四話 金欠である

「はぁ……なぜ我がこんな仕事を……」

「自業自得です」


 普段のマントではなく、魔性縫合の施された特殊な防具に身を包んだリーシェッドは、腰から下げた手甲をその手に装着した。次いでシャーロットも飾り気のない銀のロッドを手に持つ。こちらは変わらずメイド服であった。

 七賢王の一人、火山地帯を治める【炎王】タルタロスの国のギルドにて依頼を受けた二人は、くだんの洞窟を前に準備を整える。そして、依頼内容を確認する事にした。





 一時間ほど前、小銭稼ぎをしていることを他の王にバレないように、一番口の硬いタルタロスの元へと足を運んだリーシェッドは真っ先に王城へと赴いた。


「仕事は、ギルドへ」

「お前が口を利いてはくれないのか?」

「ギルドへ、登録しろ、リーシェッド」

「お堅い奴だなぁ」


 炎を纏う岩人。タルタロスは重々しく肩肘をついて唸る。最も規律のある国として名高いタルタロス領。いくら同じ魔王だとしても、仕事を受ける上でリーシェッドだけを特別扱いすることは難しいものであった。

 逆に最も規律の甘い国の王リーシェッドは、少しむくれながらもここは従う事にする。立場上、国を治める気持ちはよく分かるからだ。

 王城を後に、熱風の舞う城下町に下ってギルドを目指す。辺りを賑わすゴーレムやドラゴン種を眺め、自国との違いを満喫していた。


「当たり前だが、アンデットはいないな」

「この土地に適応する生物は限られてますからね。それでもこの数、タルタロス様は余程民から慕われているのでしょう」

「我だって慕われておる」

「無駄に張り合うと品位が落ちますよ」

「…………」


 今日も指導される新米魔王は、一際大きな建物の戸を乱暴に開けた。異形の冒険者達で賑わうギルドは、酒場を兼ねているため町中より騒がしい。

 受付で仮の名前を登録し、晴れて冒険者となったリーシェッドは自身のデータに眉を寄せる。受付嬢の炎の精霊に紙面を突き付けて訂正を申し出た。


「おい、流石にランク【シングル】はおかしくないか? これではろくな依頼が受けられんではないか。言っておくが、我はここにおる誰よりも強いと思うぞ」

「冒険者リーシェ様。当ギルドは実力評価ではなく完全実績評価になります。例えタルタロス様がいらしても【シングル】からのスタートとなります。ご理解の程を」

「うぅ、国民も硬い……」


 最低位を与えられたリーシェッドはあからさまに不満な顔をして腕を組む。

 ギルドはそれぞれの土地にてそれぞれの評価が存在する。もちろんリーシェッドの国のようにギルド自体が存在しないケースもあるが、このタルタロス領では五段階の階級に分けられていた。【シングル】は見張りや捜し物などの依頼で報酬も安い。【トリプル】から遠征依頼が入り、一番上の【クインティプル】は魔王親衛隊に近い実力を持ち、名だたる魔物の掃討を依頼されるという。


「はーっはっは! 命が惜しかったら下積みから始めるこったなお嬢ちゃん!」


 急に声をかけられ、リーシェッドはビクッと身体を震わせる。彼女は不意打ちに弱いのだ。

 辺りのどよめきに振り返ると、扉の前には金の鎧に身を包んだ隻眼のオークが高笑いをしていた。普通のオークより一回り大きく、使い込まれた大斧を背中に携えている。


「何だこのブタは」

「数少ないクインティプルの一人。オークキングのボルドンですね。お調子者ですが堅実で、意外と愛妻家で実力もある有名人です」

「結婚しとるのか」

「妻子持ちと言うのが正しいですね。休みの日には必ず子供を連れてレジャー施設へ……」

「俺の登場を家庭色に染めるのはやめろぉおおおおおお!!」


 羞恥のあまり叫びながら斧を振るボルドン。その風圧は辺りの装飾品を破壊し、どよめきを一瞬で静まり帰らせた。

 他の冒険者が顔を引っこめる中、正面に立つリーシェッドは腕を組んだまま感心したように声を漏らす。


「ほう、中々の力だ。コイツがいれば上のクエストも受けられるのではないか? シャーロットはどう思う?」

「それは可能かと。ただ、ボルドンは個人主義なのでパーティーを嫌います」

「お前やけに詳しいな」

「知り合いなもので」

「ふーん」


 何とか荒らげた息を整えるボルドンは、仕切り直したい一心で咳払いを五回もした。そして、今度はリーシェッドではなくシャーロットに語りかける。


「久しいなシャロン。冒険者を辞めたと聞いていたが、戻ってきてくれて嬉しいぞ」

「臨時営業です。明日には辞めます」

「はーっはっは! その口調も懐かしい! 同じクインティプルの冒険者がいなくなるのは少々寂しいが、今晩くらい酒を飲み交わそうではないか!」

「お断りします」


 愉快そうに笑うボルドンを無表情であしらうシャーロット。


「シャロンと呼ばれておるのか?」

「偽名です。国を作る時に資金集めとして冒険者をしておりましたので」

「クインティプルなのか?」

「ギルドから退会しておりますので今はシングルかと」


 リーシェッドはくるりと受付の精霊に向き直ると、シャーロットを指差した。


「おい、シャロンのランクはクインティプルのままだろうな」

「ご本人がお望みであれば元のランクへ戻すことは可能です。証人として現役のボルドン様も認めて下さっておりますので」

「問題ない、戻せ。そしてボルドンをパーティーに加えるとクインティプルの依頼を受けられるのか?」

「それは難しいですが、シングルのリーシェ様を入れて一つ下の【クアドラプル】の依頼でしたら」

「わかった。その中で一番報酬の高いものを受けるぞ」


 どんどん話が進む中、ボルドンは慌ててリーシェッドと受付の間に手を入れた。


「勝手に決めるな! 俺は子供を連れて仕事はしない主義なんだ! 足でまといもいらん!」

「子供ってそこのメイドのことか? アイツはそんなに若くもないぞ?」

「お前だクソガキ!」


 子供扱いされたことで少しイラついたリーシェッドは、受付の上に座って右手をボルドンに向けた。


「何のつもりだ?」

「聞けブタ。お前に拒否権はない。だが納得がいかんのもわかる。だから報酬として、大人しく着いてくるのであればシャロンと酒を交わすことを許そう」

「さっきからブタブタと、俺を誰だと思っていやがる!! クインティプルのボルド……」


 その瞬間、ボルドンの顔色が変わる。

 リーシェッドは突き出した右手に殺意を込め、いつでもお前を殺せると暗に脅し始めていた。まだ魔力も込められていない右手。しかし、その気配は百戦錬磨のボルドンの心の奥まで届いていた。

 目の前の子供が只者ではないと悟ったボルドンは、シャーロットの顔を見て一つ確認する。


「まさか、コイツに仕えているのか?」

「その通りです」

「お前が冒険者を辞めた理由。確かアンデットの……」


 そこまで言って、ボルドンは全てに勘づいて口を閉じる。リーシェを名乗る偉そうな子供。シャロンの主。子供にして魔王になった者がいるという程度の噂。全てが繋がる。

 ボルドンは聞きたいことが山ほどあったが

 ひとまず一番の興味を口に出した。


「お前とタルタロス様、どっちが強いと思う?」

「我だろうな」

「それは何故だ?」

「いや、我は不死身だから当然だろ?」


 その答えに、ボルドンは高らかに笑う。そして受付にパーティーと依頼を承諾した。


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