魔界は我々が支配した

琴野 音

プロローグ  黒歴史

 魔界に建立された七つの王城の一つ、【孤王】と呼ばれる荒地を統治する魔王の根城に、それと並ぶ六人の魔王が集結していた。

 会議棟の一室で顔を付き合わせる七人の統治者は、今後の方針について語り合う。よくこうして集まって話し合うことで、彼らは混沌の地を上手くコントロールしていた。

 しかしこの日、その動きに小さな波紋が生まれた。


「だから、人間界を支配すればいいだろう」


 身の丈に合わない大きなマントを羽織る少女が口を開き、他の六人が冷やかな視線を送る。それも意に介さず、なんの勝算があるのか少女は続けた。


「我の力は人間にとって恐怖の象徴。我がアンデット軍を用いてひと月の間に活路を生み出そうぞ!」

「リーシェッド。まずはその喋り方をどうにかしてから発言してくれ」


 やっと口を挟んだのは暗黒の森を統治する【獣王】オオダチ。苛立った様子で尻尾をゆらゆらと振る青年は、【不死王】リーシェッドを一瞥して別の案を勧める。


「食料問題の話だろ? なら森を広げるなりすればいい。並行して漁業区域を少し広げて貰えれば当面は問題ねぇだろ。もちろんセイラが納得するならな」

「私は構わないわよ」


 オオダチの計画に乗る【海王】セイラ。人魚の末裔であるセイラはリーシェッドから目を逸らしたまま気まずそうにヒレをなびかせる。

 いつも味方をしてくれるセイラに見放され、むくれたリーシェッドは暴走気味にオオダチを指差す。


「だってオオダチが森を広げたら我の領地が減るだろ! 隣だし!」

「仕方ねぇだろ。他に隣接してるのは海でセイラの領地だ。海に森は作れねぇ」

「嫌だ嫌だ! 年々我の領地ばかり減らしやがって! 我に恨みでもあるのか猫野郎!」

「ケルベロスはイヌ科だ馬鹿野郎!!」

「我はやるぞ! 人間はゾンビを酷く恐れている! 脆弱なアイツらを追い払ってそこに森でも作れば解決だ! 領地が狭くなる度に国民の不満を浴びる我の身にもなれ!」

「どこ情報なんだよそれはよ!」


 どんどんヒートアップしていくリーシェッドとオオダチ。割りと見慣れた光景ではあるものの、他の王達は今回ばかりは巻き込まれたくなさそうにだんまりを決め込んでいた。

 そんな中、この領土の主【孤王】ミッドフォールは仲裁に入る。交代で会議を取り仕切る王達、今回の決定権は彼にあった。


「今回はオオダチの案を採用しよう」

「ミッドにい!」

「リーシェ。そこまで大事にするほど困窮した問題でもないんだよ? 『豊かな生活を更に豊かに』。ひもじい仲間が少しでも減らせれば成功なんだから、確実に少しずつ進めるべきだね。それに、人間界に手を出すなんてどんなリスクがあるかもわからない」

「……これだから引きこもりは気が小さくて困る」

「なんだって?」

「ひゃうっ!」


 影を操るミッドフォールは、リーシェッドの影を操りデコピンを見舞う。

 小さく呻いたリーシェッドは恨めしそうに彼を睨んだ。兄のような存在であるミッドフォールまでも反対すると、リーシェッドはいよいよ居心地が悪くなる。


「それじゃあ、まずは漁業区域の拡大を目標にセイラの働きを待つことにしよう。オオダチとリーシェの領土問題は僕が仲介して進めよう。以上、解散」


 議長であるミッドフォールは、自身の目を隠す布の端をキュッと引いて結び直し、会議の終了を告げて全員を帰らせた。

「今回も話すこと無かった」「リーシェは相変わらずだなぁ」と口々に部屋を出ていく王達を横目に、リーシェッドは一人決意する。


「今に見てろ。我の力は世界を変えるのだからな……」


 皆とは別の出口から部屋を出るリーシェッド。戸の前でじっと待っていたメイド長のシャーロットを見上げ、帰るぞと顎で差した。


「今日も不機嫌そうですね。またあしらわれましたか?」

「余計な事を言うなシャーロット。計画は秘密裏に実行するからな」

「やはり駄目でしたか。あの子供みたいな計画」

「余計な! 事を! 言うな! 馬鹿ぁ!!」

「はいはい。帰りましょう」


 背中にしがみついてポカポカとシャーロットの頭を叩くリーシェッド。しかし、上位アンデットにしてグーラである彼女には痛くも痒くもない。傍目には仲の良い姉妹にしか見えないのであった。


 そして、その日からリーシェッドの計画は実行されることとなる。

 次の満月の夜、大量のゾンビが人間界に送られた。

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