十五話 ラグナという男
炎のクリスタルが霞むほどの光量を放つスフィアは、徐々にそれを収縮させていく。宙に浮かぶ炎は形を変え、眠そうな目の人型になって地に足を着く。サザナミとは違う大きな角を持ち、身体の至る所に赤い鱗を張り巡らせ
「なんだ……コイツは」
「ブタ、お前が知らんのも無理はないが、スフィアはタルタロスの元直属魔獣だ。我にとってのシャーロットと同じくな」
「なんでそんな奴がタルタロスと対立する盗賊団にいるんだよ!」
ボルドンの問いに、スフィアは静かに笑うだけであった。
「コイツは元来自由人でな。タルタロスの近くにおる方が少ない。魔神との戦い以降はめっきり行方をくらましたから除名されたと聞いておる」
「滅茶苦茶だ……」
「そう滅茶苦茶な奴だ。力もな」
リーシェッドとココアは他の二人を守るように前に立つと、スフィアは大袈裟に驚く素振りを作って両手を上にあげた。
「わわ、いくら私でもいきなり攻撃なんかしないよ〜」
「よく言うわ。不意打ちも戦略のうちと何度も口にしていたクセに」
「みんな頭硬かったなぁ懐かしいや」
スフィアは取り繕う様子もなく、指を上に向ける。その瞬間、ココアの立っている場所にマグマが発生した。
しかし、ココアは平然とその場に立ち続ける。その身体に白い光を纏って。
「ん、あれぇ?」
「ココアは精霊魔術師だ。その程度いくらでもレジスト出来る」
「なるほどねぇ。厄介さんだねぇ」
口ほど困った様子もなく、スフィアは魔力を溜める。今度は大規模な魔法を発動するつもりだ。
洞窟が激しく揺れるほどの魔力。地面がヒビ割れ、壁が欠け落ちていく。
「こんな魔力見た事もねぇ! お嬢! 全員で行かねぇと殺されちまうぜ!」
「狼狽えるな。お前とシャーロットはここから見学だ。そもそも、二人には相性が悪いからな」
「だからって!」
「スフィアはドラゴンの中でも亜種の亜種。【レアラベル】と呼ばれるほどの変質的な魔力を持つドラゴンなんだ。魔法のスペシャリストであるココアが相手をするしかない」
リーシェッドはスフィアを指差し、開戦の指示を出した。
「ココア、やれるな?」
「カタカタカタ」
「よし、飛ばせ!!」
サザナミに負けないほどの瞬足でスフィアの懐に潜り込んだココアは、トンファーで彼女の腹を打ち上げながら洞窟の天井を突き抜けて上昇した。
後を追うように大爆音が鳴り響き、ココアの身を案じたボルドンは叫んだ。
「ココアたぁああああああああん!!!!」
「案ずるな。あの程度の爆発ではピンピンしとるわ。ココアに任せておけ」
「だ、だけどよ〜……」
「それより、来たぞ」
上空から魔力の激しいぶつかり合いを感じながら、それ以上の存在感を放つ化け物に目を取られる三人。
スフィアが現れた空洞からゆっくりと近付いてくるその男。ラグナ盗賊団首領がいま、その姿を現す。
「お前達か。サザナミを倒した強者は」
その一言で、ボルドンとシャーロットの戦意が消し飛んだ。
長い尻尾を揺らし、傷だらけの軽防具に傷痕だらけの普通のリザードマン。どこにでもいる見掛けの魔獣だった。
ただ違いは、身体を覆うあまりにも大きな魔力と、長年研ぎ澄まされ続けた鬼神のような殺気。初めて目にするはずの三人はそれだけで理解する。
この男、魔王レベルであると。
リーシェッドは手を挙げ、シャーロットとボルドンに更に距離を取らせる。この洞窟内全てが敵の射程圏内であると知りながら。
「お前が首領のラグナで間違いないな」
「あぁ、その通りだ。不死王」
「我の事を知っているとは、ふんぞり返って穴に引き篭る名ばかりの首領ではないようだ。随分遅い登場だがな」
ラグナはサザナミのいた場所を見つめ、再びリーシェッドへと視線を合わせる。
「仲間を避難させていた。お前達が倒した者共を含めてな。不死王を相手にするとなると、俺の攻撃に巻き添えを食ってしまうからな」
「良い心掛けだ」
「サザナミも良くやってくれた。彼にはいつも感謝が絶えない。身体はボロボロだろうと、やる時はやる男だな」
その言葉にボルドンは逆上する。先程の、憧れの男が
「てめぇ!! 仲間を切り捨てて置いて何を偉そうな口きいてんだ!! このクズ野郎が!!」
「冒険者ボルドン、お前は何か勘違いしてないか?」
「あぁ!?」
見下すように鼻であしらうラグナは、落胆しながらも丁寧に格下へ説明をした。
「サザナミは死んではいない。スフィアの魔法に攻撃性を見たのなら、お前はこの場に立つことすら許されないぞ」
「ど、どういうことだ……」
「彼は別の空間に移動させ、傷付いた身体を癒している。スフィアは治療魔術師だからな。そんな事も分からなかったのか?」
あれだけの攻撃魔力を所持しながら、特殊魔力である治療魔術まで扱えるなんて信じられなかった。それが真実ならば、魔界全土の常識である魔力相性の根底が覆るほどの発見である。
「お、お嬢」
「ラグナの言う通りだ。だからこそスフィアはレアラベルと呼ばれておる。我もこの目で見るまでは信じられなかったのだ。気に病む必要は無いぞ」
「…………」
立つ瀬の無くなったボルドンは黙るしかない。その肩を叩くシャーロットは、少し震えていた。
「気に病む必要は、なっ、ないのです」
「……………………何笑ってんだお前」
「…………ぷっ」
「あぁ!! 今日という今日は許せねぇ!!」
強大な敵を前にしているというのに、二人は品のない追いかけっこを始めてしまった。これには二人の上に立つリーシェッドも恥を感じ頬を赤らめる。
「すまんな……我の……いやすまん」
「肝の座った奴らだ。流石、不死王の横に立つことを許された者と言ったところか」
空気の読めない二人を見つめ続けるラグナの瞳は、僅かに優しげなものに変化していた。その顔が意外だったのか、リーシェッドはいくつか質問を投げかける。
「聞いていた話とは違うな」
「何がだ?」
「ラグナ盗賊団は悪名高く、悪事の限りを尽くす非道な武闘派集団と聞いている。その頂点の男が、実に親のような目をするではないか」
「……非道は認める。確かに強奪を生業としているからな。ただ、それだけが真実ではないと言うだけだ」
ラグナの身体中に浮かび上がる傷痕が、彼の言葉に重みを乗せる。
「なぜタルタロスと敵対している。アイツほど平等な奴は他にいないぞ?」
「平等が常に正しいわけではない。全てを同じように扱うというのは、全てに同じハードルを用意するというのは、ある種の差別だ。それが俺たちの命を削る」
「今のお前が正しいと言うのか。罪のない者から強奪することが」
「正しくはないだろう。しかし……」
ラグナの莫大な魔力が唸る。
同時にリーシェッドが構えた。
「今の俺達には、それが正義である必要がある!!」
「馬鹿者め!!」
リーシェッドとラグナの拳が交わる。その衝撃は辺りのクリスタルを全て破壊し、山であるはずのアジトを軽々と消し飛ばした。
轟音と共に一面が瓦礫の積もる平地となり、リーシェッドとラグナの周囲だけが綺麗に捌けてしまう。瓦礫の中から顔を出したボルドンとシャーロットは、すぐにリーシェッドを探す。
「リーシェッド様!!」
「だ、大丈夫かお嬢!!」
二人を安心させる為、わざとらしく笑みを作るリーシェッド。しかし、ラグナと交えた腕に亀裂が走り、大量に失血してしまっている。
「二人はさっさと離れろ。我も本気を出さねばならん……ぐぅっ!」
「その程度か? 七賢王というのは」
「た、ただの挨拶だ。図に乗るなよ……」
「随分苦しそうな挨拶だ。話にならんな」
ラグナの尻尾がリーシェッドの腹部を襲い、悲鳴すら許さず軽々と瓦礫の中へと殴り飛ばす。
魔力による防壁や痛覚遮断も、ラグナの強力な魔力と速度で簡単に突き抜けてしまう。岩を押し退けて身体を起こすリーシェッドは、久しく味わっていない痛みを感じて弱々しく立ち上がった。
「割に合わんバイトだ……」
空では大魔法戦。地上では魔王クラスの衝突。もはや戦争レベルの交戦が始まった。
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