一話 人間が強過ぎる!

「どういう事なのだ!」


 大陸の東に位置するアンデットの城。その資料室にて、城の主であるリーシェッドはダンっと机を叩いて報告書を放り投げた。

 彼女が召喚した千のゾンビの軍勢。その九割が殲滅され、一割が敗走して魔力化し、勝手にリーシェッドの中へと引っ込んでしまった。

 彼らが記述した報告書にはこう書かれている。


『一人も殺せませんでした。人間怖い……』


「『……』ってなんだ馬鹿野郎!! 報告書に感情入れるヤツがあるかふざけやがって!!」

「近所迷惑ですよ。騒音王」

「騒音王!? 我のこと!?」


 癇癪かんしゃくを起こした主に対して容赦ないメイド長は、部屋に入るなり罵声を浴びせた。

 足物に落ちた報告書を読んだシャーロットは、言いにくそうに口篭くちごもりながらそれを机の上に置く。


「はぁ、ご存知かと思いますが、ゾンビの召喚はその主の性格に多少なりと反映されるわけで……リーシェッド様、人間怖いんですか?」

「怖くないわ!」

「まぁ、人間を前にしたらこうなると言うことでしょうね。魔界を統べる王でありながらなげかわしい」

「ぐぬぬ、有りもしない事でつらつらと馬鹿にしおって……」


 リーシェッドが王になるずっと前から共にいるせいか、シャーロットは彼女に対して全くの遠慮がない。立場上メイドをしているが、リーシェッドを育てたのは他ならぬシャーロットだった。


「それより、二枚目以降はちゃんと有用な情報が記されていますね。変なところに噛み付かず最後まで読んでみましょう」

「そうか、読み上げてくれ」

「文字も読めないのですか?」

「隙があれば小馬鹿にするのをやめろシャーロット! さっさと読め!」

「はいはい、おやつを用意しますので静かにしていてください」

「くそ、減給だぞ……」


 口をへの字に曲げながらも、言葉通りおやつを持ってきたシャーロットに従う。もぐもぐと咀嚼そしゃくしている間、リーシェッドは静かなものだった。

 報告書の内容を簡潔にまとめたメイド長は、改めて今回の作戦の無謀さを目の当たりにしていた。


「以上です。諦めましょう」

「んー、なんはいははぁ」

「食べながら喋らない。汚いですね」

「んっ、んく……難解だなぁ」

「難解どころではありません」


 食べながら喋るリーシェッドに不愉快な顔で答えるシャーロットは、色々な意味で頭を抱えていた。

 人間は魔法が使えない。その代わり、兵器のレベルが魔界より数十段勝っている。その事実は人間界から流れ込んできた書物で知っていたリーシェッドだが、どうにもそれだけでは納得のいかない被害だった。

 リーシェッドは唯一の情報源である『裏路地オブザデッド』と書かれた表紙の書物を机の端から掴みあげると、ポップな絵柄のページをパラパラと捲って眉を寄せる。


「まだ取っていたのですかそんなもの」

「なかなか面白いんだぞ? あったあったこのページだ」


 コミックを近代歴史書と勘違いしているリーシェッドは、報告書にもあった人間の主力兵器が細かく描かれたページに指を挟んだ。


「銃、か。想像より威力があるのだな。鎧でも着せて送ってみるか」

「場所も問題でしたね。敵全員が兵器を所持していたと書かれておりますが、軍の真ん中にでも【廻廊かいろう】を繋げたのですか?」

「あー、それはありそうだ。どうも位置調整がデタラメでな。異世界だけあって空間がわけわからんことになっているのだ。一度ミッド兄に聞いてみるか?」


 魔王レベルの魔力保持者にしか使えない空間を繋ぐ魔法【廻廊かいろう】。彼女の悩みの種はその座標が大まかにしかコントロール出来ないことであった。

 異世界に繋ぐのはリーシェッドの知る限り前例がない。この魔法を編み出したミッドフォールに頼るしかないのだ。


「勝手に送り込んだのがバレたら怒られますよ」

「甘いなシャーロット。作戦の前段階として情報集めしていると言えば問題なかろう。ミッド兄のことだ、止めるために色々『視せて』くれることだろう」


 善は急げと椅子に掛けてあった無駄に大きいマントを羽織ると、使ったことの無い見せかけの大型ロッドを掴んで部屋を出る。


「何をしているシャーロット。早く行くぞ」

「廻廊を使われては?」

「あれは疲れるんだ。あと、アンデットドラゴンに乗った方がカッコ良いだろう?」


 リーシェッドの感性は、未だ幼稚であった。


「それとリーシェッド様」

「まだ何かあるのか?」

「その……ネグリジェにマントはいささかはしたなく思います」

「…………早く言わんか」


 開かれた資料室の扉は、そっと閉じられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る