三話 場所の問題では?

「来たぞミッド兄!」

「リーシェ……立ち直り早いね」


 ミッドフォールの力によって現実を突きつけられたのは昨日の事。寝たら元気になったようだ。立ち直りの早さもまた、魔界一である。


「それより、どうしたんだいその格好は」

「あぁ、門の外に忘れていったアンデットドラゴンに噛まれてな。しばらく帰らないと駄々をこねられたのだ」


 リーシェッドのマントは半分ほど食いちぎられ、身体中が歯型まみれであった。彼女があまり気にしていないのは痛覚を遮断できる能力と、塵になっても復活する不死身性ゆえだろう。

 今度は風呂の前にリーシェッドが来てしまったため、ミッドフォールは多少不機嫌な顔をしていた。マントの中から大きめの聖杯を取り出すと、それをリーシェッドに持たせて入口へと押し返す。


「その聖杯は廻廊の座標補助アイテムだよ。ついでに現地の映像も見れるから大切に使いなさい。水を入れるだけで機能するから」

「おっととと、ミッド兄。お茶くらい飲まんか?」

「僕は忙しいんだ。ドラゴンも預かっておいてあげるから、もう帰りなさい」

「そっか、あいつラフィアって言う女の子なんだ。よろしく頼む!」

「はいはい」


 嬉嬉として城から出ていくリーシェッド。

 後に、ミッドフォールが使い魔のペティ・ジョーから聞いた話によると、帰り際にラフィアにちょっかいをかけたアンデットの王が、元マザードラゴンの黒炎によって地面もろとも吹き飛ばされたという。ミッドフォール領に長く残る大きなクレーターが出来たのはこの時である。




 その日の晩、リーシェッドは再びゾンビの群れを人間界に送った。今度は軍の少なそうな場所を選び百体。千体を消されるのはリーシェッドとしても損失が大きいのだ。それに、民間人を相手にするなら数はあまり関係ないと踏んでいた。


「つ、強くないか?」

「そうですね」


 聖杯を覗く魔王とメイド。その表情はとてもかんばしいものではなかった。

 また昼間に姿を見せたゾンビを前にする人間は確かに兵器を持っていない。なのに、次々と消滅させられていく同胞達。その撃退法は、単純な格闘であった。

 見るに耐えず聖杯を下げるようシャーロットに合図を出し、王座に腰掛けたまま項垂うなだれるリーシェッド。銀色の長い髪の枝毛を探しながら、早くも反省会が始まった。


「なぁシャーロット、お前から見て人間の戦闘力はどのくらいだと思うのだ?」

「聖杯に映し出されていた民間人のレベルですと、こちらの国民と同程度でしょうか。それでも、予想を遥かに上回る力。恐らく幼少の頃より何かしらの武術を会得させられる習慣があるものかと」

「だよなぁ。魔力を纏ってないだけでポテンシャルに差があるはずなのに。そもそも、ゾンビを全然恐れていないところが腹が立つ。話が違うではないか」

「これは想像の範囲ではございますが……」


 いつの間にかリーシェッドの枝毛探しを代わっていたシャーロットは、主君の髪型を変えて遊び始めていた。


「ゾンビを恐る余り、『きっとここまで強いゾンビもいる』『ならこう対応しよう』『それならこういう能力のゾンビが』と、想像のインフレが起きてしまい、実際のゾンビの弱さに肩透かしを食らってしまったのではないでしょうか」

「あ、そういうこと?」

「それにしても、魔法も使えないゾンビを召喚していたとは思いませんでしたが……どのグレードでお作りされたのですか?」

「……全員、第十三系位」

「…………」


 シャーロットが顔を覗き込むと、リーシェッドはゆっくりと逸らした。

 召喚魔法には十三段階のレベルに分かれている。上に行くほど数字は若くなり、第一系位の召喚は本人と同程度の実力を持つと言われている。魔法が使える召喚対象はシングルナンバーと呼ばれる九位以上。特殊召喚に当たるシャーロットは第二系位。ミッドフォールに預けたマザードラゴンの死体を蘇らせたラフィアは第三系位だ。


「侵略基礎学。召喚を使用する場合において、私がなんと教えたかお忘れで?」

「『編成において、指揮官として最低第八系位の従者を全体数に応じた数で配置すること』」

「よろしい。ではなぜ、なさらないのですか?」

「…………オカネナカッタノダ」


 召喚時にその媒体として使用する魔石。その数や質によって高位の召喚魔法を完成することが出来るのだが、これが非常に高額。魔王以外の魔界貴族でさえ家宝にするほど貴重な代物で、簡単には手に入らない。

 シャーロットは軽くため息を落とすと、やや乱暴にリーシェッドの髪を束ねる。


「痛たたた!」

「仕方ありません。国の資産ではありますが、非常時に使用するために保管してある魔石の二割の使用許可を出しましょう。今回だけなので、次は成功させて下さいませ」

「あの、えっと……それを使っちゃって」

「は?」

「その………………魔石、半分くらい」

「今なんと?」

「保管庫の魔石を半分くらい使ったら首があらぬ方向に捻れてる痛い痛い痛い痛い!!!!」


 勝手に防衛資産を私用してしまった駄王を制裁を下す国営統括のメイド長。痛覚遮断すらさせない早業である。

 涙目の王様は何とか王座から転がり落ちて体勢を立て直すと、キッとシャーロットを睨みつけた。


「だって! 我のお小遣いでは足りないんだもん!! 一回目に第九と第七を一体出してスッカラカンだ!」

「それも間違ってますからね。千体なら第七一体ではなく十体に加えそれ以上を一体でしょう。すぐに魔石を準備されていたので余程貯金されていたのかと感心してみれば、呆れて声も出ません」

「貯金なぞおやつ代で消えたわ!!」

「開き直らない」

「あだぁっ!!」


 その後、三つ編みにされたリーシェッドへの制裁は日の出と共に終わりを告げたという。

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