十四話 守る者
静寂の間合い。
「シャーロット!!」
目にも止まらぬ突進でシャーロットの左腕を切り飛ばしたサザナミは、致命傷を負ったメイドへトドメの一撃を入れようと槍の刃を返す。
すんでのところで察知したシャーロットが身を屈め、首を狙った斬撃を避けて反撃の心臓打ちを放つも、また見えないほどの速度で距離を取るサザナミだった。
「大丈夫かシャーロット!」
「腕を飛ばされたくらいで焦ることはありません。それに、もう再生しておりますので」
肩から先が完全に切り離されたはずが、目を離した隙に元通りに戻っていた。感心するように息を漏らすサザナミは冷静に分析に入る。
「そうか、キミもアンデットなんだね。綺麗な顔をしていたから生者かと思ったよ」
「お褒めに預かり、頬が熱くなります。これが、恋……?」
「洒落も効いてるね。ユーモアだ。見たところゾンビではないね。血色と再生速度を考えると、グーラじゃないだろうか」
「ご名答」
「ふふ、なら斬撃はいけない。ダメージの残る打撃で倒さないと永遠に続いてしまいそうだ。上級グーラは首を飛ばしても死なないらしいからね」
楽しそうに考察するサザナミは、まるで幼い子供のように戦闘自体を楽しんでいた。それが彼の強みでもあり、絶対的な自信に繋がっている。
表面上平静を保っていたシャーロットだが、見えないのでは勝負にならないと密かに冷や汗を流した。どんな魔術を使っているのか、頭の中のデータベースを必死に辿る。
「シャーロット」
「なんですか?」
「言い忘れていたが、アイツは【オーガ】だ。絶滅したってのが一般常識だが、サザナミは最後の生き残りなんだ」
「それを……一番初めに言ってください。馬鹿なんですか?」
「す、すまん」
シャーロットは珍しくダルそうな顔で悪態をついた。サザナミの頭に生える二本の角がドラゴン種の物なのか、はたまたミノタウロスの亜種なのか予想を立てていた所に最悪の回答。やるせなくてロッドを落としそうになった。
オーガとは、かつて魔神に仕えていた史上最悪の戦闘狂民族だ。ドラゴンと人型のハーフやミノタウロスとは雲泥の差があるフィジカルお化け。一切の魔法は使えないが代わりに五感がずば抜けて高く、脚の瞬発力に関しては全種族一と言われていた。
単純な機能美であるほどに攻略は難しい。相手は数段上の種族値を誇っていた。
「オーガを見るのは初めてかな? 冥土の土産に目に焼き付けて逝くといいよ。……メイドだけに」
「貴方は洒落のセンスがありませんね。五千回は聞きました。どの方もやや自慢気な顔をするので不愉快です」
「手厳しいね」
そして、サザナミが視界から消える。
執拗にシャーロットの部位を切り離す。打撃が有効だと自分で言いつつ、どこまで再生が続くのかを確認するサザナミであった。
シャーロットが一瞬の違和感を感じた時、サザナミは笑っていた。
「避けてボルドン!!」
シャーロットの声が彼に聞こえる頃には、すでにサザナミの斬撃がボルドンにヒットした後であった。
「ぐぅっ!」
「おや?」
「心臓をくり抜いたつもりだったんだけど、随分外れてしまったようだ。もう目が慣れたのかな?」
「へへへっ、ココアたんの突進を見てて良かったぜ」
不意打ちに近いサザナミの攻撃は、心臓ではなく肩の鎧を弾き飛ばし多少の肉を削ぐ程度に逸れていた。ただ眺めていたボルドンであったが、何度も目で追う中で少しずつタイミングを測れるようになっていた。避けることは不可能でも、致命傷を避ける程度ならさして難しいことではない。
「シャーロット、さっきの俺と同じだけの距離を取って戦え! 見えなくても身体は動くぞ! お前なら完全避けられる!」
「私は見え始めております。貴方と一緒にしないでください」
「俺に張り合ってどうすんの!?」
とは言ったものの、流石にこれ以上解体マグロにされるのも
ボルドンの読み通り、シャーロットは徐々に完璧な回避を重ね始める。それどころか反撃まで当たるようになり、先程までと打って変わって攻勢が逆転してしまっていた。
勝負所を見逃さないボルドンが距離をぐんと縮め、まさかの大振りがクリンヒットしたその時だった。
「やめだ。二人とも下がれ」
尻までついて眺めていただけのリーシェッドから撤退の指示。これにはシャーロットですら理解できなかった。
「リーシェッド様。その命令は
「これは主としての命令だ」
「……っ!」
リーシェッドは基本的に、シャーロットに対して立場上の発言を余りしない。それ程までに絶大な信頼を置いているからである。そんな彼女がこの場で主と名を出したのは、どうしても譲れない考えがあってのことだった。
無意識のうちに熱されていた頭を冷やし、大人しくリーシェッドの後ろに飛び退くシャーロット。何がなにやらとひとまず仲間の元へ走るボルドンは遅れて無事撤退をした。
「ぜぇ、ぜぇ……」
「サザナミとやら、お前身体を患っておるな。オーガとは無尽蔵の体力を持つはず。こんな短時間でそこまで汗を流すはずがない」
「君は……オーガを知っているみたい、だね」
「少しだけな」
リーシェッドはオーガを従者とする魔神本人と戦った経験がある。もちろん、その時には側近である数体のオーガを相手にしていた。最終決戦に辿り着いたのは七人の魔王のみで、シャーロットは知らずとも、リーシェッドに取ってオーガは記憶に新しい敵であった。
肩で息をするサザナミが膝を着き、苦しげに胸を抑え込む。
「確かに僕は肺と心臓が酷く損傷している。無理矢理生かしておいてもらっている状態さ。だからと言って、侵入者に情けをかけてもらうほど落ちぶれてもいないよ。さぁ、再戦だ!」
「断る。我らの目的は盗品の回収だ。命の取り合いではない。それも病人を相手にするなど……」
「何を甘い戯言を! 勝者は敗者の命の上を歩くものだ! 僕だけじゃない! お前達もそうやって今の立場にあるんじゃないのか!」
戦闘民族であるオーガは、幼少の頃より戦いとは何かを深く教えこまれている。殺すということ、殺されるということ、それぞれに意味はあり、決して冒涜してはならない領域があるのだ。
しかし、リーシェッドは頑なに戦闘を拒否する。そのことがサザナミのプライドを傷付け、さらに怒りを買ってしまう。
「命の上を、か。それは否定出来んな」
「ならば戦え! 僕を、オーガを馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
「お前は、守る者の目をしている」
「……なっ!」
リーシェッドの言葉に、サザナミは思わず息を飲んだ。
「オーガは古くから魔神に仕えている。お前らの価値観を植え付けたのは間違いなく魔神だ。我が目にしたどのオーガもそれに従い、快楽と栄光を求め我らに立ち塞がっていた」
「…………」
「しかし、お前はその場にいなかった。絶滅させた我らの事も知らなければ、名を聞いて恨みすら持っていない。その真意は、オーガの教えより守るものがここにあるからだろう?」
「…………」
「お前の目はよく知っている。『勝たなければならない』ではなく、『負けるわけにはいかない』という目だ。我は、その目に守られてきたのだからな」
サザナミは、心を見透かされたような気分であった。構えていた槍はいつの間にか地に落ち、どんどん手足に力が入らなくなっている。
リーシェッドは続ける。横目でシャーロットを見ながら、強い意志をサザナミにぶつけた。
「守るということは、ただ勝つよりずっと難しいのだ。そんな身体になってまで立ち続けるお前を、我は尊敬する。だから戦わん!」
これ以上の問答は不要だった。
戦意の喪失したサザナミは笑いながら大の字に倒れ、命の灯火のように燃える炎のクリスタルを凝視しつつ手を振った。
「参った。これ以上は子供の駄々をこねる言葉しか出てこない。完敗だ」
「勝ちも負けもあるか。互いの意志を確認しあったに過ぎんわ」
「ふふっ、強いなぁ……。本当、君の人生を絵に描いて見せて欲しいくらいだよ。まるで…………」
サザナミの声は、そこで途切れた。
「負けちゃったね、サザナミ?」
どこからともなく別の声が響き渡り、途端、サザナミの身体が煉獄の炎に包まれた。
「サザナミ!!」
ボルドンが彼に駆け寄ろうと一歩足を進めた。その短い時間でサザナミの身体はその場から消滅し、あとに残ったのは黒く焦げた地面のみであった。
「ようやくお出ましか。今度は我の知っておる顔らしいな」
再奥の細い道に目をやると、そこには宙に浮かぶ一つの焔玉がゆらゆらと揺らめいていた。中からクスクスと静かな笑い声だけが聞こえ、少しずつリーシェッド達に近付く。
「この野郎! サザナミを殺しやがったな!」
「なかなか見事な戦いだったよ冒険者ボルドン。そしてシャーロットちゃん?」
会話をしているのに噛み合わない。そんな不気味な感覚が懐かしく感じるリーシェッドは舌打ちをして目を細めた。
「サザナミよりよっぽど面倒な奴が潜り込んでいたものだな。なぁスフィア」
「クスクス」
スフィアと呼ばれた焔玉は、陽炎のように緩く浮かび続けていた。
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