七話  八方塞がりではないか

「はぁ〜〜〜〜〜〜〜……」

「どうしました? 自分の息が臭すぎてついに空気を吸えなくなったのでしょうか」

「女の子になんてこと言うんだ貴様は!!」


 落ち込んでいたはずのリーシェッドは表情を一変させ、口の悪いメイド長をポカリと叩いた。今日も今日とて通常運行。リーシェッド領は平和そのものであった。

 ではなぜリーシェッドが落ち込んでいたのか、それはこの後にある会議のせいである。


「シャーロット〜、あと何時間だ〜?」

「三十分ほどかと」

「そんなに短いのか……もうやだ帰りたい」

「ご安心を。会議はこの城で行われますので帰る手間が省けます」

「そういう事じゃないんだシャーロットぉ」


 いつになく弱気で王座にすがりつくリーシェッド。それもそのはず、今回の会議は以前ミッドフォールの城で話していた領地問題の延長戦。詰まるところ、獣王オオダチ、海王セイラ、孤王ミッドフォールがやって来てリーシェッドの領地を寄越せと説得してくるだけの会議だ。リーシェッドにとっては負け戦も同然で、人間界の侵略も失敗に終わっているから打つ手がない。

 布団から出られない子供のように王座から無理矢理引き離されたリーシェッドは、シャーロットの腕の中でぐったりとしたまま会議室へと運ばれた。

 中へ入ると、既に席について待っていた獣王がギョッとした表情でシャーロットの手元を見つめる。


「うおっ、その抱えてるやつリーシェッドかよ。死にかけのパンダみてぇだな」

「あぁ? もう来ていたのかオオダチ。勝手に入ってくるなぞ礼儀のなってない猫だ」

「だから俺はイヌ科だっての! ってかよ、さっき出迎えたのお前だろうが。不老不死なんだからボケるんじゃねえよ」

「我は知らん。人違いじゃないか? あ、そうだ。人違いついでに帰ってくれないか?」

「そんな雑な逃げ方があるかよ!」


 力ない口喧嘩を続けていると、会議室の扉が静かに開く。ドレスのような法衣を身に纏った魔界一美しいと言われる海の魔王。彼女はその場にいるだけで空気が清められると言われるほど上品なオーラを放っていた。

 セイラは入るなり、中の状況を把握して何度か頷く。


「会議、まだみたいね」


 そして扉を閉めて出ていった。


「セイラぁああああああ!!!!」

「あぁあやめてよリーシェ!! 負の喧騒に巻き込まないで!!」


 ゴキブリのように地を這い、あっという間に扉の外のセイラに絡みつくリーシェッド。王にあるまじき醜い動きに全員がドン引きだった。


「お前ぇえええ我は忘れてないからなぁあこの前の会議ぃいいへっへっへっ」

「だって『秘策があるから味方してくれ』って言ってたのに、人間界を支配するなんて馬鹿な事言われたらどうしようもないじゃない! 私まで馬鹿だと思われるもの!」

「今何回馬鹿って言ったんだセイラぁああ? 我を馬鹿だと言ったのかんんんん〜??」

「嫌ぁヒレを齧らないで!! もう不死なんだから人魚食べないで!!」


 セイラとリーシェッドは歳がかなり離れているものの、なぜか攻守が逆転している不思議な関係であった。魔王で女性はこの二人しかいないせいか、距離が近くなり過ぎたのが問題である。


「その辺にしないかリーシェ」

「出たな引きこもり」

「客を招く時はいらっしゃいだろ? いつまでも子供扱いはしないよ」


 不意に現れたミッドフォールに首根っこ掴まれて引きずられるリーシェッド。その間、ずっとセイラを睨んでいたせいでセイラは完全に萎縮してしまった。

 役者が揃ったことで全員が席について会議が始まる。魔王としての時間が来てしまえば、先程までの醜態が嘘のようにそれぞれが真面目な顔をして向き合う。

 まず、ミッドフォールからの投げかけで始まった。


「さて、では前回からの続きとしてセイラからの経過報告を聞いてから本題に入ろうか」

「はい。漁業区域の拡大の件だけど、一部の魔物から反感はあったものの一時的な措置として飲んでもらうことで順調に進んでいます。現在は五十ロームまでは完了しているので、目標の八十ロームまで半月程で終了するでしょう」

「うんうん、退居してもらった魔物へのケアはちゃんと行っているかい?」

「はい、大半は謝礼として金銭ではなく物品を希望されているので、少し時間は掛かりますが、まぁ問題ないかと」


 セイラは少し言い淀みながら報告を終えた。海の中と言えど、国作りにおいては地上と大差ない。海中全域がセイラ領というわけでもないので、領地問題に対する国民の不平不満はもちろん上がる。見えない所で不自由を味わっているのはどの国も一緒だ。


「セイラは決め事通り領地の提供をしてくれている。未開の地が多い海底でこれだけ動いてくれたんだ。地上で手間取るわけにはいかないよ?」

「わぁってるよ。なぁリーシェッド?」

「…………」


 ミッドフォールとオオダチに対して、リーシェッドは難しい顔をして沈黙する。これは彼女が一番嫌いな攻め方だ。仲の良いセイラが折れているのだからお前も折れろと、そう言われている気がして仕方ない。

 こんな所で自分の感情を押し出しても無駄なことはよく分かっていた。だからリーシェッドはしっかりと頭を回転させる。


「確かに領地の場所からすると、我の治める北西部を差し出すのが手っ取り早いし効率的だとは思う」

「ならよう」

「待てオオダチ。もう少し聞いてくれ。年々領地が減っている事で苛立っていた理由をお主らは知らんだろう。我だって、別に所有欲に駆られて駄々を捏ねているわけではないのだ」


 リーシェッドはシャーロットをチラリと見ると、何かを思うように少し溜めてから話し始めた。


「初めに、魔王として七人が領地を分けた時、我の領地は最低限だと踏んでいた。毎年増える不死者の数と、成仏する数を見合わせて適性と考えてのものだ」

「確かにそう言っていたね」

「しかし、ここ数年不死者の数が増えておる。人為的なものか自然の影響か知らんがな。今は北西部は空き地同然だが、このままだと二年もすると住民に解放せねばならん。今ですら少々手狭な生活を送らせているのだ。余っている訳では無い土地を他に譲るとなると、さすがに反乱が起きかねない。だから永続的な土地の明け渡しには反対なのだ」


 不死者増加。この問題は確かに議題に上がったことがある。しかし、それほどまでに数を増していることを知っていたのはリーシェッド領の者のみ。森を広げるよりよっぽど重大な問題を抱えていた。

 とはいえ、始まった政策は今更覆すのも難しい。これにはミッドフォールも頭を抱えていた。


「リーシェ……それはもっと早く言うべきだよ」

「わ、我だって調査を進めていたのだ。王としての力不足は認めよう。しかし、議題に上げるかどうかは微妙なラインだと判断したのだ」

「わかった。内情を教えてくれてありがとう。でも、君が思っているより大きな問題かもしれない。これからは力を合わせて解決に務めよう」

「…………認める」


 バツの悪いリーシェッドは誰とも目を合わせず、不貞腐れつつも了承した。

 問題が膨らんだことでオオダチも強く発言出来ず、会議は難航した。結論にたどり着いたのはそれから三時間後のことであった。


「よし、いま僕の使い魔が【聖王】コルカドールの許可を取ってきたよ。これで一時的な措置を取ることが出来る」

「すまんな、ミッド兄」

「構わないさ。それじゃあまとめるよ」


 ミッドフォールから最終確認。全員が姿勢を正してそれを聞く。


「セイラは現状維持。このまま区画拡大を続行。オオダチはリーシェッド領の北西部を森林に変えていこう。この区画は原則居住禁止。リーシェッド領の民にストレスを掛けないように慎重にね。リーシェッドはコルカドール領の南西部を特化居住地区として開拓して欲しい。聖域が近いからアンデットには住みずらいだろうけど、奥から抵抗値の高い上位アンデットを詰め込んだら多少苦情も減るだろう。住民の要望は迅速に吸い上げて対処するように」

「不死者増加問題はどうする?」

「それには僕とコルカドール、リーシェッドから調査隊を出そうと思う。コルカドール本人も悪霊浄化に力を貸してくれるらしいからそこは安心して欲しい」

「わかった」


 現状、一番妥当な対策であるとその場の三人も首を縦に振る。

 こうして新たな政策も始まり、魔界の上の者は更に忙しくなっていくのであった。

 解散後、その場に残されたリーシェッドは旅に出るより何倍も疲弊した様子で深く頭を落とした。手前に茶を置いてくれたシャーロットに目をくれる気力もない。


「侵略してる暇もなさそうですね」

「そっちはそっちで勝手にやるさ。元々人員を割いていたわけでもないしな」

「お身体を壊されぬ程度に」

「不死者が身体壊すわけないだろ」

「そうでしたね」


 諦めの悪いリーシェッドは、次のバイト先を考えることにして、一旦目先の問題を先送りにするのであった。

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