であるラグナは、幼いながらも大人に引けを取らない実力を持っていた。そんな彼が、仲間からあぶれている変わったゴーレムと出会ったのは運命だ。どちらも強い力を持っていたため友達もおらず、まるで生き写しのような境遇なのに性格は真逆。惹かれ合うのに時間はいらなかった。
「タルタロスは何が欲しい?」
「友達」
「はははっ! 友達は俺がいるじゃねえか! 物欲はないのかよ!」
「むぅ、ラグナと旅する、それでいい」
「なんだそりゃ! はははっ!」
まだ小さな子供であるラグナとタルタロスは、よく夢を語りあって笑った。同年に産まれた二人は、出身地の違いはあれどすぐに親友となる。
そんな彼らが引き裂かれたのは、魔神による大災害が魔界を襲った時だった。
リザードマンの里が危機に陥ったとの情報が入り、ラグナを含めた全てのリザードマンが帰郷することになる。その時、ラグナはタルタロスと一つの約束をする。
最後の夜、わざわざ星の見える場所まで散歩しながら、ラグナはタルタロスへ本心を打ち明けた。
「なんでこんな時代に産まれちまったんだろうな……」
強気なラグナが、珍しく俯いて座り込む。隣に腰掛けたタルタロスは、心配そうに覗き込んだ。
「俺、本当は戦うのが怖いんだ。戦ってるせいで、お袋も妹も死んじまってさ……誰かが苦しむ顔は、もう見たくない。だから、大人になったら楽しい冒険がしてぇんだ」
「ラグナ」
「トレジャーハンターってよ、なんか夢詰まってんじゃん! 誰かを倒さなきゃいけないわけじゃないし早い者勝ちじゃん? それで、それだけでいいんだよ……」
「……」
ただ力を持ってしまったせいで、戦わざるを得ない。戦禍の世に生まれてしまった事を悔やむ彼は、みんなが笑って過ごせる未来を渇望していた。
タルタロスは立ち上がり、星を見上げながら拙い言葉を紡いだ。
「俺が、魔神倒す」
「え?」
「大きくなって、倒す、平和な世界。ラグナ、きっと笑える」
「…………ぷっ!」
「??」
ラグナは盛大に笑い出し、タルタロスはわけがわからず首を捻るばかり。そんなタルタロスが、ラグナにはとても心強く感じた。
「気の小せぇ奴がなぁに言ってんだ!」
「あたっ」
軽く小突くラグナの表情は、いつもの元気な彼へと戻っていた。
「そうだな。お前なら出来るさ」
「やる」
「でも! 俺も魔神倒すぜ! どっちが先に倒すか勝負だ! なぁタルタロス! そんでその後は二人でお宝探しに行こうぜ!」
「うん! 行く!」
「約束だからな!」
そして、二人が再開するのは三百年後となる。
ラグナはずっと世界を旅し、各地に散らばるリザードマンの里を駆け回った。当時、魔神の気まぐれでリザードマンの鱗で作る武具や装飾品を製造することが決まり、リザードマンにとっての暗黒の時代が訪れていた。その魔の手から守るために、勇者として祭り上げられるほど力を上げたラグナは仲間を集めて人目につかない場所に隠そうとしていた。
しかし、事は上手く運ばず、間に合ったケースは少ない。血の匂いが充満する里を何度も目にし、その度に死ぬほど苦しい思いをした。
もう手遅れだ。自分がしていることは無駄なんだと黒い心に身体を侵食される。それでもラグナはリザードマンの勇者であり、信じてくれる仲間のために止まる訳にはいかない。彼の心は毎日握り潰されそうになっていた。
ある時、転機が訪れた。大戦争の末、七人の魔物の手によって魔神が討伐されたのだ。
七人は【七賢王】と呼ばれる魔王として魔界を束ねることになり、その中にはあのタルタロスが名を連ねている。知らせを聞いたラグナにとって、これほど嬉しいことは初めてであった。
『平和な世界、ラグナ、きっと笑える』
親友は約束を守った。ずっと離れていたのに、心はずっと繋がっていた。
ラグナは急いで出来たばかりのタルタロス領へと向かう。何日も寝ずとも疲れず、早く親友と酒でも飲みながら武勇伝を語り合いたかった。
そして、ラグナがタルタロス領に到着したのは、国として機能し始めて二年目の事であった。
立派な城が彼を出迎え、親友に恥をかかせないように細かな手順を踏んで謁見に臨む。
ゴーレムが通れる大きな扉が開き、玉座の間で座るタルタロスを見て、ラグナは気持ちが抑えきれなかった。
「タルタロス!!」
走り寄るラグナに側近達は武器を構える。それを止めたタルタロスは、王ではなく一人の少年のように声を荒らげた。
「ラ、ラグナ!!」
随分大きくなった。随分と声が低くなった。昔の面影も薄くなったタルタロスだが、体中傷だらけになったラグナだが、お互いを見間違うはずはなかった。
人前であるはずなのにじゃれ合う二人は、再会を心から堪能した。お互いが何をしていたかを話し合い、懐かしさにどうにかなってしまいそうであった。
「王、そろそろ次の謁見です」
「あ、あぁ、そうだな」
一度王座の間の隣にあるタルタロス専用休憩室に通されたラグナは、その日が終わるのを心待ちにする。浮き足立っていた彼は部屋の豪華さに目を輝かせ、窓の外に見える城下を堪能する。
それでも暇を持て余した彼は、こっそり謁見を覗くことにする。タルタロスがどんな風に頑張っているかただ見たかっただけだ。
しかし、そのいたずら心が原因で、二人の関係に亀裂が走る。
「お願いします! お願いします! 息子を助けてください!」
「ギルドへ、依頼しろ」
「そんな! 魔王である貴方なら今日にでも救い出せるでしょう!」
腰を低く懇願するサラマンダーの爺さん。息子が賊に拉致されたらしい。しかし、タルタロスは頑なに拒否を続け、仕舞いには追い返してしまった。
リザードマンの仲間を重ねてしまったラグナは、何故手を貸さないのか分からなかった。あの優しいタルタロスが何故なんだと。
サラマンダーの後を追ったラグナは息子の救出を無償で受け、賊のアジトをその日の晩に壊滅させる。そこで、とんでもない情報を聞き入れてしまった。
「俺たちは、好きでこんな事をやってるわけじゃねぇ。タルタロスが作った制度じゃ仕事が受けられない! もう誰かから奪うしか生きられないんだよ!」
ラグナと同じ何かを守る者の目をした賊。他人事として消化出来ず、タルタロスが作り出した決まり事を全て聞くことにした。
『平等』を掲げるタルタロスの政治は、仕事を受けるための条件が細かく定められていた。その結果、身体に不自由がある者や、仕事で必要な道具を買う金がない者、苦し紛れに盗品で仕事を受けようとした者などが仕事にあぶれるという不平等な国が出来上がっていた。救済措置が何一つない。どんなに頑張りたくても頑張れない。心が無い仮初の平和を頑なに守っている闇の深い政治だった。
賊は、仕事のもらえない追放された集団だった。
それを聞き、ラグナはタルタロスの元へと戻り言及する。
「なんでこんな国にしちまったんだ! 平和な世界はどうしたんだよ!」
「…………」
「何とか言えよ!」
抗えない現実に苦しめられる気持ちを痛いほど分かってしまうラグナは、どうしても許せなかった。
「より多く、幸せに暮らすため、今は、仕方ない」
「…………っ!!」
幸せだった二人の思い出は、ジリジリと焼け焦げていく。
タルタロスに背を向けたラグナは、二度と彼の顔を見ることは無かった。
「…………笑えねぇよ」
「…………」
この後、ラグナは貧民をかき集めてタルタロス領の最南部に集落を作る。そこで仕事を与えようと鉱山に鉱石を取りに行かせたり、魚や果物の食材調達を命じ、地産地消の街を目指した。
しかし、領土という概念が生まれたせいで密猟者扱いを受けたラグナ達は、一番近いタルタロスのギルドから指名手配を受けることになる。その頃から、ラグナが作りたかった街は『盗賊団』という汚名を背負う。
不安に駆られる肩身の狭い仲間たち。夜な夜な泣き出す子供達。ラグナの怒りは積もる事を止めず、一つの答えへと辿り着く。
「盗賊団でいい。俺達は泣くために生きているんじゃねぇ!」
討伐に来るギルドの冒険者を単騎で全て返り討ちにし、強力な戦士が育成され、金持ちから金品を強奪することで、悪名は瞬く間に広まっていった。決まりは一つ。殺しの禁止のみ。
クインティプルの集団を圧倒出来るほどに腕を上げたラグナは、誰も手出しの出来ない暴力国家を作り出すことに成功した。規模は小さいが誰も飢えず、以前より笑顔が増えたのであった。
これが、ラグナ盗賊団とタルタロス領の歴史。その均衡が、かつての親友同士の直接対決で崩れようとしていた。
どちらの思いも、『笑顔』を目指していたというのに。
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