八話 個人的にセイラは食べたい
新しい仕事が山積みになっていたリーシェッド。それもようやく一段落ついて資金集めに出掛けようかという時、彼女に名案が過ぎる。
「い……いらっしゃいリーシェ」
「そう不安そうな顔をするんじゃないセイラぁ〜?」
「えぇ、失礼よね。せっかく……ひゃうっ」
それは、セイラを頼る事だった。
夜明け前にセイラの寝室に忍び込んだリーシェッドは、寝間着姿の彼女に抱きついてねっとりと全身を触り尽くす。
「セイラ、本当に美味しそうな匂いがするよなぁ。食べちゃってもいい?」
「ふ、ふざけないでよリーシェ! 朝からそんなことをしに来……んゃっ」
首筋を舐める女の子を引き離そうともがくセイラ。愉快そうに笑うリーシェッドは、満足顔で近くにあった椅子に腰掛けた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「セイラはかぁんわいいなぁ。お前が不死者になったら同じ部屋で暮らそうな?」
「お断りよ……」
「さて、我とて多忙ゆえ遊びに来たわけでは無いのだ。さっさと着替えるがよい」
「こんな時間に押し掛けて自分勝手過ぎない!?」
とは言いつつ、しっかり正装に着替える真面目なセイラであった。
「で、何よ。急ぎの用事なんでしょ?」
「急いではおらんな」
「こ、この……っ!」
「だが、内密に行いたいことではある。簡潔に言うと、仕事の斡旋を頼みたいのだ」
「仕事?」
「別に国単位の仕事ではなくて、あくまで個人的な依頼で良いのだが。つまり、何か困ってないか?」
「あ〜、そういう」
何かを悟ったセイラは、ジト目でリーシェッドを覗き込む。それは呆れた瞳であった。
「またお菓子食べ過ぎてお小遣いなくなったんでしょ」
「ち、違うわい! 違わないけど!」
「でもお仕事なんてギルドに行ってよ。報酬の高い依頼受けれるよう口効いてあげるから」
「いや、金はいらんからお前からの仕事を受ける。その代わり……」
「?」
リーシェッドは歩み寄り、セイラに顔を近付けた。
「魔石を寄越せ」
ここ一番の魔王の顔である。
「はぁあああああ!?」
「おい、そんなデカい声出すと従者が起きるだろ。迷惑な奴め」
「だって私に魔石って、つまり【
セイラが声を荒らげるのも当然のこと。セイラのみが所持している海で取れる魔石【海洋魔石】はその数が極めて少ない。その代わり地上の魔石と比べ圧倒的に濃密な魔力を秘めている。それ一つでリーシェッド領の全ての魔石を上回るほどであった。
「良いではないか。三つもあるのだから一つくらい」
「あなたの価値観がわからない……」
「まぁ冗談なのだがな」
「どこから!?」
寝起きのセイラは、いつもより余計に振り回されていた。
「普通の魔石でよい」
「魔石は欲しいのね……」
「頼む。我とセイラの仲じゃないか」
珍しく頭を下げて頼むリーシェッドを、セイラとしては無下にはしにくい。ここで貸しを作っておくとリーシェッドの
仕事用の書類が詰まっている机から一枚の紙を取り出したセイラは、それをリーシェッドへ渡してベッドに腰掛けた。
「これは……」
「この前の会議で私が話してた、退居の見返りとして求められてる物がまとめてあるの。その中から手に入れられる物があれば私の所へ持ってきて。その質と数によって魔石を検討するから」
「そんなに簡単なことでよいのか?」
「中にはギルドでも入手困難な代物もあるから、リーシェに頼みたいのはそのレベルの仕事よ。ほら、横にAとかBとかランク付けされてるでしょ?」
リーシェッドは目を細めて内容を確認する。ほとんどがC以下だったが、いくつかBやA、中にはSと書かれた項目もある。
「ふむふむ。B以上というわけか」
「間違ってもSはやめてね?」
「なぜだ。どっちみち欲しいのであろう?」
「内容を読んでみなさいよ」
一つだけあるSランク。その内容とは『獣王の体毛サンプル』と書かれていた。
それを読んだ瞬間、リーシェッドは嬉しそうに吹き出した。
「んなっはっは! なんだなんだこれは面白そうじゃないか! オオダチを討伐すればよいのか!」
「ちょっと、冗談でもやめてよ。たぶんふざけてるだけだろうから後で断るのよ。ウチの従者が真に受けちゃっただけよ」
「なんだつまらんなぁ。この紙オオダチに送り付けてやろう!」
「はぁ、これ見ても同じこと言える?」
セイラが新たに取り出した同じような紙に、同じくSランクの記載があった。そこには『不死王の前歯』と書かれており、笑みの消えたリーシェッドはそろそろとセイラに目を合わせる。
セイラはとても晴れ晴れとした女神のような笑顔でリーシェッドを見つめた。
「リーシェ。前歯欲しいから殴らせてよ」
「や……やめろよ〜」
流れが怪しくなってきた途端早々に帰り支度を整えたリーシェッドは、セイラから貰った紙を一枚手に掴んで城から去ってしまった。
「全く……やっぱりこの城、海の中に移動させようかしら」
他の魔王が来訪するから海に浮かべてあるが、今回のように突然リーシェッドが来ない為にも沈めておくか本気で悩むセイラであった。
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